第二〇話『少年、少女、初夏の風。』(前編・その2)
ウワサっていうか、ぼやきっていうか……ようは「関わりになりたくない」感じ? だから、それをこれといって警察なりお役所なりに伝えてどうこうしようって感じでもない、面倒事には巻き込まれたくない、そんな奇妙な感覚。
ふらふらリサーチしながら小耳に挟めた付近住民の会話は、そんな感じ。これも、私がただの女児だから怪しまれずに掴むことが出来たもの。
「それ、ウワサになるようなコト? あと新興宗教で教会系ってのがよくわかんないなぁ。だいいちここ、どう見たって民家じゃん」
「そこに十字の窓あるでしょ」
「あ……ホントだ」
まあ、パっと目わかり難いよね。この程度じゃ。
「結構多いんだよ。元々のカトリックだってバカみたいにいっぱい分派してるけど、いずれにしても日本国内じゃ、カトリック中央協議会が全ての修道院や教会を包括してる。それに対し、プロテスタントなんて数え切れないほど宗派がって、それぞれが本家だからね。十六世紀の宗教改革で、教会主義のカトリックに対抗して副音主義……ようは『聖書の教えが第一』って形でケンカ別れした派閥で、まあざっくり分派にその分派で十一個くらい出来たの。この十一派以外のプロテスタントは全部インチキ!って主張する人もいるけどね」
「なんか老舗のラーメン屋とかの暖簾分けとか跡目争いみたいなアレかな」
「そんなカンジ。ま、どれにせよ、宗教なんて出来た当時には新興宗教だよ。誰かが自分に有利にコトを運びたい時に出来るモンなんだよ、新たな宗教なんて。英国国教会の経緯を見てもわかるじゃない」
「ゴメン、僕にはそっち方面、よくわかんない」
ここで柚津起君に宗教談義でも持ちかけようか……少し考えて、やっぱりやめる。
ヒマさえあれば私たちはいつも、子供らしくない小難しい雑学談義に花を咲かせているけど。
「民家っていうか、まあプロテスタントはだいたい地味なもんだしね。基本的にはステンドグラスもイエス像も飾らない貧乏臭い、まあだから賛美歌って派手な客引きを思いついたんだろうけど。まあイエス様やマリア様を飾る派もあるっちゃあるけど。ここは、バプテスト派から独立……正確には追い出されたッポいけど、そういった境遇のインチキ牧師がやってたみたい」
「インチキ、て」
「インチキで一度警察に捕まってるの。前科者」
表札は外されていて、名前は確認できない。
少しだけ躊躇しながら、近くに自転車を停め、そっと近づく。
ブロック塀の門構えには柵もない。
ペンペン草の茂る敷地内に、一歩、踏み込む。
よどんだ空気には、風がない。
初夏なのに、堆積した枯葉がいつまでも大量に残っている。誰かが掃除するとか片付けるといったことは、一切していないらしい。いつから……?
扉には、新聞が幾つも無造作に突っ込まれている。
「……なにこれ」
ボソっと柚津起君がつぶやく。確かに、フツーじゃない。みるからに「異様」だ。
何日分とかじゃない、何か月分もの新聞。
量が多いのは複数紙とってるせいだ。ある程度たまった物は、まともな新聞社のは専用袋に入れて脇に積まれているけど、いいかげんそうな宗教新聞やミニコミ系広告紙なんかは無造作に突っ込み重ねられていて、ただただ不気味に見える。
ダイレクトメールやハガキまで散乱している。郵便受けがどこにも見えないからだろうか。それまで新聞口から入れていた郵便物も、こうなっては配達のしようもない。
「連絡入れないまま留守になったんだな。空き巣に『入ってくれ』っていってるようなもんじゃん。なるほどね、こりゃウワサにもなるわ」
「私が空き巣なら、絶対こんな家に入らないよ。もし別の事件にでも巻き込まれたら損じゃない」
「そりゃそうだけど。う~ん、これって……」
「逃亡か、不慮の事件事故に遭ったか、そのどっちかだろうね」
日付を確認する。だいたい三ヶ月前からこの状態は始まったらしい。
目ざとく郵便物を探る。不在票や【重要】のスタンプの押された督促状のような物は、ちらばった郵便物の中には見えない。そもそも量がやけに少ない。
「コレ、警察とかに連絡は……」
「誰もしないよ。めんどうごとは見て見ぬフリが基本。そもそも元が何年も空き家だったんだし。さて、消えたのは三ヶ月前ってコトになるかな」
持ち物件なら不動産管理者が来ることはなくても、もうちょっと長く留守なら、さすがに適正管理調査で区役所が調べに来ることだってある。三ヶ月というのは、ほど良くギリギリってとこかな?
そして三ヶ月前、というと――殺人鬼の事件の「谷間」だ。この一年チョイで九人ほど殺されている。もしかすると、月毎に殺している周期殺人ではないかって説もある。もしそうなら、未発見の死体も少なくとも三体はあることになる。
ふむ、と考え込みながら、柚津起君はつぶやく。
「失踪か、はたまた……」
ん……どうだろう、それは。
「夜逃げした可能性はゼロに近いと思うよ」
「わかるの?」
「ん……まず一つは、この新聞の状態」
馬鹿みたいに積まれた新聞を指さす。
「これ? 確かに急に逃げたなら、新聞を止める手続きもしないだろうけどさ。いや、オマケにつられて長期契約してたかもしれないけど。やめたくてもゴネて解約させてくれないヤクザ新聞とかもあるしね」
何にせよ、これだけじゃわかんないんじゃね? と柚津起君は首をすくめる。
「でしょうね。口座の金を全部引き出して逃げたとしても、翌月まで配達はされるし。タイミングによっては二ヶ月近く、正式解約が無いから以降も勝手に届け続ける新聞販売店って可能性だってあるだろうけど。ただ、その場合は……」
「あ、集金か!」
即座に柚津起君もピンと来たようだ。これだから、彼は話が早い。
「うん。集金に誰か来た痕跡が無い。ということは、口座にはお金が残ったままで、引き落とされ続けていると考えた方がいいかな」
いくらペンペン草まみれでも、配達があるからには毎日誰かしら踏み入れているのだろう。ただ、集金に来たなら扉にメモなり督促状のような物は残しているはず。ここには、郵便受けの古新聞以外に何も無い。
「う~ん、読みもしない新聞代を残して逃げるっていうのは確かにおかしいけど……。こんなもん、目くらましやフェイクにもなんないだろうし」
柚津起君も少し考えこむ。
「ちゃんと引き落とされてる状態でさ、その場合でも、こんなになってたら新聞屋は何かいってこない? 電話かけて、通じなかったらメモを残すとか……確か、何ヶ月か人がいない状態だと、新聞屋の方で気を利かせて、配達しないで販売所の方でストックするって話は聞いたことある」
「それだって確実じゃないよ。『勤勉で愚かな配達バイト』なら、こんな気の違った状況を目の当たりにしても、面倒で販売所の方に報告しないまま黙々と新聞を積み続けるってことも十分あり得るし」
それでもまぁ、良くて一ヶ月分でしょう、溜めるなら。そういう意味でもちょっとこの状況はおかしいけど。
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