第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(幕間・二)


「は~っ、疲れたァ! これにて一件落着……かな?」

「さっすが沙織ちゃん! やったーカッコイイ――!」

「それ。バカにしてね?」


 息も絶え絶え、ばたりと大の字になって、ウルフカットの少女は地面を背にした。

 ヘアバンドの少女は隣でキャッキャはしゃぎながら、小さく手を叩いている。

 辺りは緑の匂いに包まれた野山、木漏れ陽。

 そして横には、ぐるぐる巻きに縛られたおっさんが二人、気を失っている。

 とにかくうら若き花の女子高生二人して、さんざんド田舎の山中を追ったり逃げたり駆け回った挙げ句、沙織は掴みかかってきた大男を背負い投げで壁に叩きつけ、シャベルを振り回して襲ってきた小男には空中回し蹴りを頭に叩き込み、そしてこいつらに指示を出していた主犯?のおっさんは、青い顔のまま逃げて行った。

 粗暴犯の二人をお縄にしたからには、まあ後は放っといても何とかなるだろう。

 少女探偵・弓塚沙織は、体力と腕っぷしだけには自信がある。――これもまあ、父ちゃんのフィジカルが上手いこと遺伝してくれたお陰だろう。つーか、何で母ちゃんの推理力は遺伝してくれなかったんだよ……と、たまに落ち込みもする。勝ち気なこの性格だけは、母親譲りなのも間違いないものの……。


「沙織ちゃん、どうして女の子なのにこんなに強いんですかー! 毎回感心しちゃいます!」

「毎回こんな目に遭う方もどうかしてるんだよ! 何なんだよこれ! どうしてこんな何もない田舎町の山奥まで来てこんなのに狙われなきゃなんねーんだよ!」


 そもそも想定外だ。今回は完全に観光……というか、母・真冬の遺した記録を頼りに、過去に起きたアベック殺人事件の細部を確認に来ただけだというのに。

 それもこれも、この相方――幡星ばんしょう魅織という同級生にして親友、「探偵舎」のもう一人の部員で、そして沙織には無い「推理力」に関しては、ほぼ間違いなくどうかしてるレベルで強烈に完備した、キチガイじみた「名探偵」が、偶々この事件のアウトラインだけを目にして「これ……何か『隠し通路』とかありますよね!?」と興奮し、かなり強引にひっぱられてここに来たわけで……。


「あはははは。まあ……何か、あったんでしょうね。探られたら困るコトが。行方不明の太一さん絡みかなぁ」

「おめーが嗅ぎ回らなきゃ狙われるコトもなかったっつーの。まー、でも逆にコレで良かったのかなぁ」


 やつらが何か企んでたのは間違いないし、それをあたしに聞かれたと思って、血相変えて武器振り回して襲いかかって来たんだから。

 汗ばんだ肌も、高まった鼓動も、少しはおちついてきた。沙織もむくりと起き上がる。


「どっちみち、ふもとの方には兄ちゃんが張ってるから、逃げたおっさんも捕まるっしょ。そうなりゃ追々、何かわかるかなぁ?」

「あら、聖太お兄様もいらしてたんです!?」

「心配性なんだよ。今回は事件でもないっつーのになぁ……いや、結局事件になっちゃったけど」


 それでも、殺人事件でもなし、まあいつもの通り厄介な『館』こそあったものの、そこは事件とは何の関係もなかった。ちょっと目を離した隙に、小一時間ほど魅織が行方不明になって、八幡家の連中や駐在さんや杉峰楼の人たちと、あーだこーだ言い争うハメにはなったものの……。

 それでも、寸前に園桐の住民相手に何かを仕掛けようとしてた悪党どもはお縄につけたんだ。全くの徒労でもない。


「あの逃げたオッサン、この村に縁があったようなんだよな、結局。この大男と小男がうかれてペラペラ吹聴してたけど、逃げたオッサンの爺さんあたりが、昔ここで何か仕掛けて、結構な大金を八幡家の当主からふんだくれたって話なんだ。夢をもう一度……って感じで、またここに来たのかなぁ」


 数年がかりで村に紛れ、近隣住民に何ぞか吹き込むような話もしてた。過去に成功例があるから次もイケる、みたいなさ。ナメられてんなぁ、ここの村の連中。それだけの労力に釣り合うリターンがあるってコトなのかねえ、こんな田舎に――。さすがに、少し首をひねる。


