第十二話 閻獄峡ノ急『黒墨の帳に』(前編・その4)


「イオンまで一〇㎞って、何ですのそれ! しかも薄っすら下地にジャスコって書き換え跡まで残ってるじゃない! あるの? こんなド田舎にまで!」


 だ、だから綺羅さんの前でド田舎とか叫ばないでも……!


「だからさ、ちさちゃん。田舎だからこそ、あるんでしょ。こーゆーのってさ」

「つまり……この周辺住民合わせて、結構な数の人口があるってことでしょうねぇ」

「もちろん、車で行かないと無理な位置にだけど、ツタヤもブックオフもホームセンターもあるわよ」


 口々にフォロー(?)に入るカレンさんや大子さんに続いて、楽しそうに綺羅さんも、そう付け加える。


「ぐぅ~~~~」

「もうさ、ちさちゃん諦めようよ。地方だって均質化してるんだしさ、変なロマンなんて求めるだけムダだって」

「それに、私たちが普段暮らしてる所だって、都市部から離れた僻地なんだし。そう大差ないですよね」

「だよねえ。この中で都会っ子なんて、巴ちゃんくらいだもん。H市って政令指定都市でしょ」

「百万都市だよね」

「まあ、一応は……」


 確かに先輩達は全員、寮とかミシェールのすぐ近くとかだから、海と山に囲まれた中で暮らしているわけで、田舎への郷愁なんて最初っからないのかも。つまり部長の目的は「因習」とか「土俗」なのだろうけど……。ないよねぇ、そんなのって、さすがに。この現代に。


「なにいってるのよ、大違いよ。この村はね、電気電話、CATVやネット回線、そういった『ケーブル』で届くものならまだ問題ないけど、『管』になると途端に駄目なの。上水はまだ良いけど、下水も汲み取りだしガスもプロパンなのよ。酷い田舎でしょ」


 ずっと綺羅さんに反発してるような部長も、さすがに同意の相槌をうつ。


「おトイレが汲み取りなのは、さすがに同情を禁じ得ませんわね……」


 おトイレそのものは、さすがに簡易水洗だろうけど。


「いやいや、人が暮らして行くぶんには電気とネットがあれば何の問題もないしさ」

「カレンは一般人と価値観が違うんだから黙ってなさい!」


 う~ん……私だと、図書館のような物が見当たらない点で、この村での生活はちょっと大変そうだ。


「だいたいここ、ホントつまんない土地じゃない! ここを舞台にした萌え漫画がアニメ化されたって、ゼッタイ聖地巡礼なんてされないわよ!」


 酷い喩えだ。同意だけど。でもあの、部長。綺羅さんに面と向かってつまんないって……。


「そうね、古い建物なんてあのお堂と、うちくらいだものねぇ。大杉さんの所は戦後に建て替えた物だし」

「あら、そうはおっしゃっても、あなたのお家だって、そう古い物でも……」


 ガチャン、と近くの民家の扉が開いた。


「あら、こんにちわ」


 綺羅さんがニッコリと微笑む。まあ、そこはご近所さんだから当たり前……と思いきや、


 ガチャン。


 いきなり、こちらに一瞬だけ視線を合わせたかと思うと、再び奥に引っ込んで、民家の方は扉も門も閉めてしまった。


 ……えーと。


「うっわ、感じ悪ぅ! 今さ、コッチ見て舌打ちしてなかった?」


 そういって舌を出すカレンさん。いや私に同意を求めるような仕草をされても、ですね。


「いや、ええと。まさか幾ら何でも、そんなコトは……」

「ちさとがいった通りじゃない、サービス良すぎ!」


 まあ花子さんも、その。え~っと……。


「……閉鎖的で排他的で中々面白くなってきましたわね。今後の展開が楽しみですわ」


 ニヤリと笑う部長にかぶせるように、綺羅さんも微笑み返す。


「ふふ……いいえ、違うわ。この村の方たちは、決して皆さんに対して、ああいった姿勢をとっているわけじゃないの」

「あら? では、一体今のは何に対してかしら?」


「わ・た・し」


 綺羅さんのその一言で、一瞬、全員が言葉を失った。


「いや、えと、その……」

「なぁんてね? 本気にした?」

「……は、ははは」


 私だけでなく、先輩たちもみんな、どういって良いのかわからない表情で視線を泳がせている。


「こうやって冗談めかさなきゃ、やってられないわよね、実際。何といっても『呪われし名望家』の娘ですもの」


 うぅぅぅ……。

 あの、綺羅さん。これって、どこまで本気でどこまで冗談か、どーやって判断すれば良いんですかぁ……。

 冗談にしてはタチが悪いし、事実だとすると怖すぎるしで、何っていうか、……その。


「あなたには、ここの景色ってどう見える?」


 綺羅さんから私に、急にそんな話を振られて少し面食らう。


「はいっ?」

「ごく当たり前で、普通の田舎町――そう見えるなら、それはそれで間違いはないわ」

「そ、そうですか……」


 まるで、私の心でも読まれたかのようで、ちょっとドキリとした。


「あなたの見える景色と、私に見える景色とは、きっと大違いなの。私には倦怠と怨嗟と絶望しか見えないわ」


 ……だ、だからそんな話振られても、相槌ひとつ打てませんですってばぁ!


