第十四話『イン/アウト』(後編・その6)

 EXTRA EPISODE 14










 めまぐるしいひと時だったけど、それはトータルで十分もかかっていなかった。

 ゆず子さんは、色々しでかしたり、あちこち壊したりしたせいか、警察で事情を訊かれている。

 あくまで人命救助だったから、補導とかそんなことにはならない、とは思うけど……。


「つきあわせてゴメンなさいね」


 私と一緒にベンチに座って、香織さんはそういいながら、じっと空を眺めていた。

 警察署の中で待つのも何なので、ゆず子さんの事情聴取が終わって出て来るのを、私たち二人は署の真向かいの公園で待つことにした。

 香織さんが、署内の知り合いの人から聞いた話では、飛田さんのお父さんのご遺体を確認すべく、何台ものパトカーが今はあの廃ビルを囲んでいるみたい。きっと、あのおっかないおじさん達は既に大金を運び出した後だと思う。

 遺体の確認――つまり、飛田さんの娘さんから証言は取れたということ。はからずも私の推理の「答え合わせ」は、こうして成し遂げられてしまった。……ちょっと複雑な思いだ。


「……ゆず子さんはああいってましたけど、飛田さん、お父さんのを思い出して、恐怖で足がすくんだだけかも知れませんよね」

「ふふ……悪い方へばかり考えても仕方ないわ」

「それはそうですけど。……ええっと」

「なぁに?」

「あの……香織さん、もしかしてその……やくざ相手に最初、叩くか殴るかしようとしてませんでしたか?」

「あぁ……」


 香織さんは、ただ苦笑する。


「そんなわけないじゃない、イヤね、ふふふ。それにしてもダメね。私、結構、気が短いのかも。こんなことじゃ、いけないわ……」

「いや、あの。気が短いとか何とか以前にですね、ふつー、その……」


 わけないじゃない、っていってますけど、いやその。えーと。


「ダメよねぇ。これじゃ、知弥子にお説教の一つもできないわ」


 クスクスっと、照れ隠しのように笑う。


「……あぁ。あ~、さっきもいいましたけども、閾値がそこにあっては、私には何もいえませんですけど。その」


 もしかしたら、もしかしなくても、以前知弥子さんが香織さんに対して口にしてた話って、まんざらホラじゃないのかもしれない。

 っていうか、どういう女子高生なんだよぉ、二人とも!


「……あ、それと。あの人たちに、友達かって聞かれた時、『そうかも知れません』って即答しましたよね?」

「ええ。今はまだよく知らない相手だけど……生きていれば、そのうち友達になれるかも知れないじゃない?」


 ものすごくポジティブな考え方で、ちょっとビックリした。香織さんは、その場しのぎでウソをつくような人には見えなかったから、今のその一言で私には納得できた。

 やっぱり、香織さんは凄い人かも。


「死んでしまったら、おしまいだものね。飛田さん、彼女が助かってよかったわ」


 私には、あのギョロっとした目でふるえていた彼女とは、ちょっと友達にはなれそうにない。おっかない雰囲気の人だった。


「なんで探偵舎に入ったか……いったわよね。お友達が、自殺したの」


 不意に、香織さんは止めた話の続きをはじめた。


「一つ年上の人で、本当のお姉さんみたいに仲が良かったの。文学少女で、オトナびてて、ちょっと意地悪で、でも私には優しくて……」


 香織さんは、遠くを眺めている。

 その視線の先には、私には見えない、彼女の『思い出』が結像されているのだろう。


「小学校の卒業と同時に引越して、私の前からいなくなったの。H市内の公立校に通ってるって聞かされて……それから、急に疎通になって。電話でも手紙でもつかまらなくて、私を避けているようにも思えたの」


 香織さんの住んでいるS町は、H市とミシェールの中間くらいの場所だ。電車で三〇分。近いようで遠い。子供にとっては尚更かもしれない。


「そして、私がミシェールに入学した頃に……彼女の消息を知ったの」

「……訃報ですか」


 無言で、香織さんはうなずいた。

 ゆず子さんと話している時の香織さんの目つきを、ふっと思い出した。

 生きていれば、その人も来年には女子大生だったのだろう。

 でも、その人はもう、どこにもいない。


「……投身自殺だった。納得できなくて、私は彼女の死の真相を探ろうとしたの」

「それで、探偵舎に」

「当時は、探偵舎に誰もいなかったわ。一人ぼっちでずっと、色々調べて、探して、色んな人から話を聞いて。読んで、勉強して、そして……」

「一人で、ですか?」

「ええ。まる一年以上、ずっとそのことを調べてたの。何かにとりつかれたように」


 ちさとさんが中等部に入学して来たのは、香織さんが三年になってからだ。

 知弥子さんは高校からミシェールに入学して来たと聞いている。


 孤独に、たった一人で。

 何不自由なく暮らしているお嬢様にしか見えない香織さんが、まだ私と同じくらいの年頃に、そんなことをしていたなんて、ちょっと想像がつかない。


「そして三年前の夏……私が中二の頃ね。真相……いえ、真相一端は、掴めたの。ゆず子さんとはその時に知り合ったわ。彼女の助けがなければ、きっと……私は挫けていたわね」

「真相って、どのような……?」


 はにかむような、困ったような笑みをうかべて、香織さんは首を振った。


「終わった事件だし、あなたに聞かせたいような話じゃないわ」

「……そうですか」

「大勢、死んだから」

「…………」


 ……ええっと。


 何かの聞き間違いだろうか?

 いや、違う。


 ケータイの着音が鳴り、香織さんは立ち上がった。


「ゆず子さんを迎えに行きましょ」

「……はい」


 明るい笑顔を、香織さんは私に向ける。

 ほんの少しだけかげりのある、毅然とした、お嬢様らしい表情を。


 私はまだ、この香織さんのことを、何一つとして知らない。知って良い話なのかどうかも知らない。それは、いつかわかることなのだろうか。踏み込んで良いような話でもないのかもしれない、そう思う。


 もしかすると、いや、もしかしないでも、彼女にも何か、想像のつかないような過去があったのかも知れない。


 ──私とおなじく。




            To Be Continued





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