第十一話・閻獄峡ノ破『紅き焔』(前編・その3)
3.
……う~ん。
そうなると、
そんな物は―― あ。ダメだ、
「ヨソから来て宿帳に本名も住所も記載した二人組が、地元民を猟奇的に殺害して、それを第一発見者として報告しに行くメリットなんて何もないしなぁ。何かのイカレ宗教の儀式じゃあるまいし」
「確かに、カレンのいう通りイカレ宗教の儀式でしたなら愉快ですけど、動機がそれだとさすがにションボリしますわね!」
「まあ、ジャンル違っちゃいますもんねー」
うん。まあ、いずれにしてもお客さんたちは関係ないと思う。
「むしろ、このお客さんたちは『目撃者』にはなれなかったのかしら?」
大子さんが小首をかしげ、すかさず福子さんも続ける。
「スキーのコースからは、宿と発見現場の間を行き来する人影、目に入らないような位置なのかな?」
「石段が続いてる所に現場はあったようだから、当然ゲレンデからは外れた位置でしょうね」
「ここはむしろ、なんでわざわざ祠まで足を運んで遺体を発見できたかの方が謎だし、不自然に思えるわ。この点からなら、スキー客を疑って良いかも知れないけど」
阿吽の呼吸で矢継ぎ早な双子の質問に、部長も表情を崩さず資料をめくり、受け答える。
「そこは、何か『物音』があったみたいだわね。詳しくはわからないわ」
物音……?
「犯行時の、争った声とか悲鳴かしら?」
「だから、詳細不明。記載にある事実は『物音』だけなの」
「ズルいなぁ、そーゆーヒントだけって!」
うん。今のカレンさんのボヤキに、私も無言でうなずく。
「それで、カンヌキがどうかかっていたかも、現場がどんな密室だったかも、本当にそれが密室かどうかすら不明、物音も詳細不明、そんなんじゃさ、何もわかんないってば!」
「ですから、カレンも大福姉妹も、今の段階ではそこにはまだ何とも言えませんの! ご理解なさい? 状況を詰めるためにも現場に赴かなければなりませんのよ! おわかり?」
う~ん……。
いや、そこはもうブラックボックスでも問題ない気もしますけど。
ようは閂をかけるのに時限式の「機械的トリック」があったと考えれば良いわけで、同時に「死体を発見させるため」の仕掛けも兼任していたとすれば、その「物音の正体」はスッキリする。
これは、死体が
「ともかく、一応その時間で報告できたってことは、一〇分で宿まで滑り降りるに充分な斜面が、石段の近くにあったって点だけは確定よね?」
「犯人にとっても、そんなに早く発見されたのは『意外』だったのかも知れませんわね」
……う~ん。ここは、そうかも。
「犯人がすべり降りていたなら、スキーの跡が他にもう一つある筈よね?」
「それが、発見時あたりでまた、結構な雪が降ってるのよ。滑った痕を特定するのは、かなり難しい状況だったようね」
「ということは、顔を隠して出入りした楓さんらしき人、克太郎さんらしき人の、足跡を辿るのも難しいかもしれないわね」
ようは、痕跡に関する物証、状況証拠がきわめて特定し難い状況。こうなると、捜査の指針は、「証言」の検証が主になる。
「だから結局、そこに記載されている内容に、どこかしら
「それさ、どっちにしても『共犯の可能性』を前提とすることにもなると思うけど」
「共犯の定義は難しいよね。広げすぎると何でもアリになっちゃうし。かといって、単独犯はないだろうし」
「とにかく、ここにある情報だけじゃ、まだこれは『解けない謎』なんじゃないかしら? 子細も含めて、もう一度読ませて」
そういって手を伸ばす大子さんに、部長は渋々紙を渡す。
……うん。
こうして時系列で並べてみると、やっぱりこれって、部長には悪いけど全然「
というか、むしろ簡単すぎる。
初代部長がどう「名探偵」なのかは、正直これでは何ともいえない気もする。
「一通り、概要はわかったわね」
「ええ。この心中事件云々書いてる新聞記事には、ちょっと引っかかるけど。第一報からの誤報かしら?」
「まず一番の突っ込みどころは、記事を見る限り、明治大正ならともかく、昭和で戦後にまだ『書生』なんて表現されてた所かしらね、その克太郎って被害者の人が」
「そこですか」
そこはまあ、明治大正の頃を生きていたお年寄りがまだ多くいた時代なら、単なる寄宿の大学生あたりをそう表現してもおかしくはないと思うけど。
と、いっても、その村から通える大学があるとはとても思えないのだから、表現的には確かに誤りのような気もする。
私としては仏教の「毘沙門堂」に神道の「社」という組み合わせが、少し気になったけど、とりわけ四天部の仏神を祭った神仏
いや、
あと引っかかる点は、祠……。
何の祠だろ。八幡様?
