第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その7)
「う~ん、屋内での変死報告でそのパターンってのは、さすがに考えてなかったなぁ」
カレンさんは腕を組んで、軽く唸る。
そりゃあ、考えようがないですし。
「今朝まで、って……それでは、朝まではお元気でしたの?」
「ん~、そこはまァ、本官が聞いてみたところ、今朝もお手伝いさんと、恒夫さんの奥さんと、それと……」
「私もですわね。えぇ、お花に水をやっている姿を、見ましたわ」
駐在さんも、今の綺羅さんの発言をメモに書き込む。
「……それって、何時頃ですの?」
「私がお婆様をお見かけしたのは、六時から七時の間かしら。郁恵おば様と、お手伝いの……お婆様のお世話ならのぞみさんかしら? 見たのが何時頃かは、わからないわ」
「確か、七時八時頃じゃそうなよ」
う~ん……。
私と同じく考え込んでいた宝堂姉妹も口を開く。
「それで、今はお昼過ぎ……ですよね。どういったことかしら。まさか、全身の血を抜かれて死んだとか……?」
「人間ワザじゃないわよね」
あの、大子さん福子さん、そんな無茶苦茶な殺害方法をイキナリ想定しなくても……。
つまりお昼の支度をして、お婆さんを呼びに行ったら、そこでお亡くなりになった姿を発見した……ってことのようだけど。
「ん~……人体を乾燥させるには、さすがに短時間すぎるなァ」
ポケットから取り出したスマホで時間を確認し、何かタタタっと操作しながら、カレンさんは腕を組んで考え込む。
「確かに、そんなだと『怪死』以外に表現しようもないけどさ。いや、まだ判断できないけどね、どんなだか見てみないことには」
「見ません見ません!」
見てどーするんですか、そんなの!
「……ちょっと
部長は少し顔を曇らせる。
「あれ、ちさちゃん、コレってつまらない?」
「想定できる範囲が狭すぎるの」
呆然としたままの私をよそに、先輩たちは早くもあれこれと討議をはじめている。
ある意味では感服する。私が思っていた以上に、この先輩たちは
「ともかく、お婆さんはどこかの病院で解剖ですかしらね?」
部長の言葉を受けてカレンさんも考え込む。
「普通の行政解剖なら、死因不明の際に行うためのものだけど、変死だからなぁ……」
「変死っていうのもケースによりますよね」
大子さんもそういって首を傾ける。
「いわゆる『変死体』――犯罪との関係が不明瞭な物と、『異状死体』――外因死か死因不明か死亡前後の状況の不明か――この場合、どっちとも考えられるからなァ」
「単純に、布団乾燥機をかけてる最中に急死して、そのまま……みたいなケースは考えられないかしら?」
さも普通の日常会話のごとく、福子さんも討議に加わる。
「無くはないけど、六時間未満じゃなぁ。状況と機材にもよるよ。いずれにせよ、今回の場合どんな死因であれ、事件性が『ない』とはいえないよ。今いったように乾燥機や暖房器具の事故もあるかも知れないけど、朝から昼の間で自然に人体がミイラ化はさすがに考えられないし」
「そうね。体表が乾いて革皮様化した程度とか、お医者様や発見者の誤認でもなく、本当にミイラ化してるなら……二択だわね」
「何らかの形で遺体に手を加えた物だとしても、そうでなく長期にわたり
得意分野なんでしょうけど、カレンさん、なんでそんなに詳しいんですか……。
それと、「隠された物」なんて、サラリといっちゃったのには少しドキリとした。
ともあれ、馴れた感じにカレンさんはてきぱきと分析して、調査の手順まで口にしはじめてますけど、私と同じ女子中学生なのに……どうなんだろう、この人。
いやもう、カレンさんだけに限らず先輩たち全員ちょっとおかしいんですけど!(ある意味いちばんまともそうな花子さんだって違う意味で何かおかしいし!)
……いやいやいやいや、待って? 今最後にカレンさん、何ていいました? 無理。ぜったい無理。
そもそも、現場なんかに
ただ、カレンさんの分析通りに
「隠されていた、って。まるで私や家族の者が偽証でもしていたみたいね」
綺羅さんは、機嫌を損ねているような様子もなく、むしろ楽しそうに微笑んでいる。
「ミイラ化したお年寄りを押し入れに隠したまま、年金を騙し盗りしていた事件、近年でも幾つもありましたものね。常識に照らし合わせて、まず一番に考えつく一つですもの」
ぁぁぁ、部長ったら、また喧嘩を売るようなコトを……。
「ふふふ、ひどいわ。でも、探偵としては正しい考え方かしら」
とくに機嫌を損ねる様子もなく綺羅さんは微笑んだままだ。正しいんですか、これ。
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