第二〇話『少年、少女、初夏の風。』(後編・その2)


「なるほどなぁ……まあ、不意にいなくなるってこともないでもないが……」


 感心したような、いぶかしむような、妙な表情で小首をかしげながら柴田も少し考えこむ様子が見える。


「他にスペアもあるだろうけど、それにしても『眼鏡』と『指』を置いて出てゆくのはちょっと妙だよ」

「異様じゃあるが、まァそこはまだ根拠にはなんねーかな……」


 だいたい、出て行った人間の行動としては、こんな書類の散乱は不自然すぎる。物盗りの犯行にも見えない。

 何かを探していた?

 いや、これは「散乱させただけ」だ。


「それに、いなくなった後にも停電があったかも知れないけど、私が思うに『侵入者』が外部から電気を切ったんだと思う」


 確かに、配電盤は子供でも簡単にあけられたけど……。


「いや待って、切る、ってどうやって? 物理的に? それをリカバリした? できんの? そんな器用なコト!?」

「普通は二次側の宅内配電盤ブレーカーを落とすのでもなく、一次側である外部から電源を切るなんてできないけど、さっきチェックした時、この地域だとけっこう見かける配線保護用のブレーカーがあったの。これなら簡単にイケるよ」

「簡単つっても、そんなの知識がなきゃわかんないヤツじゃん! 君、よく一目で見てわかったね……」

「まあ集合住宅でもないのにこんなの設置してるのはおかしいけど。事前に計画性を持って仕込めたのか、元々おかしな配線でやってた所に目をつけてか……そこまではわかんないけどね」


 そして、賊はさっきの柴田のように鍵をあけて侵入、か。


「配電に関しちゃ、さすがに俺も専門外だな。で、とにかく電源が落ちて、慌てて柳は懐中電灯を取り出したってわけか。侵入者にしてみりゃ、どこにあったかわかんねえし元に戻す義理もないから机の上に置いたってことか?」


 指紋をつけないよう、柴田はハンカチごしにヒョイと懐中電灯をつまむ。まあ普通、机の真ん中にこんな物を置いたままにはしないだろう。


ね。柳本人の行動とするならヘンよ、暗くてウィスキーひっくり返してるのに、そのウィスキーびたしの上にスイッチを切った懐中電灯を置くなんて」

「なるほど。電池は確かに切れてない。酩酊しての行動ってセンも、考えられなくもないが……」


 いや、どうだろう。


「泥酔するには減った量が少ないよ。他の空ビンもない。何より、最初の一杯で殆どこぼしてる。本人の行動とするには不可解すぎると思うな」


 そういって、僕もじっと机の様子を見る。僕のそんな考えにもお構いなしに、茲子は話を続ける。


「鍵は内側からのボタンプッシュよね? 確認はしてないけど、音でわかったわ。あれなら、ある種のオートロックみたいな物だから、何食わぬ顔で何のトリックもなしに、鍵をかけて家を出られるわ」


 柳本人であれ、第三者であれ、か。

 昔の時代にはよくあったタイプの鍵で、だからディンプルキーでもなし、針金一つで簡単にピッキングもできたってワケだろう。不用心だが、まあ盗られるような物の心配もない家ならそんなもんだろう。


「ここで考えられる侵入者像は『手馴れた』奴ってこと。暗視スコープなんかも装備してるかも。懐中電灯の明かりは邪魔なのよ」


 手馴れるっていうと、アヤシイっていうと、

 その謎の侵入者(仮)とまったく同じだけの行動が可能なのって……ちょっとまて?

 目の前にいる柴田が、思いっきり該当するじゃないか!

 しかし、茲子はまるで警戒していない。


「……君らって、何なんだ? タダの子供じゃあないな?」


 声のトーンを、子供に話しかけるおどけた調子から、ごく普通に大人に話しかけるような口調のまま柴田が訊く。

 眼光がすこし鋭くなっている。


「ただの子供よ。それとも、何かの薬を飲むとかして、大人が子供に化けられると思う?」

「いや、そんな意味じゃー……ん。そういや、新聞でチラっと前にみたな。天才児が市内にいるとか何とか」

「あの記事には反吐が出そうだったから、忘れて」


 よく知ってるなぁ……。彼女が知能検査でハイスコアを叩き出した時に、ちょっとした騒ぎになったことがあった。今でも、それは覚えている。

 子供が犯罪でもしようものなら徹底的に個人情報を隠すくせに、人より優れたモノがあるとなると、口さかなく吹聴しまくる大人ってのはどこにでも出るもので、何ともプライバシーも糞もあったもんじゃない話だ。

 良くも悪くも、それを切っ掛けに僕らは校内から「隔離」された、妙なポジションに収まることになったんだ。まあ僕の方は「オマケ」のようなものだけど。


「なるほど……こりゃ、接し方を変えなきゃいけねえな。失礼、お嬢さん」

「オプも大変ね。相手にあわせてそうやって態度を変えるの?」

「色んな人と話をしなきゃいけねェ仕事なんでな。オプなんて気の利いたいい回しはしねェさ、俺の会社じゃ『アジャ』って呼ばれてる。アジャスターのアジャな。保険の調査なんて殆どが車関係なんだよ。例外的に、たまーに俺みたいなのが担ぎ出される件もある」

「保険金殺人ね」

「ノーコメントってことで。まだ何も出ちゃいないんでね、この件は」


 そして、やはりまた眉をひそめる。


「このバカげた書類バラまき……行動の意味は何だろうな?」


 何って、う~んと。


「床に血痕があって、それを隠すとか……」

「いやユッキ君それ意味ない」

「意味ないな」


 ダブルで突っ込まれた。


「書類はそこの、青いルーズリーフホルダーから抜いてバラまいたみただけど、こんなもんをバラまく意図は、何だ?」

「奇行の意味がシロウトに簡単に分かるようじゃ、苦労ないわ。私たちは精神分析医でもプロファイラーでもないんだし」

「……じゃあ、何かの儀式とか? ちょっとソレ俺にはピンと来ねェな」

「わからない。けど、一つ要素として考えられるのは──木の葉を隠すは森の中」

「ふぅむ……?」


 少し考え込み、柴田はざっと部屋を眺める。


「ひとまずじゃあ柳は『』としようか。で、死体があるとすると──?」

「ここにあるならとっくに気付けてるんじゃないかな」


 確かに、死体でも隠してあればにおいでわかるだろう、さすがに。この時期じゃ庭に埋めたって大変な悪臭を放つに違いない。想像したくないけど。


「死体を処理するには時間も準備もかかるね。解体するにせよ、どこかの壁に塗りこめるにせよ」


 そんな痕跡は見えないし、ここから運び出して処理したって考える方が妥当かな。


「ただ、ホルマリン臭が少しする。血痕でも拭いたかな? 柳は何かヤクザと関係あったの? このつけ指と、人差し指を使う必要のない生活用品を見て思ったんだけど」

「よく見てるなァ! ……ん、まあ柳に関していうと……」


 少しいい淀んだ柴田に、茲子は即座に突っ込む。


「逮捕されるまでの経緯は知ってる。子供だからって遠慮しないでいいわよ」


 僕は詳しくは知らないんだけど、茲子がそういうからにはまあ、予想がつく。


「……まあ、そんなことを繰り返してたんだな。捕まって当然だ」





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