第十三話『殺戮天使』(後編・その1)

 第十三話『殺戮天使』(後編)


★前編のあらすじ★


 ふつうの大学生・鈴宮高志は、飲み会で、先輩たちが常習的な婦女暴行犯である事を知り、良心の呵責と苛立ちの中にあった。義憤、正義感はもとより、どう憤ったところで、結局何もできない自分自身の情けなさに対しても。

 そんな時、高志の目の前に現れた謎の少女は、先輩たちの罪を既に熟知し、高志に向かい「命運を決めろ」と告げた。


 あいつらは生きる価値もないクズだ──

 そう判断を下すと同時に高志は気絶し、病院のベッドで再び目を覚ました時、先輩達が「集団自殺」をした事を知らされた――。










 あわただしくも、穏やかな日々が続いた。


 マスコミはしばらく連日、この事件を取り上げていた。

「殺人ではないか?」との観点で報道するメディアは、俺の見た限り一つもなかった。どいつもこいつも節穴だ。

 そして幸いな事に、どうやら俺は「たまたま巻き込まれた無関係者」扱いで済んだようだった。ここには、心底ホっとする。

 そもそも付き合いもなし、校内でもあの先輩たちは、三人だけで常につるんでて、悪目立ちもしていた。

 あと、やっぱり元々校内でも嫌われていたようだ。

 安土と飯塚が鼻持ちならないボンボンだってことは周知の事実だし、「アイツらならやりかねない」と面識のある大抵の奴が思っていたとか(まあ、あの報道の後なら幾らでもそういえるけどな)。

 俺と同じく足がわりに誘われて、先輩たちが何をしてきたかを耳にしながら、腹に押し込めて「黙っていた奴」も、実は何人かいたらしい。

 匿名で週刊誌に告白した一学年上の(ようは同世代の)先輩の記事を見て、その胸くその悪さ、その匿名者の卑怯さ、そして完全に何から何まで俺と同じじゃないか――との同情と、自らの情けなさも味わった。

 そりゃあ、確かにを決め込むしかない話だ。ヘタレても仕方がない。そして、そんなくだらない巻き込まれ方で、奴らとの精神的共犯者にんだ。

 この辺りは本当に理解に苦しむ。奴らにしたって、バレちゃ困る話だろうに。どこかで自慢話に、武勇伝にでもしたかったのか?

 ……反吐がでる。


 そしてそんな記事もあれば、上手い具合にあの時に飲み屋での会話を耳にしていた客や店員もいたらしく、その証言からも、俺が完全にカヤの外だったと判断されたのもあったのだろう。これは本当に「助かった」という気分だ。

 俺だけスタンガンでやられて寒空の中に放り出されていたことは、結構面白可笑しくハデに報道されていたようで、痛い目には遭ったものの、これのお陰で「運の悪い巻き込まれ被害者」として、メディアからも学校の連中からも、あいつらの仲間扱いされずに済んだのは、何だかんだで本当にラッキーだった。

 普通なら、共犯の一人として濡れ衣をきせられてても、おかしくない立場だったろう。

 店員といえば……あの子は、どうなんだろう。

 あの子も、聞き込みを受けたのだろうか?

 思い出すだけで、また背筋が寒くなる。


 ──殺したのは、実行犯は、……あの子だ。


 まだあどけなさの残った、可愛らしい小柄な女の子が、大の男を三人も殺した……のか? いやいや、夜間に居酒屋で働いてたんだ、少なくとも高校生よりは上のはず……ヘタすりゃ中学生にも見える容姿だったが。


 ──ただ『何も観てない』そういい続ければ良い。その約束を破った時の君の命の保障はしないけどね──


 ゾクリとした。

 何かうっかり喋っていたら、俺も殺されていたのだろうか?


 退院後、警察から戻って来た愛車は二束三文で売っ払い(何も知らずに中古屋で買わされた奴にはご愁傷様だ)、しばらくは学校も休む事にした。浪人した分、留年だけはしないようにと頑張ってきたが、こんな状態で学校に顔を出す気にはなれない。

 全治二週間。大した怪我じゃないが、それでも自宅で静療しながら、TVや週刊誌のニュースで事件のあらましを追い、やがてそれらに目を通すのもイヤになってきた。

 家族の態度はやけに優しい。

 事件のことを詮索もしないし、アレは食べたくない? これして欲しい? といちいち猫なで声で訊いてくる。いや俺、単なる被害者だけど、そういった態度も違うんじゃないの?

 そして、静かに過ごせるかというと決してそうでもなく、どこで嗅ぎつけたのか、家電話だけでなく俺のケータイにまで、電話取材や見知らぬイタ電も増えて嫌気がさし、新しく買い換えてもらった。高校時代から使ってて、サークル関係の連絡網やら何やらにも不用心に晒してた番号だけに、わりと漏れていたのだろう。油断も隙もない。

 これで家族と、ごく少数の友人しか番号も知らなくなり、そうなると今度は着信はおろかスパムメールすら一切来なくなって、まあ……慣れればそれも全然悪くない。


 窓も締め切って一歩も外に出ず、ごろごろと過ごした。

 なるべく、事件のことは考えない。

 忘れる。

 その方が良い。

 やがて他の凶悪な事件や、無能な政治家の失態や芸能ゴシップがTVをにぎわせる頃には、玄関前をうろついていた取材記者も姿を消し、俺のヒザも無理なく歩けるくらいには治ってきた。


 昼下がり、建売住宅の並ぶ自宅の前を、俺はふらりと散歩に出た。


 陽の光の下を歩くのも久しぶりだ。河原に沿って歩き、高層アパートの前を抜ける。

 ぼーっと、何もない草むらを、ただ眺めて過ごす。

 なんてこともない景色。

 平和で、いつも通りで、面白みも何もない普通の眺めで、それでも久々で――。


 あんなことがあったなんて……今でも、信じられない。

 悪い夢でも見ていた。うん。そう思う。

 あるわけないし、ありっこない。

 そんな目茶苦茶な話があってたまるか。

 あんな女の子が、此の世に居るわけがない。

 ザッ、ザッ、ザッ、革靴が地面を踏む音が近づく。

 影のようなものが近づく。

 ばさっと、大蛇のように長い何かが、日射しを背にした逆光の中でたなびく。

 長いスカートが翻る。

 真っ黒いセーラーに身を包む、長い髪の少女が俺の後ろに立っていた。



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