第二〇話『少年、少女、初夏の風。』(前編・その1)

 風の匂いは、すっかり夏のものになっている。

 もちろん、本番の夏まではまだまだ遠いけど。


 広い川原、薫る風にそよぐあしの波が、幾重もの模様を織りなして私の前を横切ってゆく。

 チャリチャリとチェーンの音、回転するスポーク。

 私は鼻歌を混ぜながら、後ろの荷台に横座りのまま、通り過ぎゆく景色を眺める。


「ねえ、ここ。ホントにこの辺にあると思う?」


 汗の玉を浮かせて、ペダルを踏むメガネの男の子が私にたずねる。


「あるのかどうかはワカンナイって」

「あったら面白いのにね」

「面白がってもなぁ」

「いや、最初にこの話を『面白そう』って持ってきたのは君だろ!」

「てへへ、そーだっけ? いやまー、そっか」


 私たちは──

 死体を捜しに、遠出をしていた。





 第二十話


 『少年、少女、初夏の風。』

         初稿:2005.06.19









「つーかさ、あるのかどうかわかんない、って……。じゃ、なんで君はソコにあると思ったんだ?」


 君が私に問う。


「さー?」

「さー、て」

「まー、そこはあんま気にしないでさ」

「オッケー。じゃ、気にしない」

「アッサリ引いたなぁ!」


 いや、ソコはもっといぶかしもうぜ?

 まあ、てきとーにはぐらかしたり混ぜっ返したりしてるのは私だけどさ。

 それ以上の追求もないまま、彼はもくもくとペダルを踏む。



 最初「交代でごう」っていったのに、「女の子に漕いでもらって後ろに座るくらいなら死ぬ方がマシだよ!」と力説されて、私も少し意地になって、涼しい顔でこうして後部荷台に甘んじているわけ。

(もちろん二人乗りが道交法違反なのは百も承知。あ、でも子供がやる分にはわりと黙認されるよね)

 なんでそんな、くだらないことにプライドかけちゃうんだろうね、男の子は。

 体格だって今はそんなに変わりはしないのに。私も、彼も、まだ九歳で、小学四年生の子供なんだから。夏が終わる頃には私は十歳になるけども。早生まれの彼は、まだまだだいぶ先だよね。

 まあ、子供だからこそ、私たちはこんなくだらないことに「興味」を持つんだろうけど……。

 うん、スタンド・バイ・ミーの少年達だって、死体を見る旅に出たじゃない?

 もっとも、もしあるとするなら、それは「普通の死体」ではない……はず。

 この一年近く世間を騒がせている、謎の『連続殺人鬼』。

 よりにもよって、そいつは私たちの住む県内で犯行を繰り広げている。


 正体不明。動機も不明。


 ただひたすら、人を殺し、バラッバラのグシャグシャに「解体」する、猟奇シリアルキラー。ターゲットはって点が、さらに異様だ。


 こんな存在を、マスコミが放っておく手はない。

 幾多も記事に、特番に、スポットが当てられ、検証され、インターネット上でも自説・珍説を並べてあーだこーだ論争し合う、素人のがうじゃうじゃひしめいている。

 それでもこの一年まったく尻尾すら掴めていない、まさに「怪人」だ。


 もしかすると……その新たな被害者の死体が、この先にあるかもしれない。

 想像すると、ちょっとドキドキする。

 ワクワク、ってわけじゃないけど。


「ゴールデン・ウィークもとっくに終わったっていうのに、夏休みまではまだまだ先だし、なーんもやるコトないからなぁ。これっくらいの暇つぶしで、たまにはサイクリングも良いモンだよウン」


 柚津起君が自分を納得させるように、そうつぶやく。うん、まー暇つぶし。

 どうにも悪趣味で、バカげた子供の遊びってことはわかってる。


「二人乗りのサイクリングなんて、聞かないなぁ」


 ちょっと意地悪い口調で後ろからからかう。


「いいんだよ! いい運動だよ! もうね、丸太のような脚になってロードレーサー目指すよ! おフランスもツルっと一周旅行しちゃうね僕ァね!」

「名前もペダル踏弥フミヤに改名しちゃおっか」


 こういった電気グルーヴネタも普通に阿吽で通じるのもまあ、私と彼とのやや歪んだ間柄。同級の小学生のコたちとじゃ、まず無理だ。


「フミヤっつーと何で兄貴が若干尖った名前で弟は普通なんだよあの兄弟! あっ今僕すっげぇどうでもいいコトいってる! まあいいや漕ぐよ漕ぐ漕ぐ! この世の果てまでもね!」