……それに、
「あの。何で『祠』でなんです? この犯行」
おずおずと、私も質問を口にする。それに肝心の「密室」に関して、ほとんど状況の記述がない。これで推理しろという方が、そもそもどうかしてる。無理。
「さぁ? 例えば……楓さんと克太郎さんに、逢い引きに適当な場所が、そこくらいしか無かったんじゃないかしら?」
「心中だったらそれで通るけど、でもこれ心中じゃないわよね、確かに」
「単に、人目につき難い場所を選んだってことで良いんじゃないかしら。自殺であれ殺人であれ、そこは同じじゃない?」
「でも、わりとすぐに発見されちゃってますよね、これ」
まあ、荒れ寺とか無人の社とか、人が滅多に来ない古い建物は、古来から賭場や秘め事、自殺、殺人に使われているのだし、宗教施設に対するバチあたりなんて、珍しい話じゃないけれど。
ただ、その祠がどんな状況にあったのか、地域からどう扱われていたのかがわからない時点で、そこを予断で決め込むのはまずい気もする。
それに……。いや、考え過ぎかなぁ……?
「しかし、また妙な点が気になるんだね、巴は」
う~ん。正直、
「もう一つ面白いのが、旅館に楓さんらしき人が現れて、その後に克太郎さんらしき人が出て行ったのは目撃されていますけど……楓さんらしき人は、忽然と消えている点よね」
「でも、大きな旅館なら、出入り口を全てチェックなんてできないでしょうし……窓から出るとか、幾らでも考えられない?」
「だから、そこは旅館の様子を確認してみないと何ともいえないコトでしょ?」
「えーっと、『らしき人』ってことは、確認できていなかったわけですか?」
小さく手をあげて大子さんが問いかける。
「そう。そこも重要なポイントでしょうね」
「う~ん……」
「見知らぬ第三者が現れて不審に思わない規模の村落や宿、交通量ってことかしら?」
「そこも現地を見てみないと何ともいえないね。見たところで、半世紀前と今とでは同じじゃないだろうし。まあでも、やっぱ観光地なら別に不自然でもないかな?」
……っていうか、そこはそんなに「謎」ではないんじゃないだろうか?
どういった事件だったのか、そのあらましはもう、この概要だけで充分に理解できた。
これから詰めて行くなら、「誰が」そんなことをしたのか? ……だけだと思う。トリックと呼べるほど精緻な物は、たぶんこの事件には期待できないんじゃないかなぁ? 誰かが偽証をするだけで、アリバイなんてすぐ作り出せるし、崩せもするのだから。
それに、例えば密室……これも、ここ迄の記述や扱いから判断するに、そう重要とは思えないし、難しい物でもないと思う。事実上、木枠の格子で丸見えの祠の中、密室なんて成立するわけもないのだから。
つまりここで重要な「事実」は、「成立もしない密室を
――「何故」。全てはそこに集約される。
縁故か、利権か。それを手繰って行けば犯人にはすぐに到達するはず。
ただ、さすがに半世紀以上も前の話では、動機探しは難しいと思うけど。その点からも、ホワイを軸にするのは、無理めな話。
ぶっちゃけ、こんな業の深そうな事件で犯行の動機なんて知りたくはない。
そこには目を
……知らなくて良いことは、やっぱりある。
肝心なのは──もしトリックの解答が必要ないのなら、「何故」も知りようがないなら、残るは「誰が?」の点しかないという、この一点。
ようは、典型的な「犯人捜し」(クラシカル・フーダニット)だけで収まる話になる。
そして、ここは正直、かなり
ゆきずりの異常者による犯行とか、そういった方向での「
そうなると、当時の関係者――つまり「登場人物」をリストアップすれば、消去法だけできっとすぐに判る話。
こういったケースで犯行の動機、理由は重要ではなくて、結局誰がそれを「実行可能」な状況にあるか、だから。
いってみれば、数手であがる詰め将棋のようなもので、この状況から「解」を得るのは、ちょっと考えれば誰だって可能で、過程も結果も同じものの筈――
そうか。
私はこれは「
