第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その11)


 絶望的な(私にとっては)決定が下された。


 なんと、綺羅さんの口ぞえで、私たちが現場確認することにOKが出てしまったのだ。

「止めて下さいよお巡りさん!」といいたくて仕方がないのに、見事に皆さん、口車に乗せられちゃっている。当主の伸夫さんまでもが口添えをしたのが決定打だった。

 いや、非常識でしょう! ちょっと!


「なんでこう……」


 三つの内の、正門側から見て右側にある、お婆さんの暮らしていたという蔵の前で、私たちは軽く円陣を組む。

 母屋側から見れば左から順に一番蔵、二番蔵、三番蔵と名付けられているとの事。

 先輩たちがこれから乗り込もうとしているのが、この一番蔵。

 それにしても……。

 幾ら何でも「」でしょ、これ。


「巴さん、どうせ下着と寝間着くらいしかお着替えは用意してないでしょ?」

「はい……まあ、一泊ですし」


 寝間着というか、ずっと制服のまま過ごすわけにもいかないだろうから、部屋着としてスウェットの上下くらいは。そもそも旅館に浴衣とかは備えてありそうだけど。


「こんなこともあろうかと、体操着を持ってきてますの。さ、お着替えなさい」


 そういって、部長は手提げから見慣れた丸首の体操着を取り出す。中等部は1年から3年まで同じデザインではあるけれど。いや、あのっ?


「え、私がですか?」


 ていうか、着替える必然性って――瞬時、いやなことに気付かされる。ああ、たしかに……。


「背丈なら、私とそう変わらないでしょ」

「股下とか胸囲とかは……」

「心配しないでもハーフパンツよ。小さい分には胸囲は問題ありませんわよね?」


 うぅぅ……。ていうか私、乗り込むメンバーに確定ですか。カレンさんも同じくスポーツジャージを、宝堂姉妹も見慣れた我が校の、デザインのダサさには定評のあるえび茶色のジャージを取り出す。


「うん。私も今回、どっか潜り込むコトになるかもしれないと思って、ジャージ持ってきてたし。ことにならなきゃいいけどね」

「もし腐敗してたら、取れないものね、ご遺体の悪臭なんて」

「できることなら、一両日中に変死したものであって欲しいけど」


 いや、あのっ。

 当たり前の会話のように、カレンさんも宝堂姉妹もすごい話してるんですけど……。

 ささやくような小声で、部長が私に耳打ちする。


「私にとって、もはやこの事件に大して興味もないわ。それでも……一発ギャフンといわせるためには調べなくちゃなりませんものね」

「……そーゆー魂胆ですか」

「巴さんだって、そう思うでしょう? だいたい『見るからに怪しい振る舞いをする人物が、犯人でした』なんて、もしこれがそんなオチだったら、面白くも何ともないわ。意外性のカケラすらないじゃない」

「いえ、ですからまだ何一つ状況も把握していないうちから、『気にくわない』って理由でそう考えるのも……」

「確かに、推理に予断は禁物よね。だからこそ、まずは精査が肝心なの!」


 う~ん……。もう完全にじゃないですか。確かに、綺羅さんの態度はあきらかにおかしいし、怪しいけれど。

 どれだけ奇妙な状況で、「普通なら考えられない死に方」であれ、それでも実際、お婆さんがミイラ化して死んでいるとなると、考えられるケースは二つしかない。

 血を抜くとか乾燥させるとかの、「人間ワザじゃない手を加えられた」か、自然にミイラ化していたのを「隠されていた」か。

 常識的に考えれば、後者だろう。だからこそ、部長はまだ死亡状況の確認もできてないうちから、「死体を隠し続けていた犯人がいた」との前提で考えているのはわかる。

 ……予断は禁物、とはいえ、その部長の考え方は、至極ものでもある。

 同時に。経年変化でミイラ化したというなら……さすがに、そんなのがご家族に「わからない筈がない」とも思うし。


「部長の気持ちもわかるけど……だったら何故現場に、綺羅さんが私たちをあがらせたがるのか、そこがわからないわ」

「そうよね。むしろ、積極的に私たちに、事件の謎をようにも思うの」


 宝堂姉妹が首をかしげる。そこは、私も。


「露悪的なひけらかしじゃないの? それこそ、くだらない犯行声明を送って挑戦状を叩き付けるような感覚の。つまり、私たちを小馬鹿にしてますのよ!」

「う~ん……あの人が、そういった単純なロジックで動くようなタイプの人でしょうか?」

「論理性はある人ですものね。だからこそ難敵かもしれないわ。ことがそう単純でなく、何か仕掛けている可能性だってあるわよね。相手にとって不足はないわ」


 いや、ですから、それこそが予断じゃないですか!


「でも、幾ら何でも綺羅さんがそんなコトしなきゃならない『理由』がわからないわ」

「頭おかしいって、ご自分でおっしゃってたじゃないの。異常者の異常行動にそれ以上の理由付けなんてナンセンスだわ!」

「つまり部長は、綺羅さんの証言を『信用』なさるんですね?」

「むっ……」


 今の宝堂姉妹の、部長へのあしらい方には感心した。


「と、ともかく! 調査の方はカレンたちにまかせたわ。適材適所、餅は餅屋よね。私たちは、ここで聞き込みをしてるから」


 そうニコニコ微笑んで、部長と花子さんは私たちに手を振る。いい出しっぺのくせに……。


「巴ちゃんは無理に入らないで良いのよ?」


 そういって、大子さんが私に気遣ってくれるのはとても嬉しい。うん。ではお言葉に甘えて……! と、即私も回れ右して引き返したい気分。


「じゃあ入りません。……っていいたい所ですけど、ここまで来たらもう、ですし。それに……」


 私は、大きな溜息をひとつ吐く。


 ――覚悟を決めた。


 イヤだけど。サッサととっとと、逃げ出したい思いで一杯だけど。でも……「確認」だけはこの目でしたい。

 意外と私……神経、太かったんだ。これには自分でも驚く。


「よろしいですか、皆さん。くれぐれも仏さんに触らんように頼みますよー」


 触るわけないじゃないですかお巡りさん!




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