「……あの。失礼ですけど、私には綺羅さんが、そうやって『呪い』を本気で口にするような人には思えないんですけど」


 おそるおそる、私も精一杯の反撃をする。いや、反撃、なんて攻勢の姿勢ではないのだけど。


「あら? そう? 例えばプログラマーとか技術者とか、理系の学者さんですら、オカルトを本気で信じる頭のおかしい人なら大勢いるわよ?」

「……ですから、そういった皮肉を平気で口にできる点です」


 頭が良くて教養もあって、偽悪的で人をからかうのが好きなタイプ……は、私にも何人か心当たりがあるけれど。

 正直なところ、どこまで「本気」でどこまで「演技」か、まるでわからない。


「例えばからかう為、ひっかける為ので私がこんな話を口にしてる、そう考えているなら、それはそれでおかど違いよ」


 ぎくり。

 ……もしかして……エスパー?


「信じようと疑おうと、どうしようもないほど、逃げられないほど、私はありとあらゆる面で園桐の『呪い』の産物だもの」

「ん~……例えば偶然、例えば偏見。迷信や妄言、それらの積み重ねで構築された物が『呪い』であるとしてもですか?」

「オカルトを信じる探偵さんなんて存在し得ないものね、あなたの言い分はよくわかるわ。だけど、あなたは根本的な部分で考え違いをしているの」

「……何をでしょうか?」

って、じゃあ一体何が『』と思う? 死者? 神や魔や鬼や霊? 狐や蛇? 違うわよね」

「……ええっと。呪いの定義、の問題ですか?」


 困った。そんなのわからないし、考えたこともなかった。そもそも、考えようもない。


「人を呪うのは、だけよ」

「あ、……わかります」


 わかるの? という顔で、ちらっと部長が無言のまま私に横目の視線を送る。

 ……えーっと。

 う~ん。そっち方向に話が行くと、本当にこう、困る。それは「考えたことない」というより、「考えたくもない」話だから。


「念力でも霊異でもなく、怨み憎み、おとしおとしい れ、不幸を願い不幸を喜ぶのは人の為すこと。超常現象的な実効性だけの話じゃないの」

「……え、えぇ……理解、できます。ですが、」


『呪い』と書けば『まじない』でもあり、呪術的な意味あいも持つけれど、単に『呪う』のも『願う』のと同じく、原初的な人の感情……。

『嫌う』『憎む』の複合で、それはオカルトを信じない私にも十分理解できる話で、だからといって、う~。


「そこで頭を悩ませたり、言葉に詰まるというのは、きっとあなたが優しい子だからね」

「……私、そう優しくもないです」


 むしろ、鬼畜な所けっこうありますし。単に臆病者なだけで……。


「私、あなたみたいな子、好きよ。そこで思考を停止できるってことは、あなたたちが幸せな世界で生きて来れた証なの。だから、気にしないで」


 えーと……。いや綺羅さん、気にするなっていう方が無理難問ですけど、これ!

 あんな住民の態度もみせられて、追い打ちのようにこんな話されて、「気にしないで」はないでしょう、さすがに!


「今の一例だけじゃ何ともいえないわよね。もう何人か、村の皆さんに舌打ちとか塩を撒かれるとか、されてきましょうか?」

「いえいえいえ、結構ですから!」


 例えばさっきの人と結託して、私たちをからかう為の一芝居……と考えれば少しは気楽になれるでしょうけど……演技じゃないですもんね、引っ込む時に見せた表情。



「あの……では、どうして綺羅さんが……いえ、八幡家が、でしょうか? この村の住民から、そんな扱いをされてしまうんでしょう……?」


 代々の地主で顔役だとか、以前は村長をつとめていた家……じゃなかったっけ?

 杉峰楼の人たちからもされているようには見えなかったけど……。確かに、何か「色々」あるとは聞いていたけど……?

 少しの間を置いて、含みのある笑みを浮かべながら、綺羅さんはつぶやくように答えた。


「……いまにわかるわ」




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