第十八話『幾星霜、流る涯』(後編・その4)


「解せませんわね。ちまたの情報を集めて机上で推察、考察なら、まだわかります。何故、香織お姉様はそんな事件に、わざわざ現場まで踏み込んで関わろうと思いましたの? 正直なところ、あの件は確かに私たちのような『探偵』が関わるような事件じゃありませんもの」


 やはり、その質問をされる。

 不思議な気分になります。

 二年前に、ここでふたつ年上の麻衣さんにした話を、今度はふたつ年下のちさちゃんの前で、観念して、私は話しました。


 佐和子さんのことを……。


 黙って耳を傾けていたちさちゃんは、話を聞き終わり、不意にこう告げました。


「……それで、『麻衣さんは』そんな反応をしたんですね?」


 そのちさちゃんの返答に、私はきょとんとしました。それは、私が予想していないものだったから。


「うぅ~ん、どうなのかしら。決定的な証拠もありませんし、それに対する論証もできませんけど、現時点でそれは『可能性の示唆』だけですけど……話を訊くからに、って、少々おかしいですわ」

「それって?」

「佐和子さんの自殺……自殺は間違いない、とお姉様は考えてらっしゃるのね?」

「……そう考えるしかないわ」


 あらゆる状況証拠から、証言から、それ以外の結論は出せませんでした。


「じゃあ、自殺せざるを得ない状況に追い込む……突発的に、他にそれ以外の選択の道がない状況に、事件発生時間際の一瞬に追い込む、追い込まれる……そうでも考えないと難しい状況ですわね」

「……どういうことかしら?」

「この自殺はの。そして、そのことを指摘できたはず、ですわね? 麻衣さんは。そこが……解せません」


 そういって、眉をしかめながらちさちゃんは考え込む。

 私には……何が何やら、まるで狐につままれているような気分でした。


「あのね、ちさちゃん。……私には、あなたが何をいってるのか、よくわからないわ」

「あら、お姉様、おわかりになりません? お姉様や私になら、すぐに、カンタンに気付くことじゃないかしら。だってそうでしょう? お姉様なら、こんな自殺のし方はなさいます?」


 ……えぇっと……?

 一体、ちさちゃんは、何がおかしいというの? 考えてもいなかった話をされて、私は少し困惑する。

 不審点? さんざん考えたわ。

 例えば、屋上の鍵……。そもそも学校の鍵なんて、どうとでもなる物かも知れないし。

 半世紀も前の、ここで起きた「首切り事件」にしてもそう。学校とは、生徒・教師の立場であれば、幾らでも、誰でも、潜り込むにしても備品をどうにかするにしても融通のきくものだから。むしろ、部外者が潜り込むことこそが不可能に近いはず。

 そう考えれば、もし自殺でないなら、学生同士、または教師が、佐和子さんの死のトリガーとなり得るけれど、後者は考えにくいでしょうし、では、やはり学生同士のいざこざから……?

 今となっては検証もできないし、もとより衆人環視の中。他の生徒のアリバイだって保証される時刻に起きた事件なのだから、そこは今更考えても仕方がない気もします。


「そんな話ではございません!」


 頬を膨らませ、ちさちゃんが怒ったような顔で私をキッと睨む。

 ……じゃあ? 投身自殺そのものは、私は合理的だと思ったけれど……。


「合理的でも、しません。私やお姉様なら尚更ですわ。それに佐和子さんにしても……」

「何故?」

「どうせ自殺をするなら、私だったら雪山が良いわ。ええっと……佐和子さんは、確かお綺麗な人だったんでしょう?」


 ええ。長い黒髪の似合う、はかなげで、綺麗な……。


「なら、間違いありません。しません。私だってそうです。お姉様だって」


 する、しないという個人行動までは、さすがに憶測だけで判断はできないんじゃないかしら……?


「いわゆる心理面での分析、サイコロジカルアナリシス……? 私にはそんな大仰な知識はありませんけど、それだけはハッキリわかりますの。『学校のみんなが観ている前で』自分の頭が、顔面が、ぐしゃぐしゃになって死ぬような自殺なんて、とてもじゃないけど。私……こう見えてもナルシストですもの」


 ……本当に、狐に摘まれたような気分。


「佐和子さんがお綺麗な女の子なら、尚更ですわ。誰かへのあてつけに、自らの顔面をグシャグシャにして死にたいケース……なんて、そんなのって十三歳そこらの女の子が選べるほどのごうではありませんもの」

「突発的な感情の高まりでの投身自殺は、なくもないわ。アイドル歌手だったような女の子が、昔投身自殺した話もあるし……」

「そのケースは確か、深夜から早朝の衆目を意識する事もない時間帯、高階層から、更には全身を投げ出すような形でしたわ?」


 確証のない推察論。行動心理からの分析、それはいってみれば机上の空論だし、水掛け論かも知れません。

 観察眼に長け、人間心理の掌握に敏感な、演劇人のちさちゃんならではの観点だとも思います。根拠と呼べるものではないでしょう。ですが……。

 この瞬間、私にも理解できました。他ならぬ、佐和子さんを良く知る私です。確かに、「普通なら」あんな死を選ぶような人ではありません。服毒……は容易ではないとして、動脈でも切るか、入水か……佐和子さんなら、文学少女である、おそらくそれを選ぶ人です。

 何故あの時、佐和子さんがあんな死に方を選んだことを、自分には理解できなかったか、その根本を、今更になって突きつけられた気がしました。そして……、


「つまり……もし、ちさちゃんの考えなら、」

「第三者の直接の示唆なしには、ありえない死に方です。自殺にせよ他殺にせよ」


 ──やっぱり。


 私の話を聞いた瞬間にも、麻衣さんはそれに「」ことになる。


 ――『それは、どうかな?』


 あの時の言葉、態度から、それは間違いないでしょう。……なら、何故黙っていたの?

 私の尾行をし、「私が何を調べているか」を調べたという麻衣さんなら、聡明な麻衣さんなら、あの時点で、私の気づかなかった何かを……私には突き止められなかった何かを、すでに察知していたのかもしれません。でも……。

 何故、麻衣さんはあれほどまでに「」ことを、私に念押ししたの?

 何故、黙って私の前から姿を消したの?

 ……わからない。

 今となってはもう、何もわからない……。


「どうなさったんです? お姉様……お顔が真っ蒼ですわ」

「……ゴメンなさい、ちさちゃん」


 業? ない、とは……いい切れない。




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