第十五話『Moppet's Detective』(後編・その1)

★前編のあらすじ★


 箱島小学校五年一組の巴たちは、校舎三階の教室から、裏庭の体育具倉庫の中で一酸化炭素中毒で倒れていた教師を目視で発見する。

 まだ踏み荒らされていない雪の中、倉庫の小屋に向かう足跡は一すじだけ。他に足跡は見当たらない状態で、南京錠が外からかけられていた。それはすなわち「不可能状況」の出来事だった。

 現場確認に向かった巴たちの担任教師はその場で気絶し、自習の中、不安でざわつく教室内の生徒たち。

 そんな教室を落ち着かせ、真面目で優等生の巴、お調子者の茄子菜、憂いた天才少女の茲子、竹を割ったような性格の大柄なソヨカの四人は、「ちびっこ探偵団」を自称する茄子菜に引っ張られ(いや、一人はチビじゃないけれど)、その不可解な「密室」のナゾを解くべく、教室を抜け出して現場まで足を運ぶが……?







 どうしよう。


 また茄子菜にされたけど、そんなの私に聞かれたって、何にもいいようがないし……。


 茄子菜は昔っから、何かあるごとに私にこうやって「判断」を仰ぐことがある。

 茄子菜はわりと、いや、かなり非常識な子だから、突飛もない考えになりがちで、そこに私の常識的な(?)面白みも何もない(?)意見を仰ぐことで、バランスを取ろうという判断かもしれない。

 でも、「事件か? 事故か?」って問われても……それが分からないからこそ、ここに来たようなものなんだし。


 そして、この現場に「来た」ってことがもう、色々アウトな気もする。不安で頭がまわらない。

 授業(自習だけど)を抜け出して、子供の私たちが現場にのこのこ入り込んで、好き勝手し放題やってて良いのかな……?

 今更だけど、そういった不安はどうしてもぬぐい切れない。

 それなのに、茄子菜たちときたら!


 恐いもの知らずに、何のちゅうちょも容赦もナシときたもんだ。これが。


「事件か、事故かっていわれても……そもそも、これって本当に、事件扱い、に……なる、のかなぁ?」


 まず、前提としてはそこだと思う。

 先生たちは、警察沙汰にするかどうかまだ迷ってるようだけど、事が事だけに、状況しだいでは病院から警察へ連絡が行くと思う。


「いぁ、警察に連絡いかないと思うな。いかせない。死ぬかどうかしない限り」

「……そう?」


 私の心配をよそに、茄子菜たちは平気な顔で現場をいじり回ってるし……。


「ん。認識に齟齬があるかな、巴さんにも茄子菜にも」


 茲子さんは、無表情に窓のさんの水滴を指でなぞりながら、こちらも向かずにボソリと。


「どゆことよ」

「社会認識での『事件か事故か』と状況としての『事件か事故か』には乖離があるじゃない。前者は法務の問題。極端な話、明確な殺人事件であっても誰かが握りつぶせば『事故』よね。だから判断は私たちには無理って話」

「つまり、後者は神の目でしか判断できない『事実』の確認って話じゃんね。探偵は『神』なんだからさ、そこはなんも問題ナシよ」


 神とか持ち出されても。

 茄子菜の珍妙な言い回しは……ようするに誰の目にも触れられていない場所で何が起きたかを、「事実」として確認するのには、人間には限界があるって話だろう。

 故に、ミステリーにおける「探偵」の存在は、メタ的な視点を持つ作品には「神」としてされることは多い。古くは『オヨヨ大統領』や『唐獅子株式会社』シリーズでも知られる小林信彦先生の『神野推理』シリーズや、近年……でももうないか、京極夏彦先生の妖怪シリーズに於ける、『探偵・榎木津礼二郎』の存在などなど。


「私は神でも悪魔でも天使でもお守りでも何でもいいけど、根源的に、これって三階から最初の足跡の状態を『』私たちしか、それを疑問とも怪事件とも思わないわよね。つまり『事件』たり得るのは、私たちの認識じゃない?」


 あっ!?


