第十五話『Moppet's Detective』(前編・その5)
「っしゃ合流! つうか、だみだこりゃ! せんせーに救急隊員に、いっぱい来てて足跡どれがどれだかわかんないじゃないさコレ」
白い息を弾ませながら茄子菜が小走りで、ドアの前まで回り込む。
「ん、どしたのよ。巴っちは顔青いし、茲っちょは物干し竿に吊るされてるし」
「べつに。巴さんをからかっただけだから」
かっ……!?
か、からかわれただけっっっ!?
二連劇でショック。
いや、やって良いからかい方とダメなからかい方だってあるじゃないですかぁッ!?
「そんでアタシはそれをお仕置き中」
「いいけど、窒息するからそろそろ下ろして」
ソヨカさんは、ひょいとブラさげていた茲子さんを下ろす。
「あんだチキショー、人のいない間に面白そーなコトしやがってぇ! まーいーや。みての通り、こっち側カタいのよ、雪がさ」
茄子菜が足踏みをする。粉雪を踏むときのキュッキュッって音はしないし、溶けかけた牡丹雪独特の、ぶじゅぶじゅっとした感じにも見えるけど、見事に凍結していた
といっても、氷状になっているのは校舎に沿った部分くらいで、踏み固めたわけでもないのだから、スケートリンクのようにはなっていない。凍った上に、みぞれ状の雪が1センチに足りるか足りないか……精々5、6ミリ被った感じ。
「日陰だもんね、北側だし」
「深夜から早朝まで粉雪だよ、確か。そこで日の出前には一旦やんで、朝の六時すぎ、半頃辺りからまた降り出したんだけど、牡丹雪だね」
さらりと。気象まで把握しているのか、茲子さんって……。
「どーりでミゾレのシャーベッツな感じだったわけやね。こっち側は冷えるから上手く凍ってたっぽ。つってもオトナの足跡なら充分つくわにぃ」
「ん。上からみた時だと、滝元先生の足跡はチョイ薄かったかな。後から確認に行った先生たちの足跡の方がハッキリしてた。てコトは、雪がまだ降ってる間に小屋に入ったのかな」
ソヨカさんもソヨカさんで、目視した状況を理路整然と分析できる。やっぱり、こんな彼女が成績悪いのだけは腑に落ちない。
「なるほど、ソヨカの地獄目が役に立った!」
地獄耳ならわかるけどそんな言葉は無い。
「じゃあそれが何時頃か、って話かな。八時過ぎには止んでたから、その二時間弱のうちのどれくらいに先生がここに来たか、とか」
今の時期、日の出は六時の四十五分くらい。放射冷却で凍結するのはその時刻として、でも正直、それは何の目安にもならないかも。
「降雪前だって十分あり得るよ。上から見たから凹凸をハッキリ認識できたけど、夜間に降った2、3センチの厚みの粉雪についた足跡に、その後上から1センチそこら降った所で、足跡は十分認識できるじゃない」
「そこは、滝元先生の足跡と後続者の足跡で差をチェックすれば――」
「無理。みてよ、あの足跡の状態」
「あ~酷いな、これ」
冷静に分析する茄子菜たちの横で、私はまだ、さっきのショックが抜けきれていないまま口をつぐんでいた。茲子さんの性格が、いまだによくわからない。
本当に、からかわれただけなのだろうか。そうは思えない所もあるし、だからといってそれ以上を追求のしようもない。
あそこはもしかして、「怒る」べきだったんだろうか。でも、そんな態度に出て今度こそ本気で嫌われたら? とか、本気も何も、そもそも嫌ってるからあそこまで酷いこと平気で口にできたんじゃないか、とか。
色々ぐるぐる、あぁあぁぁあ、もうっ!
「巴もさ、いつまでお地蔵さんみたいになってないで。はい、茲子も謝る」
パンっと手を叩いて、ソヨカさんがそう口にし、私も少し我に返る。
茲子さんは――
「必要がない」
うわっ。
「半分は本心。巴さんのことを別に嫌ってはいないよ、苦手なのは確かだけど。ただそれだけのこと」
「あ、あの――私の、どこが、」
「あなたは私に対して、避けてるし、一線引いてるし、特別視してるから。そういう人に苦手意識をもつのは当然だと思う。あなたとこうして一緒に行動することって今迄なかったし、良い機会だから口にしただけ。下らない憂悶をいちいち持ち越したくはないから」
……絶句。
返す言葉がない。
そう、「苦手意識を持っている」のは、他ならぬ
それを察知したからこそ、茲子さんはそれをストレートに私に打ち返して来たんだ。
「……ごめんなさい」
「だから謝る必要はないし、誰が何をどうみてもどう考えても、悪いのは私。あなたは何も悪くない。何か間違っているとしたら、それは全て私の方。わかるわね」
「……わからないです」
「どうして? 面と向かってあなたが苦手、友達みたいにはなれない、そんなことを平気で口にする。からかっただけ、って取り繕ったのは、ソヨカがそう取りなそうとしたからであって本心でもない。十分酷いでしょ?」
……二の句がつげない。
でも。
「茲子さんが悪いとか、間違ってるなんて、どこにもないです。だから私が……その、」
自分だって、わかってる。
可愛くて、頭が良くて。自分がそれまで取り柄だと思ってた物の全てを簡単に上回れて、尚かつ――私にとって
それって、嫉妬心? いや、違う。そんな簡単なものじゃない。
「……私にとって茲子さんは、意識するなっていう方が無理な相手です。一線引くなっていう方が無理です。同い歳の子供同士、って……そんな風に対等に認識できる相手ではないです。だから、そんな態度に出てて、」
……憧れているのか。彼女みたいになりたいのか。それは、ない。友達になりたいとでも? 無理。……どうなんだろう。
「それは巴っちょ、いいすぎ」
「ああ、それは巴が悪い」
いきなり茄子菜とソヨカさんに突っ込まれた。……ええっと。
一瞬、ハっとする。
茲子さんの顔に、感情が浮かんでいたから。
それは、とても哀しそうで、やっぱり私の方を見ようともしない。
「あ。あのっ」
私は、何の
わからない? 一番ダメじゃないか、それって! 何が悪いのかわからないままでいることって、そんなの……、
「ジャッジ二名が巴さんに『悪い』と告げたから、残念ながら私の負けね。悪いのは巴さん。だから私は許された、ってこと。以上」
「いやっあのっ! 私が悪者になって丸く収まるっていうのもどーなんですかソレ!」
理不尽すぎる……。何だか、筒井康隆の漫画『傷ついたのは誰の心』が私の脳内をぐるぐるとよぎった。何ていうかもう、あんなカンジ。
「巴っちょは頭良いくせに時々バカだなぁ。はいこの話はヤメ、ヤメ。ここで終わり」
茄子菜にバカっていわれても……。
うん、まあ、確かにそうだけど。
「そんでもって、今チミらの立ってる裏口から物置まで、距離は十数メートルってトコ。みての通り、こっから続く足跡は何もなし」
東端裏口のドア周りや、校舎沿いには、子供の足跡は幾つかあるけど、ここから物置までの間には、足跡はいっさい見えない。
皆川先生は一旦、西側端の職員室まで戻らなければカギが手に入らないんだから、西側の通用口から、他の先生がたと一緒に裏庭を通って小屋に向かったのだろう。雪も降っていないなら、わざわざ校舎の中を通る必要もなし、か。
結果、それで踏み荒らされて「足跡」という物的証拠がほとんど消されてしまったんだけど……。
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