……いずれにしろ、私は最初っから、あまり乗り気じゃなかったんだし。
サボっちゃおう。うん。
私の興味は、この探偵舎の先輩たちや、あとはその村にある温泉がどんな物かぐらいで、本当に旅行程度のつもりなんだから。
それに、ワケのわからない異名があろうと、どう考えたって園桐村は普通の田舎町だと思うし、そもそもこれだけ「探偵」の先輩たちがいるなら、私が事件の推理をするまでもない。
冷静に考えたら女子中学生なのに「探偵」っていうのも、相当におかしな部だけど。おかしな特技を先輩たちは持っているし、推理力だってある。
この先輩たちへの興味が、私をこの部活に繋ぎ止めているのは確かだった。
むしろ、この先輩たちが解いて行くその過程の方が面白そう。ここは私も花子さんを見倣って、「お客さん」に徹してみようかな。
さっきから既に、十分すぎるくらいに私は先輩達の会話で「聞き役」に徹しているのだし。
それに、こういっては失礼だけど、初代部長がどんな「名探偵」かは知らないけど、概要レベルでやっぱりこれは「大した事件」には思えなかったし。
ここまで事件の「あらまし」だけで、ほぼ犯人もトリックも全容も、わりと簡単に特定できてしまえるのだから、実際、そう難題でもないだろう。
ただ、事件の「外枠」で、ひっかかる所もあるけど。
気になる点は、二つ。
一つは、この流れから推察する限り、何らかの「アクシデント」が起きて計画に変更が加えられたと思わしき箇所がある点。
もう一つは――それは、この概要には無い要素が、「伏せられた別の何か」を示唆してる点。ここは、ちょっと首をかしげざるを得ない。
もしこの概要だけでわからない「仕掛け」があるとしたなら、それは間違いなく「
もしこれが本当にそうだったら、私は初代部長の「名探偵ぶり」に対して、疑わざるを得ないのだけど。う~ん……。
「まあ、今は各自考えをまとめてて。後は現場に着いてからのお楽しみってところね。その他の細かい点は幾つか、ざーっとこのメモに書いてあるけど──」
部長は、古びたファイルをひらひらとかざす。
「チョイ見せてよ」
「だーめ。先に解答わかっちゃったら、面白くはないでしょ?」
そういって部長はカレンさんの手を遮る。学校での首切り事件の話と違い、その事件で初代部長がどう活躍したのかを、皆が知っているわけでもないらしい。そんな意味では私も先輩たちも、情報量の上では同じスタートライン……の、筈なんだけど。
ああ、ダメだ。
私はもう、先に
「私も、なるたけ目を通すのを避けてますもの。まあ、イザとなったら香織お姉様に電話で伺えば、細かい点も教えて頂けるでしょ?」
なんだか、すごく行き当たりばったり。
と、その時。部長の手にしたファイルから、何やら紙切れがぱらりと落ちる。
「ええっと。何か落ちましたけど」
絵ハガキのような紙を拾う。園桐の文化財保存への呼びかけ、みたいなことが書いてあり、その表に端書きのようなメモが見えた。
――魅織へ。余計な口は挟むな。興味も持つな。飲み込まなきゃならない真実もある。探偵同士、不名誉は覚悟の上だ、ほっとけ。
「見ちゃ駄目――――――ッ!」
「え? あ、はい。でもこれ……事件とは関係ないですよね?」
写真には、昭和六十何年とか何とか記載されている。
「昭和六十年代とはまた、レアな年代だね」
カレンさんが面白そうに摘みあげる。確かに、途中で平成になっちゃいましたし。
「返しなさい! 良かった。妙なヒントは何も書いてないわね。うぅん……どうやら、真冬さんは後年、園桐にまた何度か足を運んでいたようね。これは、魅織さんに宛てたメモのようだけど」
「それ、どなたなんですか?」
これ以上登場人物が増えてはかなわない。
「香織お姉様のお母様よ。お優しくて聡明な方で、私たちのOGなの。探偵舎の」
「……香織さんって、親子三代探偵だったんですか? すごいなぁ」
「ああ、そういえばそんな話を、美佐さんもおっしゃってたわね」
――探偵同士。私にも何か、チクリとくる言葉だ。どういうことだろう。覚悟……?
