第九話『クロス・チューン』(後編)

第九話『クロス・チューン』(後編)



★前編のあらすじ★


 瀬戸内を一望する僻所に建つ、私立のいわゆるお嬢様学校「聖ミシェール女学園」。

 そこにある、探偵舎と呼ばれる風変わりな部に所属する、大子とカレンは、休日、学校の近くの駅近辺で、部の送別会のための打ち合わせをしていた。

 しかし、大子の双子の妹・福子がいつまで経っても現れず、電話も通じない。

 頭を悩ませている所へ、「福子の電話を、隣県のお婆さんが持っている」と、後輩の巴から電話がかかって来た。何故、巴はそのことを?

 そして、いまだ連絡のとれない、福子の行方は……?

「まさか誘拐とか?」

「まさかぁ」

 その「まさか」に、正に福子が遭いかけている事を、二人はまだ知らなかった――。







「……でもさぁ、幾ら忘れ物があったからって、フツー電車で追わないよねえ。同じ車両に乗り込むならまだしもさ」


 お婆さんとの電話を終え、しばしアレコレを思考を巡らせた後に、カレンはそうつぶやいた。

 まったくその通りだ、と大子も思う。

 そもそも、ケータイを取り違えるなんて、普通、考えられない。


「考えられないけど……考えられないアクシデントが起きてしまった、って前提から始めないといけない話よね」


 そして、状況から考えると、その取り違えてしまったケータイをわざわざお婆さんに「届ける」となると、追って行ったとしか考えられない。


「かといって、福子まで考えられないような無茶な行動をとる必要はないじゃない?」


 カレンは小型のパソコンを操作して、何かを調べている。


「ああ、なーるほど! あはは、わかった! ダイヤのせいだ」


 液晶の画面に映った時刻表を、大子にも向ける。


「何がわかったの?」

「ほら、H市方面からの上り電車、A市行き。お婆さんが乗ったのって、この九時四〇分のだ。この後、後続の電車が同じくA市行きで十分後に入ってくるんだよ」

「十分間隔ってこと?」

「正確には八分くらいかな、九時四十八分。で、そんな間が詰まってて、同じ方面行きの電車が入ってきたなら……」


 それに乗って、追う?

 ちょっと考え難い。


「十分もあれば、お婆さんはホームに降りて改札出ちゃわない?」

「そうならない自信が何かあった、とか。お婆さんが異様に足が遅いとか」

「そんな理由はちょっとおかしいなぁ。……でも」


 とはいえ、自分だったらどうだろうか?

 そんな条件が揃ってて、お婆さんのケータイが手元にあって、間違って電車に乗って去って行ったお婆さんの八分後に、同じ方面行きの電車が来たなら……?


「……う~ん。乗っちゃうかも」

「私との用事は大子がいれば充分だし、連絡は後で良いだろう、と。そして手元のケータイは他人の物だから勝手に使えない。状況が状況だけに、降りて公衆電話で連絡もできない、と。福子がいなくなって、連絡もずーっととれない理由ってさ、これなら充分、考えられるんじゃない?」


 確かに、それが一番ありえそうだ。

 お婆さんが出発して、その後に自分ならどうしただろうか、と大子は考える。

 まずは、駅員さんに何とかかけあってみると思う。

 でも、きっと思わしくない結果しか返って来そうにない。

 拾得物を預けるような話でもなし、駅ならともかく、無線で電車に連絡して、乗客のお婆さんを車内で呼び出し……なんてことを、犯罪事件がらみでもないのに、いちいちやってくれるほど親切でもない。

 まして、どの駅で降りるのかもわからないお婆さんに対して、各JR駅改札で注意を向けてもらうなんて、できないだろう。


「できないようなことでも……パニックになっていたら、それをしようとしていたかも。駅員さんにかけあって、断られて、時間だけが過ぎて行って、焦って、どうしようって時にホームに電車が入って来たなら……乗っちゃうかな?」


 その間に、慌てていたせいで、こちらに連絡を入れる暇もなかったのだろう。


「で、実質これが十分遅れじゃーないんだよ。ほら、見てごらん」


 時刻表の二つを指さす。

 片方には、時刻がびっちり記載されていて、もう片方には「レ」とだけ書かれた印が並んでいる。


「そもそも、ここの電車は忙しい時間帯で20分間隔、そうでない時間だと40分間隔くらいでね。このケースだと、後続が新快速だったから間が詰まってるけど、帳尻は合わせてるんだ。O市までに、お婆さんの乗った方はだいたい一時間と10分だけど、こっちは各駅停車で一時間半はかかる。『新快速』の表示はこっちの県内にいる間だけだよ」