「どうでしょう。どっちかというと今度のターゲットは杉峰楼の方だったと思いますけど。今回に限らず過去も、でしょうか。そうでなければ、あんな有名人のニセ色紙とか貼ってませんし」

「確かに……あっちの旅館の方が確実に儲かってそうだもんな。いやニセかどうかは鑑定してみなきゃわかんないけどさ」


 というか、八幡家の方はお屋敷こそ立派だけど、何やってる家なのかわかんねえ。金持ちは金持ちで確かなんだろうけど……。


「現状での経済状況は、どちらにしてもそこまで重要ではないかなぁ、と。今や好景気も真っ盛り、日本の未来は世界も羨むなのです、二束三文の土地ですらバカみたいにつり上がっておりますし……」

「ンなのはアブク銭だよ、どうせそのうちハジけるさ」

「そうかしら? ともかく、あの毘沙門様。どうも色々おかしいなァと思ってましたけど、あそこも過去に誰かが『何か』仕掛けてた、って話なんですねぇ?」

「いや、何がおかしいのかそもそもわかんないし」

「あるわけのない、あるではない、そんなモノなのです、アレは」

「うぅん……?」


 その辺は、さすがに何の知識もないあたしには、意味わかんない。

 とはいえ毘沙門様のお堂といえば……ええっと……すげえなカーチャン。もう事前にコイツがこの村で何かするの「察知」してたってコトじゃん!

 冷や汗をぬぐいながら、お堂で拾った絵葉書は、魅織には見せずにポーチの中にしまっておいた。これ以上に話がややこしくなっては、たまったもんじゃない。


「ありもしない物が、何故あったか。『仮説』を立てるには十分な背景が存在します。必要なのは真実よりも、どうそれをできるか、でしょう。過去の事件の欠けていたピース、それが、あの毘沙門様でハマりそうにも思うのです、はい」

「……ん~。前提がチョイわかんないけど、でもさ。仮説ってコトは、証拠たり得るモノが何もナシって話?」

「はいー」

「いや、そこはわかってから話しようよ。現段階じゃ、推理じゃなくてそりゃあ只の推測、無限の可能性の中から論証ナシに一つを推察って話になるし。……それがさっきトンズラしたおっさんの爺ちゃんに関係あるとしてもだよ? 何か話を進めるには、まずさっき逃げたオッサンが捕まった後で、たっぷり尋問した上で、じゃないとなぁ」


 またしても、あの像を見て何かスイッチでも入ったか、ヤツめの脳味噌が高速回転でカラカラ先走っているのだけはわかる。

 そう、バカはバカなりに、わかんないならわかんないなりに、こーゆー時にツッコミだけはちゃんとしなきゃ、このままじゃあたしはただの暴力装置だ。

 そして、魅織はまさに、我が意を得たりとばかりに嬉しそうな顔を見せる。

 ……心苦しい。


「どうなのでしょうかねぇ。訊いたとして、事実、真実を話すともまた、限りません。知らない、あるいは知っていてウソをつくコトすらあり得るのです。ゆえに人の証言そのものには、裏打ちをするための、外堀を埋める作業とセットでなければ、盲信もできないのです。だからこそ、真冬さんは『避けた』のだと思います。断言に至る証拠、論拠もないのですから、そこは当然なのです」


 う~ん……とウルフカットの少女は考え込む。避ける、そこはまあ、わかる。でも、そこを『外す』となると――いくつかのおかしな現象、おかしな風習、村民や杉峰楼の人たちの八幡家に対する態度。その中枢に、伊作さんの逸話やあの毘沙門堂が何らかの関わりを見せているのは、推理力の乏しい自分にだってまあ、わかる。

 つまり――事件の根底は『未解決』ってコトか?


「いずれにしましても……真冬さんは尊敬できますけど、過去のこの事件の『解決』……これは、いただけませんです。反則、いえ、探偵です」

「……鬼の居ぬ間に言いたい放題だな」


 オニババアって言うにはまあ、まだ若いけどな。あと、悔しいことに実の娘のあたしの目から見てもまだ美人だ。

 反抗期真っ盛りだからそれは認めたくなくて、とりあえず口を開けばババアと呼ぶし、そのたびに蹴りやゲンコツがふつうに飛んでくる。まあ体力腕力は100対1でこっちのが上だけど。それを分かってるからこそ手加減なしで殴ってくるのがキツい。


「ですけど……」


 ここで、魅織は少し表情を曇らせた。




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