第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その37)
郁恵さんと茜さんも合流し、私たちもマイクロバスに同乗する。
少し遅れて、綺羅さんも現れた。
「どうかしら。あれから、何かおわかりになったことはあります?」
明るい笑顔でそう話しかけてくる綺羅さんに、私たちは何も答えられない。
茜さんも郁恵さんも、お手伝いさん達も、同じく黙ったままだった。奥宮さんだけはさっさと一番後ろの席に陣取り、アイマスクにヘッドフォン、片手には読めない銘柄のドイチュラントのビール缶で、我関せすな状態にいる。ドゥチャドゥチャ漏れる重低音と高音からすると、何かハードなテクノっぽいんだけど……どういう人なんだろう、この人……。
さて、困った。
気まずい。
「……これ、杉峰楼に行く意味ってあるんですかね。現実的に考えて、不審者がお屋敷に忍び込んでいるとは考え難いんですけど」
カレンさんが口を開く。まあ、確かに。
「捜査の邪魔になるから、ってのもあるんじゃないかしら。きっと家捜しされるわよ、あちこち。お父さまが嫌がる顔が目に浮かぶようだわ」
くすくすと笑う綺羅さんは、まるでピクニックにでも行くかのような態度に見える。
「ええと。警察からは、家捜しも捜査もされそうにない気もしますけど……」
「あら、そうなの?」
「いえ、まだ何ともいえませんけど……」
バスが、ゆっくりと発車する。
開け放たれていた勝手口は、木製の大きな閂を恒夫さんが内側からかけて、しっかりと閉ざされている。これで、暫くは八幡家まるごとが、合い鍵程度では開けられない「密室」にもなるのだろう。
……だからこそ、密室談義として、外に漏らすことなく「内々に処理」という形にすら、できるのかも知れない。実際にはどうなるのか、伸夫さんが最終的にどう判断するのかは、お話を伺った私ですら、わからない。
「というコトで、今回の件の全ては巴さんに一任しましたから」
え? あの、部長。
「そうね。この子が一番探偵らしいと思うもの」
あの。綺羅さんまで。
「え、あの、いや私にそんな全部押しつけられましてもですね、」
「伸夫さんも、感心してらしたわよ。あの小さい子は、さすが真冬さんの弟子だと」
茜さんまで……いや弟子違いますし! 面識ないですし!
気が重い上に荷が重い。
そもそも……これって、「探偵の出番じゃない事件」じゃないですか。もう。
それに、こういっては何だけど、「証拠」なんて警察が来たってほぼ「出ない」んじゃないか、って思うし。
何故なら、機械的な仕掛け(って、もうそんな物を使った時点でミステリー的には色々アウトだけど)によって、長い間お婆さんの死が隠されていたのなら、その「仕掛け」をとっぱらって、
……これは、同時に私たちにとっては、
そして、理由。これも「頭のおかしい人物による、悪質な悪戯」だけで済むほど簡単な話でもないはずで、でも、現状ではそれ以外に考えようがない。
仮に、もし今回の事件がその「悪質な悪戯」という
困った。
「あの。一番年少の私に、あまり過度な期待はかけないで下さい。それに、正直これってもう、私には……」
さすがにその……、弱音くらい吐かせて下さいよ……。
「あら。リタイア? 逃げちゃうんだ」
「……逃げて良いですか? これ」
「だーめ」
にこやかに綺羅さんが私に顔を向ける。
視線は、どこか宙を見つめていた。
「ねえ、巴さん。あなたなら、きっとこの事件を解決して下さるわよね?」
そんなことしたらアナタ、逮捕されるか補導されるかじゃないの? とでもいわんが顔で、横から綺羅さんを、部長がじっと無言で睨んでいる。うぅぅ……。
「……断言はできませんけど。でも、」
したい、というわけじゃない。しなくちゃいけない、という使命感すらもない。でも、
……解決? 真相に触れる、白日のもとに晒す、暴く、解く。 そうじゃなくて?
解決? できるのだろうか。颯爽と。
私は――「名探偵」なんかじゃないのに。
「この前みたいに、中途半端はナシよ」
「えっ?」
綺羅さんの言葉に一瞬、首をかしげる。この前って、えーと。いや、確かに七〇点でしたけども。
「だって、あなた達には責任があるの。名探偵としての」
「名……は、どうなんでしょうか。そもそも、探偵っていうのも疑わしいのですけど」
「そこを疑ってどーしますのよ! 疑うなら、もっと違う相手を疑ってくれなきゃ!」
いや部長、えーっと。
「む、むずかしいです……」
消え入りそうな声で、力なくつぶやく。
一体、
目的が見えない。意味もわからない。
なのに、「犯人」も「過程」も、ほぼ考えるまでもなく
何もかも曖昧なまま、どうして良いのか、何をして良いのかさえもわからないまま、私は考え込む。
そして……。
(後編につづく)
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