「じゃあ、福子さんはお婆さんに全然追いつけないじゃない!?」


 およそ30分も間が開いてしまうじゃないか。


「追いつけないどころか、どこで降りたのかも分からないかもね。そのまま追い抜いて、乗り過ごして、隣のO県すっとばして、更に隣の県のA市まで行っちゃうかも」


 ……いくら何でも、そそっかし過ぎる。自分と同じ性格なのだから、そそっかしいのは仕方がないとはいえ。


「ちょと待って。いくら、福子さんがそそっかしいとはいえ……やっぱりそれはないと思う」

「そう?」

「だって、私と同じ性格だもの」


 自分なら、どうするか?

 大子はそれを考える。


「……確かに、他人ひと様のケータイだからそうそう使うわけにはいかないけど、この場合なら使うと思う」

「どこに?」


 お婆さんが最新機のケータイを持つなんて、まず家族が持たせたと判断して良いかも知れない。もちろん、ハイテク機器好きなお年寄りだっているだろうけど、話した感じ、あのお婆さんが自発的に買った機種でもないだろう。

 登録メモリの一番最初に、自宅か家族の番号が入っているはずだ。


「それに、お婆さんはこの駅から乗ったんでしょ? なら、この駅に徒歩か、タクシーかバスで来られる人ってことじゃない? つまり、ここからそう遠くない所に住んでるわけよね? タクシーかバスで来たとしても、どれだけ離れていようと、前後ひと駅ぶんの半分よりは、近い位置に家もあると思うわ」


 ここは位置的に、前は海。後ろの山を越えてこの駅までくるのなら、バスやタクシーのルートなら、迂回して前後の駅のどっちかに行く方が近いだろう。

 そして、この近辺の住民なら、固定電話の市外局番で、ある程度はわかる。


「で、家族に連絡したとして。家族の方へケータイを渡しに? それだったら、途中で公衆電話を使って私たちに連絡して来るよ」

「……ん、そうかぁ」


 なら、やっぱり本当にO市までお婆さんを追ったのだろうか。

 確かに、旅先でケータイをなくしては色々と困るだろう。一刻一秒も早く届けてあげたいと、自分でも思う。


「……お婆さんの、行き先がわかってたら?」

「家族に聞いて?」

「他にも、お婆さんから直接聞いていたとか、切符を見たとか。それで、もし、行き先が分かっていたなら……」

「電車で追った、と。だから、それはアタマ悪すぎるよ、幾らなんでもさ」

「福子さんはそこまで馬鹿じゃないわ」


 ちょっと、ふくれっ面をする。


「お婆さんがO市まで、特急券を使わないで行くことをわかってて、乗り換えるのも知っていたなら……新幹線に乗るかな」

「えっ?」


 大子はカレンの小型パソコンを手にとり、タッチパネルの液晶をつついて地図を広げる。

 ここの駅から電車で20分ほど上った所に、O県に隣接したF市がある。県内二番目の都市で、新幹線も止まる。


「ここに……後続の電車で向かって、そこからO市まで新幹線なら20分かからないわ。O県の県庁所在地だし」

「いや、あのさぁっ? お金かかんない?」

「カードもってるし」


 お財布からクレジットカードを取り出す。


「うっわー! 金満寺! 坊主丸儲け! なんで中学生でそんな物もってるかなァ?」

「お母様が、もしもの時の用心に持ってろって……って、そんな酷いコトいわないで良いじゃない」


 ちょっと頬も赤くなる。


「それで、ダイヤ次第だけど、トータル四〇分かからないわよね? 乗り継ぎの待ち時間を入れて、何分かしら?」

「えーっと……本当だ、良いタイミングでO市まできっちり五〇分か。充分先回りできるね、これ」


 福子は、お婆さんの電車が出発した後、電光掲示板の後続列車の到着時刻を見て、すぐに駅のコンビニあたりで時刻表のチェックをしたのだろう。

 そして、これなら間に合いそうだと思って、お婆さんを追いかけたのか。

 どの電車で何分に到着するかもわかっている。休日のこんな時間なら、そう人も多くないし、お婆さんにも、きっと特徴的な何かがあったに違いない。


「あながち福子さん、ボケてるわけでもないと思うわ、うん」

「あはは。いや、ゴメン」


 それが正解かどうかはともかく、一応は「納得のできる答」が出たことで、二人とも少しホッとする。

 状況から考えれば、それで正解に近いはずだ。

 ぐるぐる無目的に回っていた足を、二人は駅に向けて進めた。


「でさ。福子の行動は、まあそれで良いとするよ」


 構内の待合い所のベンチに座り、カレンは口を開く。


「つまり、巴ちゃんね?」


 そう。届けるといったからには、巴と福子が「」いなければならない。

 しかし、ここに電話をかけてきた時点で、福子がここに居ないことを知らなかったはずだ。

 福子のケータイはお婆さんが持っている。自分たちも巴も、連絡を取れるのはお婆さんにだけだ。福子の持ってる、お婆さんのケータイの番号は自分たちは知らない。向こうからかけてこない限りは……。


