第十六話『ボーイズ・ミーツ・ガールズ』(後編・その4)



「幾ら何でも、そのいい方はあんまりよ。いい? 知弥子さん。誰もがあなたほど強くはないわ」

「香織にそれをいわれる筋合いもないし、そもそもその言葉は合点が行かない」

「……精神面での話よ」


 ため息をついて、困ったような顔で香織は知弥子に向き直る。


「自覚はあるでしょうけど、あなたは普通じゃないの。誰もがあなたほどタフでも、まして凄絶な道を歩んでもいないわ」

「私は私の価値観や人生観を、こいつらに押しつけているわけでもない。だいたい押しつけようもない道程だ」

「……生死の境も人生の選択も、極限をあなたが選んできたことを私も理解してるわ。でも」

「香織だってそうだろう。お嬢様のフリをしていながら、とんだ食わせ者だ。凄絶というなら香織も十分あてはまる」


 一瞬言葉をつまらせ、じっと香織は知弥子を睨む。


「自らの意志で、望んで修羅道に足を踏み入れたのは、むしろ香織の方だ。私には選ぶ権利すらなかった」

「……私は、あなたに詳しく話したことは一度もないわ」

「わたしもだ」

「……私は私の選んだ道を後悔はしていないわ。だけど、できることなら普通でも良かった。私には――知りたいことがあったから」

「香織と私の差は、ようは失った物の差だ」


 真剣な顔で二人の女は睨み合う。

 ……何なんだ、こいつら。友人同士でもないのか?


「……で、お説教は済んだかい? そんなのはどうだって良いんだよ。どうなんだよ結局。お前らはオレらが犯人だって思うの?」


 皮肉の入った口調で、笑いながらミノルはそう口にした。

 なんだかヤケクソっぽい。

 ……ああ、そうか。

 今、なんとなくわかった。

 コイツほんとになんだ。


 もし、俺らが犯人に「された」としたら?

 無実なのに?

 それは、この女どもの「」じゃんか、きっとミノルはそう考えてるんだ。

 確かに、俺らは俺らが犯人じゃないことを知っている。

 疑念? バカバカしい。ミノルの逆張りみたいなこと、あるわけないし、できっこないだろ、俺も、コイツらだって! ミノルだってわかった上でいってんだよ、結局!

 ようは俺たち五人以外にそれを証明できない事実。いや、俺たち自身に対してすら証明できないことのもどかしさ。

 ……でもさ。

 そんなのを切り札にしてどうすんだよ?


「思わないね」


 あっさり、知弥子はいい放った。

 さすがにミノルも俺も、タケオもユータもヨシオもきょとんとした。


「な、なんでだよ。さんざんさっき……」

「お前ら如きへタレに殺人級の暴行なんてできるか」

「いや、ちょっと待て。待てって!」


 今度はミノルがくってかかる。


「なんだよ、それ。論理的じゃねーし。だいたいさ。状況証拠の何をどう考えても、犯人になり得るのはオレたちしかねーだろ?」


 何いってんだよ、おい!


「そもそも、自分以外の四人を本気で信じられるか? って話さ。さっきもいったが、トイレに立ったりもしてるし、今日だってずっと一緒なわけじゃないぜ?」


 ……まだいうのかよオイ。

 確かに、もし悲鳴がフェイクだとしたなら、自分じゃない誰かが犯人の可能性だって捨てきれない。

 そもそも、破天荒な話だが、あの悲鳴がフェイクでもない限り、あの現場で他に「誰もいない」ことはあり得ない。これはまあ、前提だ。


 しかし──


「いや、ねーよ! そんなバカな話があってたまるかって! バカか?」


 つい、口を衝く。ミノルは間違いなくヤケクソだ。自分からワケのわからない方向に首しめてどーする!


