第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その6)

3.



 角を曲がると、閉ざした大きな木の門の前に、一台のパトカーが見えてくる。

 それ以外、野次馬すらも全くいない。村の人口はどれくらいだろう? 民家もまばらだったけど、人の住んでいる気配をあまり感じなかった。コンビニやショッピングモールまであっても、やっぱり過疎化は進んでいるのだろうか。


 警官の人が、慌てて綺羅さんに駆け寄ってきた。


 私たちが呑気に無駄話をしていられたのは、たぶん「実感がなかったから」だと思う。

 でも、ここに来て間近でパトカーと、駆け寄る警官をみて、ようやくこれが「事件」であるという実感と緊張がわいてくる。


「あら駐在さん。お婆様の件なら聞いてるわ。吉田のお爺様からうかがったの」


 えっ? と顔を向けた私に、綺羅さんは片目でウィンクをする。あと、「駐在さん」って表現も、ちょっと新鮮に思えた。

 ──八幡のお屋敷にゃ、もう近づくわけにいかん──確か力輝さんはそういっていた。

 何か、彼と会ったことを話せない事情でもあるのだろうか。


「変死ちゅうか、ん~ちょっと、ワシらじゃーどもならんのですよ。今、中央の方から応援呼ぼうかどうかゆー感じで」


 素人目にもわかるほど、駐在さんは落ち着きのない様子だった。


「応援……?」

「いやぁ、そこを大ごとにしてえーもんかどうかいうような話じゃしねェ、……あ」

「ああ、こちらの皆さんは私のお友達です。はるばる隣県から来た、ミシェール女学園の探偵部の皆さんですわ」

「ミシェール……あぁ! あの!!」


 落ち着きのなかった駐在さんが、背筋をシャンと伸ばす。え、あの……。


「部じゃなくて舎ですわ」


 いや部長、そんなコトいってもわかんないですって。

 意外なことに、初代部長の活躍は半世紀を超えて尚も伝わっていたのだろうか。みるみるうちに、駐在さんの態度も変わって行く。


「いやぁ、S署の弓塚前署長の噂もかねがね聞いておりますわ。ほぉかぁ、探偵の。……う~ん、しかしねェ」


 しかしも何も、ふつー一般人が事件現場に入れるわけもないんですけど……。

 綺羅さんも、ややしおらしい態度で駐在さんに対応する。


「別に探偵だからといって、現場にあがらせろとか土足で荒そうとか、そういったことをお願いするわけじゃないわ。たまたまお友だちを、私の自宅まで案内しようとしただけですもの。それが、まさかこんなタイミングでこんな事件が起きるだなんて……」

「ぬけぬけと素晴らしいですわね、綺羅さん。あなたの証言は何一つ信用に足りないって前提を、ここまで短時間で作り上げられるなんて脱帽ですわ。 ……コホン。ええ、ただいまご紹介にあずかりました、オトモダチの、探偵舎代表、赫田ちさとと申します」


 にこやかに微笑み、部長は駐在さんに向かって丁寧にお辞儀をする。相変わらず、言葉のトゲがすごい。


 こうしてみると、のほほんとしているようで、綺羅さんには「負けず嫌い」な所が、少なからず、部長並みにある「子供っぽい人」なのかもしれない。

 まるで息をするように嘘をつくのは、私たちの口にした「ロジックパズル」話題への、ある種のあてこすりかもしれないし、一応彼女の嘘の理由には、それぞれ思い当たる節もある。そして、その全てに悪意の前提ではないことも、ちゃんと理解できる。

 軽く看過できる嘘、方便としての嘘、だから咎めようなんて思わない――それすら、たぶん計算に入れていると思う。

 ようするに、頭の回転が速くて、ちょっと「厄介な人」なのかも。


「それで、もしよろしければ、少しだけ状況を私たちもお伺いしたいの。中央のかたが来る迄、もう暫くお時間かかかるのでしょう?」

「……う~ん。そこはしょーじき何ともいえんのじゃが。確かに、こなーな奇妙な話となりゃ、警察よりゃー霊媒師か探偵の出番かのーと思ぉたけど……う~ん」


 奇妙な話……?


「死因の確定も出来ていないんですか?」

「この村にゃー、医者は診療所の青柳先生一人じゃけ。その先生も……」


 駐在さんは少し眉間にシワをよせ、ため息を吐いた。


「さっき現場を見て、吐いてしもーてな。今、座敷の方で安静にしてもろーとるんよ」


 うぇ。


「じゃけー、わしゃ君らを勝手にあげるわけにゃいかんのよね」

「大丈夫、捜査のイロハは心得てます。保全につとめますから、確認だけお願いできません?」


 か、カレンさんまでっ!?

 今の話聞いて、なんでそんな態度できるんですか!

 いや、「話を伺うだけ」じゃなくてなんで見せろっていってるんですか!

 そんなの無理に決まってますって!


「何にせよ、まだ通報あってから一時間と経っちゃおらんし、ワシらにしてもまだ何もわからんのよ。中央の方に来て貰うかどうかも、伸夫さんと相談せんといけんしねェ、う~ん……」

「なら、尚更じゃないかしら。私からもお願いするわ。報告もちゃんとするから……ね?」


 綺羅さんまで頼みだした。……クラクラして来た。変死の老婆の死体なんて、なんでそんな物を……。

 だいたい、一般人が通報後の『事件・事故現場』へ侵入することは、何びとたりとも許されるはずがないわけで、公務員から変事協力でも要請されない限り、ふつーは……、


「まあ現場をどうこうはワシには何ともいえんけぇ。死体の状況も異常なら、発見される迄の経緯も異常なんよ。……信じられんわぃね。今朝まで生きとっての人が、なんて」



「えっ!?」


 ミイラ、って……。



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