第十五話『Moppet's Detective』(前編・その4)


「ああああああダメだダメだダーメだちょうノリが悪ぅーいッ!」


 ぶつぶついう茄子菜と共に、勝手に教室を抜け出た私たち四人は、並んでそのまま一階まで降りる。

 ……っていうか、何で私まで!?

 結局押しの弱さのせいか、有無もいわさず茄子菜に手を引かれ、ここまで降りてきちゃったけど。

 いいのかな。授業がないっていっても、誰か別の先生が来るかもしれないんだし。

 当然、他の教室では授業中。サイレンを鳴らさずに救急車は来たけど、その時はどこの教室の窓からも、大勢の児童が群がっていた。

 あれから何分と経たないうちに、今ではもう、水を打ったような静けさだけど。

 一階は一年生二年生。二階は三年生四年生。私たちの教室は三階。

 このうち、一、二年生だけは、今日はもう帰されている。

 残ったちびっ子が何人か、廊下をパタパタ走ったり滑ったりしていた。


「ね、ねえ茄子菜……。私たちさ、勝手に抜けて、良かったのかなぁ?」


 さすがに不安になる。


「くそまじめだなぁ巴っちょは。どうせ授業ないし、自習の指示すら出さずじまいなんだから何やったって超OKよ。さて」


 取り出した虫眼鏡片手に、茄子菜は裏庭側の窓をガラっとあけた。


「よっこいしょ」


 この馬鹿めは、いきなり窓をまたいで裏庭に降りようとする。


「いや、出入り口からフツーに出ようよ」

「だいたいナニその虫眼鏡。ばか?」

「コスプレ?」

「いや良いじゃん何でもカタチからだよ!」

「カタチだけじゃん」


 ひどいいわれようだ。

 茲子さんとソヨカさんの、矢継ぎ早に機関銃のように撃ち出す交互の容赦ないツッコミの域にまでは、まだ私は達していない。


「可憐な美少女たんてい団として、とりあえずやれるうちに調べられるだけやっとかないとさー。雪にしろ何にしろ、状態なんて刻々と変化しちゃうじゃん。現場あらされる前にさ」

「むしろ荒らす気まんまんじゃないの」

「荒らさいでか! いやそうじゃなくて!」


 茄子菜は雪の上に立ち、ペタペタと地面を触る。まあ、確かに「雪」という状況は、現場保全という観点からみると少々めんど臭い。


「てゆーかさ。美少女って感じじゃないよね実際。ナニ? ちびっこ探偵団?」

「デカいの一人いるけどね」

「うるせえ」


 少なくとも、茲子さんとソヨカさんは申し分なく美少女だと思うけど。

 ……まあ、茄子菜もね。可愛いしね。私だけなんだかヤボったい感じだ。


 階段の近くには普通、出入り口があるものだけど、当然それは裏庭側にではなく、正門のある西側に続いている。

 裏庭は、西から東へ伸びる長細い校舎の北側で、そこへ出るための裏口と通用口は、校舎のそれぞれ両端の突き当たりにある。

 足跡は、正門に近い西端から、東端の寸止まりに近い物置まで続いている。距離は……およそ六〇mって所かな?

 位置的に、回り込むよりも窓から出た方が近道だけど、茄子菜の馬鹿な行動にまで付き合う必要はないので、私とソヨカさんと茲子さんは、そのまま東の突き当たりの裏口まで、廊下をとっとこ進む。


「付き合いわりーなぁこんちきしょー!」


 窓の外側で叫びながら、ぴょんぴょん跳ねつつ茄子菜が併走する。


「はい、アイツは無視無視」


 付き合い長いだけにソヨカさんは茄子菜に容赦がない。


「ねえ。いっそ、シカトこいて茄子菜置いてみんな教室にもどっちゃう?」


 表情もかえず、正面をぼんやり向いたままの茲子さんが、更にひどいコトいった。

 ……うぅ~ん。

 それも良いかも、とは思うけど、それでも少し気になるのも確か。私たちでどうこう出来るような話じゃないだろうけど。


「……毒喰らわば皿までだし、もう少し茄子菜に付き合ってみます」

「巴さんがそういうなら、それでいいね」

「意義なーし」


 あ。決定権、私だったんだ、これ。


「いくら監視の目がなくたって、誰かが告げ口くらいはするでしょうし。怒られるか、何らかの罰があるかもね。私はそれはどうだって良いし、茄子菜だってソヨカだってそこは同じでしょうけど。だから、退くも進むも巴さん次第」

