第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その19)

7.




・証言 八幡伸夫 



 いきなり、当主の伸夫さんに「当たって」しまった。


 宝堂姉妹はああいってくれたけど、集団でダンゴ状に話を伺っても時間の無駄だからと、部員個別に八幡家の方へ、それぞれマンツーマン型式で聞き込みという形に決まり、そして早速私はジャンケン運がとても悪かった。


 正直、緊張する。


 見た感じ、伸夫さんは母親の死に直面したからといって、これといって大きな感情の変化があるようには見えない。ここは、少しだけ気になる。


「……まあ、ガキの頃にな。真冬さんって人を観ちまったからなァ。だから、パっと目で頼りなげな子供たちである君らでも、頭から馬鹿にする気はないんだよ」


 何か、いきなりイキナリなことをおっしゃられてますけども、えーと。


 やけに立派で、ゴミゴミした調度品も何もない、殺風景な広い畳の間。伸夫さんはあぐらをかいて、革の小箱から取り出した黄色い箱から、細身の葉巻を引き抜く。

 中学生の小娘の前とはいえ、勝手知ったる自分の家なのだから、そこは遠慮もないのだろうし、私だって文句はいえない。

 傍らの空気清浄機のスイッチをパチリと入れる辺り、全く気遣いのない人でもないのだろうけど。

 パッケージにネイティヴ・アメリカンの横顔が描かれた紙箱を、すっと革ケースから取り出し、カルティエのガスライターで炙るように火を点けて、伸夫さんはふぅっと紫煙をくゆらす。


「……で、まぁ何だ。仮に見知らぬ賊が我が家に勝手に侵入して、何らかの悪ふざけをしてるとする。じゃあ、何故にだ? 理由は?」

「……無理がありますよねぇ」


 そもそも「悪ふざけ」で済ませて良いレベルの話でもないですけど……。


「だな。仮に可能性があるなら、それこそ綺羅に頼まれたとかになるだろう。あの子にそんな心当たりがあるかどうかはわからんがね。今はネットとかもあるしな」


 あ、やっぱりそうなりますか。


「これが、もっと悪質なやり方で、母の死体をオモチャにするような真似ならともかく、よくは判らんが腐らんようにしていたなら、それは葬儀屋のやるような弔い処理じゃないのか?」

「ですよねぇ。……いってみれば、丁重に扱っていた、ともいえます」

「ふむ……」


 ここも。この事件を単純に「犯罪」と受け止めて良いものかどうか、判断に迷う点。


 宝堂姉妹が気付いたこと、そしてカレンさんへのは、おそらくそれが『遺体衛生エンバー保全ミング』された物だという指摘。無論、カレンさんもそのことにはすぐに気付いた。

 常識的に考えて、技術も機材もない一般人に、どの程度の処置ができるものだろうか。そこは、私にはわからない。

 勿論、カレンさんのいう通り、行政に届け出ていない限り、死体遺棄・損壊でもあるのだけど。家族が遺体に対して届け出前に行った行動であるなら、によっては事件性のある物としては問えないはず。


「いずれにせよ、一人でできるような真似とも思えん。あの子もな、楓姉さんに似て……何を考えてるかわからない所があるからな。身体もあんなだし、婿をとって家を継げとか、そんな古臭い話を口うるさくいう気もないんだが。八幡の家なら、それこそ馳夫にでも継がせれば良い話だしな」


 さらりと従兄弟の息子に家督を継がせるとおっしゃってますけど。その辺り、拘りはない家なのだろうか。


「あ、楓さんってそういったタイプだったんですか」


 もっと深層の令嬢のような人と思ってましたけど……そうか。綺羅さん的な性格だったんだ。


「……美人で、物静かな人だったがな。よく本を読んでて、俺はそんな姉さんが好きだったよ。綺羅も……何だろう、隔世遺伝かな。まるであの頃の姉さんを見ているようだ」

「まあ、そうなると……」


 色々不安でしょうね、とは続けられない。

 過去に、楓さんが何をやったか――八幡家の人は充分すぎる程にご存じなのだから。

 とはいえ、ここは口ごもってても仕方ない。


「……あの。楓さんの事件の話は、綺羅さんから伺いました。主犯が楓さん、共犯が喜一さん、タエさん、そして主な目的は克太郎さんの……但し、楓さんの独断だった、と」

「まあ、そこは綺羅から聞くまでもなく、君らならご存じだろう」


 うん、この反応を観るに、綺羅さんから聞いた「答」は嘘じゃないようだ。

 こういった「」に近い確認作業は正直、気が引ける。部長の得意技だとは思うけど……私には荷が重い。


「ええっと……いえ、ご存じというほど私たちも詳細は伺っていないんです。当時の事情に詳しい方は……」

「母が死んだ今となっては、杉峰楼の婆さんくらいじゃないのか? 俺も、恒夫も、祐二さんも、当時はまだ子供だったしな。……力輝もか」

「……ですね。あとは私たちの地元の方に居る、タツヨさんと、……喜一さん、だけでしょうか」

「まあ一番の当事者である喜一さんがまだながらえてなさるんだ。彼から聞くのが一番だろう」


 やや冷笑気味に伸夫さんは嗤う。一番の当事者……というか、「犯人の一人」なのだから、そりゃあ確かに一番存じているでしょうけども。

 でも、……過去の事件に関しては、実行犯である喜一さん自身、真相など把握していない可能性も高い。もう一人の共犯者……タエさんにしても。


「あ、タエさんとハツさんはその後どうなさったんでしょうか?」

「……とうにお亡くなりだ」

「共犯者の一人でもあったタエさんの処遇とかは、どのように……」

「だから、知らん。第一、あの事件の話が今回の母の件と何か関係あるのか?」

「いえ、まあ……スミマセン」

「……確かに、当時のことを知る一人だったからな、母は。探偵がそこで詮索するのもわからなくもないが」

「因果関係がまったく無いとは、さすがにいい切れませんし。もっとも、それをいい出せば徳夫さんや操さんの死因にも触れなければならなくなりますけど」

「ウチが代々、どれだけ不審な死を遂げてると思うんだ?」


 え~っと……。


「……あの。私にはオカルト的な因という物を一切信じることが出来ません。代々の怪死にはそれ相応の原因がある、と思いますけども」

「ようは、ウチが遺伝的に頭がどうかしてる家系、ってことだろうな」

「いえ、そこまでは……」

「科学的に判断すればそう答えるしかないだろう。それだったら、まだ呪いだか何だかのにした方がカドも立つまい」


 うぅ~……。

 確かに、それももっともな話。全てを つまび らかに解明しては面倒になることだって、この世には幾らでもあるだろう。

 呪いや怪異として、真相を闇に葬る「誤魔化し」が、決して悪意だけの判断でもない、ということかもしれないけど……。


「他のケースだって考えられます。ストレスや生活習慣などに因を発するものとか……。それに、代々怪死を遂げていたわけでもないはずです。事故死の方もいますし、偶然は重なれば必然と思う人も出るでしょうが、所詮、偶然は偶然です」

「確かに、それもそうだが」

「度重なった偶然を必然と思ってしまうこともまた、『呪い』かもしれません。私が思うに、綺羅さんには、その考えに囚われているふしがあります」

「節……ね。あの子が口にする『呪い』を……アレは本気でいってると思うかね?」

「……そこは、判断が難しいです」


 困った。



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