第十五話『Moppet's Detective』(前編・その7)
今ではすっかり踏み荒らされているけど、西側の通用口から小屋の入り口までにしか足跡がないのはわかる。小屋の周囲に足跡は、一切ナシ。先生たちも救急隊員も、周りを調べ歩いたりはしていないのがわかる。
まあ、普通はそんなの調べないか。
小屋の周囲五~六〇センチ幅の、側溝に鉄板をかぶせた上には、ぐるりと一周、雪は積もっていない。積もる前に溶けているみたい。
この小屋の周りと、校舎の周りの側溝には積雪がないのだから、そこを足跡なしに歩くことはできなくもない。
だからといって、その
現実性でいえば、窓を内側から事前に開けといて、扉に南京錠をかけて、それから窓から中に入って、窓を閉める。行動の意味はわからないけど、それならこれで簡単にナゾは解けて……、
あ。
駄目だ。
この窓、鉄柵がはめてあるわけじゃないから、一見して出入りは簡単そうに見えたけど、これは無理。
ぽたぽたと水滴の垂れている窓枠には、左右とも、レール部分に小さな
これを壊さずに開け閉めは、さすがに無理。
う~ん……窓を開け閉めした後から、つららが下がった……とは、さすがに考えにくい。中で一酸化炭素中毒ってことは、ガスでもひねったわけじゃないなら(って、川端康成の時代ならともかく今日びの都市ガスに一酸化炭素等の不純物はほぼ混じってないけど)、何かを燃焼させたはずで、陽が昇って二時間ちょっと。普通に溶けるにしてもまだ寒いし、今溶解してるのは、おそらく物置の中が暖かいせいだ。
「まあ、何かあったら知らせろよ?」
そういって、先生は去ってゆく。
えーと。……中に通してくれるの?
アリなの? それ。
「アリなわけないじゃん。皆川先生の様子見てって頼んだのじゃ、ウソ泣き交えて。中には入るなってさんざんいわれたけどなっ!」
「茄子菜に中に入るなっていうのは、それってもう、自由に入れって話だよね」
いやいやいや。
問答無用で茄子菜たちは中に入る。何の躊躇もない。つくづく感心する。
「……悪党だなぁ」
「失敬な。わたしは正義の味方だよ?」
私も、つられて……いや、渋々、嫌々、まあそんな感じで、恐る恐る中に。
いや、決して自分の意志で入るんじゃないんだってば!
小さな物置の中には、体育用具や、使われていない教材しか置いてない。ハードルに跳び箱、ボール籠にネット。カラーコーンに白線引き、巨大定規やホワイトボード、三脚や測定秤。体育に限らず、何でもアリだ。
……ちょっと待って。いくら何でも、こんな所で『一酸化炭素中毒』って?
居住性なんて一切ないし。そもそも、煙突や換気もないのに、なんで……?
「これだ。コークスストーブ、年代物だね」
目の前に、レトロなデザインのストーブが置いてある。何年前の備品なのだろうか。
「これで一酸化炭素中毒? こんな物を、物置の中で……?」
「まー、有り得ない状況ではあるけども、あるからにはそれで正解なんでしょ。何故か、を掴むのも、探偵のしごとさ」
何故。どうやって。誰が。
わからない。というか、何から何まで意味がわからな過ぎじゃない、これ。
う~ん。ひとつ、内部を見てわかったことがあるなら……。
物置でも、どこかに通気口くらいはあるだろうけど、この中でそれはちょっと期待できそうにないという点。
換気扇がないし、壁面のどこかに
窓は縁にゴムパッキンのある
扉は引き戸で、これも新しい物だから、開くと片側の戸袋にするりと収納される形で、底部は樹脂と金属の複合素材の車輪がレールにすっぽり収まり、軽く開け閉めできる上に、騒音があまり出ない。
真新しいのも当然で、中にある備品こそ、どれも古い物ばかりでも、裏庭のこの辺りは全て、この一年で改修され、新造されている。
それも、まあ、当然ではあるか。
コークスストーブの蓋を開けて覗き込み、茲子さんは顔をしかめた。
「こんなじゃ不完全燃焼になるのもわかるけど……これ、コークスじゃないね」
「そんな燃料ないじゃん。学校の備品にあるワケないし、だいたいどこで手に入れんのよそれ。『コークス下さい』って売ってくれるトコ、どっかあんの?」
「ん。ホームセンターで売ってる。実はまだ結構用途あるから、現役といえば現役じゃない? 家庭用にだって木炭コンロとか、あとスッポン鍋とかにも必須だし」
すらすらと、こんな雑学が出て来るところも茲子さんの凄い点。私には真似できない。
「とはいえ、ここにあるのはホラ、砕けた消し炭と白い灰。う~ん、何かしらね。練炭か何かを砕いた物? なんでそんな……」
「どっちにせよ、一酸化炭素で中毒症状をおこすまでには時間もかかるじゃん。換気がないっていってもさ、完全に気密されてる状況でもないじゃん、こん中って」
「つまり、意図的に自殺を試みたか、そうでないなら――前後不覚状態ってこと?」
うぅ……考えたくないなぁ。
「自殺で、外から南京錠で施錠はないわー」
「じゃあ、何か薬品とか、アルコールとか、そんな物で意識がないうちにここに運ばれて、このストーブってなると……」
あの。思いッ切り、それじゃ計画殺人じゃないですか? どうにも、ゾっとする。
「面白いね」
また無表情なままで、恐ろしいことを茲子さんはつぶやいた。
茄子菜は窓を確認してる。内側からかけてあるクレセント錠は、特殊なストッパーがあるわけでもなし、簡単に解錠できる物だ。異臭で危険を感じたなら、意識があればまず自力で窓をあける所から始められるはず。
「ん~外部要因や動機、そういった何かはこれから出てくるかも知んないけど、現場状況はこれ以上、何も新しいモノって出てきそーにないかなー。ん~……。まずはこの状況、巴っちょは、どう見てみる?」
「……どうって?」
ていうか、何故わたしに?
「うん。『事件』か、『事故』か」
そ、そんなのたずねられても、私は……。
「そうね。『事件』であっても、『殺人未遂』か『自殺』か、それだけでも意見は分かれそうね。もっとも、これで『事故』を想定するのってかなり難しい気もするけど」
茲子さんも、少し考えるそぶりをする。
「要素を一つ『外す』にはそれなりの検証もいるのよさ。んで、そこを判断するには、巴っちの意見を聞きたいの。どっちだと思う?」
あ、あのっ!?
っていうか、何故、わたしに!?
(後編につづく)
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