 茲子さんにそういわれて、改めて気がついた。だから、先生たちはこれを疑問にすら思っていないんだ。


 皆川先生や教室のみんなだってきっとそうで、「密室」は、私たち四人の認識の中にしかない。

 ……だけど、見間違いでも思い過ごしでもない。それだけは、ハッキリしてる。

 だからこそ、この「密室の謎」は、もしこのまま滝元先生の意識が戻らない場合は、ものになりかねない。


「だからこそ、ぼくちんたちで解決せねばならないワケじゃないのよさ」

「できるとでも思ってるの?」


 表情も変えず、茲子さんは茄子菜を見つめる。


「できるできないじゃなく、しなきゃいけないって話さ」


 いや、そこは私も茲子さんと同じ意見。だいたい、解決って……。どうするの、それ。


「まず、おさらいとして考えてみるならー」


 指を立てて茄子菜は周囲を見回す。


「進入する足跡は一つ。外に出る足跡はなし。これは?」

「被害者……っていって良いのかな? その、滝元先生の足跡って考えるべきだよね」


 自信ない口調でそうはいってみたけど、入って、出る足跡がないんだからそう考えるのが普通。それだけなら別に何もおかしくはないし。要はこの「外からかけられたカギ」の存在に問題があるんだ。定番的に考えるなら……、


「犯人が、逃げる時には後ろ向きに歩いてった、なんてのはどうかな?」


 ソヨカさんが、今私も思っていた「それ」を口にする。

 いきなり「」って、第三者の存在を決め打ちするのもどうなんだろうか。私には、まだそこまでの勇気はない。


「ンなもん足跡の状態見りゃー一目瞭然じゃん、ムリムリ。六〇メートルを、軽くカーブ描きながら後ろ向き歩き? ところどころアゥっ!とかポゥ!とか叫びながら? 未明の無人の学校で? あほかっちゅう」


 私も一応、今の茄子菜の反論には同意。いやマイケルの真似はする必要ないけど。

 できなくもない、とは思うけど……さすがに、ちょっとなぁ。だから、一瞬それを「思って」はいても、口にはしなかった。

 アイディア的には「雪山のクローズド・サークル物」によくあるトリック。とりわけ、「足跡をどう処理するか」が、このタイプでの要点だけど。


「ん、そこはどうかな。六時以降の降雪で、足跡そのものが薄らいでいるのよね?」


 茲子さんは逆に茄子菜に反対意見を提示する。おそらく「現実的じゃない」と茲子さんだって考えているはずだから、これってのネタのつもりだろう。


「降雪量の正確なデータがない限り、絶対にそうだって判断は下しにくいかな。そもそも2、3センチの降雪量では、二重踏襲でも深さそのものは変わらないよね? 加えて、降雪が後にもあったなら、少々ブレたりズレたりしても、ある程度は誤魔化せるでしょ」


 ん~……。深さはともかく、薄らいでいるってことは、先生が物置に入ったのは、遅くとも八時より十数分以上は前、早くとも朝六時より小一時間前くらいじゃないと、足跡そのものが隠れかねないという点。

 ここは、確実な降雪データがないにせよ一応、判断基準にして良いと思う。

 今重要なのは、足跡がどうこうじゃなく「いつ頃」起きたか、じゃないのかな?


「寸分違わず足跡をトレースして、一切のブレなしで後ろ向き歩き自体、無いとしてさ。行きと帰りで靴のサイズ替えたってそこは無理さ。1ミスも失敗が許されない設定じゃんよ、これ。加えて、降雪中だから誤魔化せるだなんて、そんなお天道様に頼った判断を『トリックを構築する側』に出来ると思うかに? 何かの渦中に『偶然』を利用することこそあれど、結果として『偶然』が伴う物なら、最初っから計画なんてしないさ」


 ……うん。まあ確かに茄子菜のいう通り、実現性に主眼を置けばその手法は無理があるかも。


 無理といえば、「」の定番「背負って運ぶ」ってパターンもなさそう。歩幅が普通だったし、よほどの怪力じゃないと滝元先生は重すぎると思う。


 離脱時は竹馬……ってパターンも、同様の理由で無理かな。それに足跡が目に見えて不自然な形になるし。同じく、物置の側溝から校舎の側溝までを、棒高飛びでぴょんと移動するには、十数mは距離がありすぎるし、助走だってできないんだから、この考えもまず無理。


 なら「足跡に手を加えながら逃走」……は? 足跡モノでは反則の手口だけど、ないわけじゃない。裏庭は舗装されてないから雪面も平坦じゃないし、少し降った後なら目視で判断もできない。それは一応、現実的な解法ではあるけれど。

 でも、滝元先生の足跡は軽く六〇メートルは先の出入り口から続いている。消して歩くには長すぎるし多いし、その足跡全てに、跡を整えるとか、竹馬の丸い窪みを消して歩くなんて、まず無理だろう。やるにしても、その「手間」に対して得られる効果が薄い。理由が見えない。


 黙って話を聞いていた私も、一応今の考えをまとめ、たどたどしく説明してみる。






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