「うっ……」


 罰、は……ないと思うけど、お説教くらいはあるかも……。


「巴は真面目っ子なんだから、そーゆーコトいってビビらせちゃダメだって!」


 チョップのふりで笑いながらソヨカさんが茲子さんに突っ込む。茄子菜相手なら確実に当てているのに、相手によって暴力のレベルは変えているんだ。


「ま……真面目かなぁ」

「だれが見ても真面目」

「うん。真面目」


 うぅ……。


「そうね、この三人じゃ、ちょっとバランス悪いかな。巴さんって私のこと『茲子さん』って呼ぶよね」


 茲子さんから不意にそういわれて、少しドキっとする。


「それ、アタシだって『ソヨカさん』って呼ばれてるし」

「でも、茄子菜には呼び捨てじゃない」

「茄子菜に敬語つける方がどうかしてるし」


 ……確かに、私はこの二人相手には、ちょっとカタくなっちゃうところはある。


「それに茲子だって巴に『巴さん』って呼んでるじゃん」

「そう。だから、私と巴さんだけならバランス良いかもね」


 めっそうもない。勘弁して下さい。


「うぉ~ぃ、なーかーまーはーずーれーっ!」


 窓の外で茄子菜が大声をだしてるのがわかるけど、とりあえず無視。


 裏口のドアをあける。

 目を伏せる。……「こっち側」には、正直あまり近づきたくない。


「巴さんは……」


 相変わらず、あらぬ方向を向いたままの茲子さんから急に声をかけられ、少し身を強張らせる。私だって視線を反対方向にそらしたままだけど、でも瞬間、それに気がついた。

 ……茲子さんって、


 いつからだろう。ずーっと? 気付いてなかった。……どうして?

 ……私、もしかして茲子さんから、

 


 一瞬でそんなことが頭の中を駆け巡る。

 ど、どうしよう?


「な、何でしょう?」

「もしかして、私のこと、ニガテ? 嫌ってるとか」

「エッ!? いっ、いやそんなっ!? ちち、ちがいますっ!」


 逆です! なんていえるわけない。

 っていうか、えっ!? な、何ソレ!?

 茲子さんも……もしかして、私に対してそう思ってた……? そ、それは違うし!


 ……違う? どうだろう。やっぱり、態度に出てたんだ。私のこの、ぎこちなさ、不自然さ。こども同士なのに妙に緊張しちゃってさ……。ヘンだよね、やっぱり。

 焦り、戸惑い、恥ずかしさ、情けなさ、色んな感情が一気に、カーっとかけのぼる。


「茲子もさー、そーゆーコト急にいわれたら誰だってひるむってばさ。ホラ、巴も困ってるじゃん」

「けっこう勇気いるのよ、こんなこと口にするのって。意地悪でいったと思う?」


 感情もみせない調子で、飄々と。この茲子さんにどう答えて良いのか、わからない。


「あ、あの。私だって……」


 怖ず怖ずと、それでも……ここは怯んでいちゃダメだ、って思った。勇気を出さないと。チャンスだって思わないと。

 勇気。うん、たしかに。そんなのいちいち口にだして「確認」なんて、こわくて出来ないよ。でも……。


「私、あのっ、茲子さんとは……ええっと」


 仲良くなりたいんです、って。そんなこと改まって急に口にする勇気って、どうやったら出るんだろ?


「だって、ってことは――巴さんも私に嫌われてたんじゃないかって、認識してたのね。そこは、しょうがないかな。私も、どうしても態度に出てたもんね」


 こっちが何か口にする前に、さっさと私の思考まで先読みされるのは、やりにくい。目を瞑ったまま、茲子さんは私に向き直る。

 ていうか、えっ、何? 同じコト双方が思ってたってコト? な、何だろ、それって。相思相愛……じゃないや、えーと何っていったら良いの、それっ!?


「態度って――」

「私、巴さんが。だから私はあなたとは友達みたいに振る舞えない。仲良くなろうとも思わない。そしてそれはあくまで私個人の勝手な問題で、あなたは何も悪くない。だから、気にしないで」


 ……絶句する。


 いや。


 むり。


 気にするな、なんていわれても。その。


「タチ悪いなぁ~! も~、こーゆーの茲子の意地悪の手口だから、巴はあんま気にしないでいーって。心の底から捻れてるから」


 呆れ顔でぐいっと、ソヨカさんが茲子さんの首ねっこをつかんで持ち上げる。


「にゃっ」

「猫かよこのやろう」

「猫みたいに人を持ち上げといてそれかぁ」


 悪態でじゃれあうような二人を前に、私は、放心したまま黙って突っ立っていた。

 ちょっと、今のショックはキツい。

 目の焦点があわない。


 人から面と向かって「」ことが、これほど堪えるとは。泣いちゃうんじゃないかってくらい動揺してるのに、逆に涙ひとつ浮かばない。





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