「バカじゃん、俺ら。根拠、論拠は確かに薄いな。目的も不明瞭だ。でもさ、自虐的、自爆的行為ならどうする。所詮はガキのやるコトなんだぜ? ははは」


 まさに今のミノルの態度がガキの態度そのものじゃねーか。

 しかし知弥子はひるみもせず、じっとヘビのように睨む。そして凄みのきいた声で訊いた。


「きさまは『推理』ってものが何か、わかるか?」


 ええっと……なに? 急に。

 アレだろ。じっちゃんのナニとか、毒針発射して腹話術とか、アレか。いや、そうじゃなくて?

 ようは、ヒントから拾い集めて新たな結論を論理的に導き出す、コト? まあ、さっきからミノルがいってる話がまさにそれか。


「え~と、何だその。つまり、推論による知的パズル……?」

「あほか」


 うっ……。


「くだらない『ミステリー小説』だけが推理じゃないだろう、あんなのはバカが読むものだ」


 この女、いうコトめちゃめちゃだ。

 いやあの、探偵とかいってただろお前!


「つまりえんえき的、または帰納的な思考で命題に対しての結論を導く、その過程と証明って話か」


 ぼそっと、ミノルが口にする。……小難しいよおい!


「そう。基本的には論法と証明の式と働きだ」


 ん、まあ……さすがに高校生なんだからそれぐらいはわかる。わかるが……、しかし。


「ありえないを紐解くことは推理じゃない。そして演繹的な思考、媒概念の推論と論理の跳躍、大抵の推理小説はそんなバカしか探偵役に出てこないが、そんなのこそがどうかしているんだ。お前の茶番じみた、現実に根ざしていない思考がまさにそれだ」


 なんか、またこの女、キッツイこと口にし始めてるし。


「ちょっと……知弥子さん、あなた、」

「私の後輩に頭の回る奴がいる。私はそいつの頭脳を高評価してるし、有能な子だ」

「あなたがそんなこというなんて珍しいわね」

「うるさい黙れ。しかしだ、私はそいつのはガマンならないんだ」

「……演繹ってのは推理だろ、確か」

「確実性が高く正しい思考とは、帰納的な考えにこそある。データの蓄積と検証の中だけに真実がある。故に『事実の認定は証拠によるという原則』『疑わしきは罰せず』『伝聞証拠禁止の原則』『任意性に疑いのある自白は証拠とはしない原則』『補強証拠の必要により自白の証明力を制限する原則』これらが刑事訴訟での事実認定・証拠法に関する原則となる。わかるな」


 ……ええっと。

 いやアンタ、俺らに無理矢理暴力でゲロさせようとしてたじゃん!


「そして演繹的な物は、そう『あるべき』とか、そう『あって欲しい』という目算に対する誘導を結果の中に内包し得る。故に『突飛な推理力』の結果は信用に値しない」


 ……あぁ、つまり。まさにミノルのいってた話は、推理っていうより「」だ。

 根拠なんて何もない、無駄に飛躍した発想の夢想で、それこそ……「夢みてんじゃねーよ」って話だ。

 そして、この知弥子って女もただの暴力女じゃない。

 滅茶苦茶だが、おそろしく理尽めだ。理尽めの上に暴力って、もうこんなの太刀打ちできねーじゃねーか、おい。


「……じゃあ、さ」


 俺はおそるおそる口を開いた。


「オレらじゃないことをお前らも認めるなら……いや、まだ認めてるってワケじゃなくてグレーゾーンなんだろうけどよ、じゃあ、犯人は誰だよ。湯気にでもなって消え失せたってのか? それとも……」

「うむ、それは……」


 うなだれていたミノルも顔をあげた。


「そうだよ! じゃあ、単に俺らが見落としてただけで、まだあそこにのかも知れないじゃんよ!」


 それは、どうだ? いや、それこそが「突飛な発想」じゃねーか。幼稚すぎだろ。

 ……得意の口でも太刀打ちできず、皮肉で返したつもりが完全に凹まされたんだ。ミノルにとっては、もう、破綻していようが何だろうが、そこにしか縋るものがないのか。


 いうが早いか、ミノルは駆け出した。




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