「いや一応ゴールも目的地もあるんだから、そこまで気張らなくてもさ」


 ホラ、もう。すぐ意地を張る。あと、昭和のアイドルだかバンドだかのネタも普通に通じる小四ってやっぱどうかしてるから。

 どうかしてても、こんな意地っ張り具合を見ると……柚津起君だって並みの大人よりもよっぽど出来た子なのに、やっぱりコドモはコドモだね。

 ……私だって、人のことはいえないけど。

 私も、天才少女とか何とか呼ばれていても、自分の幼さ、稚拙さはハッキリ認めている。情動レベルで私はやっぱりコドモで、認識や思考が常に次善のものとの確信をもつこともできない。

 私には、圧倒的に経験が足りない。

 知識ばっかり頭でっかちに身に着けても、私の知るほとんどは、本やテレビやネットで観た物だけ。

 私がこの目で、耳で、肌で、直接触れることのできる「リアル」は──暗たんたる思いになるものばかり。


 不理解なオトナ。

 いやなクラスメイト。

 限りなく退屈な授業。

 家族。

 全ては、私の心を暗くさせる。

 でも、不幸な顔なんてしたくない。私は、やっぱり柚津起君と同じように意地を張っている。

 オトナびて、すまし顔で、意地悪で、そして可愛くて頭のいい女の子って役目を、私は彼の前ではことさら大げさに演じている。

 そうすることで、私は私であることを保てるから──。


 私が「今みたいな私」でいられるのは、彼と、吉里先生の前にいる時だけなんだ。


「あと、ちゃんとチューンしてある自転車のチェーンって基本的にほぼ無音なんだよ。そーゆーチャリチャリ鳴るのって、錆びてるかたるんでるかだから。仮にも私の命を預かるなら、もうちょっと整備ってモノをだね」

「そこはまあ……面目ないっていうか何ていうか、いやよくわかるね! 君が自転車持ってないってコト気づかないで来た僕にも問題あったけどさ」

「もってなくても私に無駄にそーゆー知識あるの、今更でしょ。あとまー、結局こどもの身分じゃ自転車ってモノは、ようは親が買い与えるしかないアイテムだからねぇ。んで、ウチの場合はさぁ」

「あー、うん。……でさぁ、茲子。いったい君はなんでまた、そんなトコに目星つけたんだ? いややっぱ、気にすんなっていったって無理だしさ」


 ふむ。やっと訊いてきたか。

 まあ、何も話してないもんね。一丁、死体探しに行こっか、とだけいって引っ張り出したし。それで来る方も来る方だけど。


「……わがんね」

「ぬぉッ」

「わかんない物はわかんないよ。直感は直感、偶然は偶然であって、それ以上に説明のつけようがないもん」

「君にしては非論理的だ」

「女は直感の生き物っていうじゃない?」

「それは性差別くさい表現だと思うな」


 ──実際には、直感ではなく、ただの偶然。


 偶然は、時において必然ともなるけど。

 最初は何かの見間違いだと思って、ここ何ヶ月かずっと忘れていたことを、私は不意に思い出した。

 思い出す――というか、忘れるわけがないのだけど、私の脳の場合。

 それでも、不要と思うもの、考えたくもないものは、一旦「どっこいしょ」と思考の脇へと片付ける。そうしないと、とてもじゃないけど生きては行けないから。

 だけど――それは不意に、に、脳裏に鮮明によみがえる。これも、私には「よくあること」だけど……。


 そして私は私の「見たもの」の説明がつかなくて、どうにもモヤモヤして、こうして彼を巻き込んでしまっている。

 話せない理由があるわけじゃない。説明できないものの話を、上手く伝える手段がないだけ。

 とにかく、私は私の「見た」不可解なものの正体を見極めるために、この辺りのことをずっと調べていたんだ。


 そして……。


「ここ?」


 しばらく進むうちに、川沿いに、廃屋のような元教会――見た目は民家にしか見えないけど――に、たどりつく。

 窓ガラスはホコリで真っ白になっていて、どうにも不気味な雰囲気だ。生活感がない。

「……か、どうかはワカンナイなぁ」

「わかんないのに、何故ここって?」

「探ってみたの。キリスト教会系の新興宗教教祖の男が、数ヶ月前から姿を見せなくて、ちょっとおかしいんじゃないかって近所で軽くウワサになってたんだ」



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