「これってさ、この事件には首突っ込むなっていう、初代部長からの警告じゃないの? 文面みる限り。良いのかなー?」
「良いのよ。半世紀以上経ってますのよ? 殺人だったら時効だわ」
「殺人の公訴時効、だいぶ前になくなっちゃいましたけども」
ちょっと文意が不明瞭で、部外者から見て「わからなくするように書いている」と思うけど。
飲み込まなければならない真実――この言葉も。やはり、私にはチクリとくる。
何を思って初代部長は、この魅織さんという人にこのメモを宛てたのだろうか。
わざわざこのファイルにこれを挟んでいたことを考えると、この事件と無関係な訳はないのだろうけど、う~ん……。
「ほっとけ、っていわれちゃってるのに、わかった上で首突っ込もうとしてるんだから凄い神経だね、ちさちゃんは」
「ですから、これだけ経っていれば、さすがにそろそろよろしいでしょ?」
「これだけ経ってたんじゃ、当時を憶えてる人がどれだけいるかって話だけど」
うん。証拠、証言、その殆どを、現地に足を運んだって、望めそうにもないと思う。
「推理の為に現地に行く意味だってないよね。巴にしても、どっちかっつーと性質は『安楽椅子探偵』じゃない? 部室で、概要だけで推理ってのもアリだったんじゃないかな?」
いやカレンさん、そこで私を引き合いに出さないでも。
「意味があろうがなかろうが、そもそも美佐さんに招待されてホイホイ食いついたのはカレンたちでしょう?」
「あはは、そりゃそうだ」
「まあ、園桐の村に招かれたから良い機会に、ってコトよ。初代部長が解決なさった事件って、殺人事件だけでも二〇件以上もあるんですって。これはそのほんの一例なんだし」
「にじゅう……」
どうしてそんなに関われたんだろうか。
私だったら、きっと神経がどうにかなってしまうだろう。
「他にも、小さな事件ならそれこそ星の数ほど解決したと聞いてるわ。この園桐の事件にしても、その直前に、何か
「そっちの方は、どんな事件なんでしょう?」
「さぁ。記録は一応持って来たけど、殺人事件でもないようだから、きっと名探偵の出る幕もないような、糸くずのようなプチ事件でしょうね。
つまり、まだ部長もそっちの事件内容には目を通していないのか。
どっちかというと、そういう些細な事件の方に首を突っ込む方が、殺人事件なんかよりは良かったんじゃないかなぁ、って思う。
怖いとか、気が滅入るとか、気味が悪いような事件でもないだろうし。
「んー。たぶん、今回ほかにも何かあるね」
カレンさんのその一言で、つい部長と目を見合わせてしまった。
「ホラ、巴って反応がわかりやすい」
「あわわ」
「……巴さんポーカーとかニガテでしょ?」
いや、確かに。
「偶然とはいえ私たちは、確かにお婆さんが事件に巻き込まれそうになったのを助けたけど、そのお礼に温泉にご招待……なんて話は、どー考えてもおかしいと思うんだよね」
何かのカードをシャッシャっと切りながら、カレンさんは淡々と話す。
「美佐さんはミシェールのOGでしょ。当然、探偵舎のことも知ってたし、そもそも美佐さんは初代部長に会ったこともあるんだよね?」
「初代部長に憧れて、ミシェールに通うことにしたっておっしゃってたわ」
「つまり、探偵舎がトラブル・バスターとしての性質を持っている、実効のある集団だと理解しているって点かな。何か『依頼』されなかった?」
「さすがによく気付いたわね」
ニヤリと笑い、部長は身を乗り出す。
「先月に、美佐さんの所に巴と花子と一緒にご挨拶に伺いましたの。カレンたちは既に面識あるでしょうけど、私たちはまだでしたものね。ちょうど、美佐さんのお宅も学校の近くでしたし……」
──思い出す。
表札に「大杉」と書かれた、普通に立派な一軒家だった。
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