「さっきのワン切り電話……やっぱり福子なのかなぁ」


 こればっかりは、何ともいえない。


「……さっきの考え方だとさ、やっぱ、一つおかしな所がある。福子はお婆さんより早くO駅に着いてるってことだよね? だったら、もうお婆さんと合流してておかしくない?」

「あ……」

「お婆さん、駅に着いて、結構な時間そこで待ってたことになるよ、さっきの時間だと」


 時刻表を眺める。


「う~ん、わかんないなぁ。到着して、お婆さんはすぐに巴ちゃんに電話をかけたんだよね?」


 ……ん? 何かが、引っかかった。


「で、巴はそこで、お婆さんに駅で待つようにいって……」

「ねえ、何故、巴ちゃんにかけたのかしら」

「ん?」

「思うんだけど、お婆さん、あの受け答えならきっと、電話かけてるわね。私も福子さんもアドレス帳には番号といっしょに、ちゃんと名前を登録してるもの」

「じゃあ、液晶画面で名前を確認しないで、2~3のキーを叩いて通話か。となると……」

「一番、新しく登録した相手って話よね、お婆さんのかけようとした相手って」


 巴の番号は、最近一番新しく追加した物のはず。

 機種毎に操作は違うけど、大抵のケータイでは、何かのボタンを押すと1動作でアドレスのメニューが開く。そこで登録番号を押すか、カーソルの上下で選択して相手を選び、決定を押して通話する。

 この時、アイウエオ順、ABC順などで幾多のページを繰ったり検索したりする必要のある場合もあれば、そこまで大量に登録数のない場合は、最初ワンプッシュで開くページに、頻度の高い相手の番号を全てまとめることもある。少なくとも、福子と大子はそうしている。

 そして新規は登録順で、一番上か一番下が、そんな意味では選び易い。お婆さんは指で操作を覚えていたのだろう。


「太一さんっていってたね、二十年会ってない息子さん。その人と最近連絡がとれて、登録して、そして会いに行こうって話なのかな」

「それでケータイなくしちゃ、確かに大変だわ」


 巴も、それと同じようなことに気付いたのだろうか。


「そして、巴ちゃんのところに『間違い電話』をかけてきたお婆さんが、福子さんのケータイを持っている。その時点では、お婆さんも何故そうなっていたか、気付いてなかったと思うの。では、お婆さんのケータイはどこだろう。福子さんはどこだろう。確認で私にかけてみると、福子さんはこっちにはいなくて行方不明……で、きっと巴ちゃんも気付いたのかな」


 その僅かなヒントで、すぐに状況を掴み、状況を整理して、折返しでお婆さんに連絡、と行動に移したのか。

 そう考えれば、お婆さんのケータイしか手元にない福子から、自分たち二人へ連絡する余裕もないのは理解もできる。

 改めて感心すると同時に、カレンと目を合わせてため息を吐いた。


「すごい子だなぁ、本当に……」


 巴がすぐに気付けたことに、自分たちはこんなにも時間がかかってしまったのだ。


 お昼に近い時間帯になってきたため、少しは構内も人が増えてきた。

 ベンチの周囲には、相変わらず老人たちが、手持ち無沙汰げに大型TVで将棋の番組を眺めている。

 とにかく、片付けば福子も駅に戻って来るはずだし、ここで部活の催しミーティングの続きでもやっていよう……と、思ったけれど、さっぱり頭がまわらない。

 巴の電話から、もう一時間以上経っている。


「だめだ、目の前の事件が片付かないと、そっちにばっかり気が行っちゃう」

「片付くのかなぁ?」

「また電話かけてみる?」

「……私たちが何をどう聞いて首を突っ込んでも、ただ単に迷惑になるだけだと思う」

「そりゃそーだ。う~ん、でも気になるなぁ」


 ふっと、目の前に、女性が一人立っていた。

 見た目は四十代くらいの、品の良さそうなおばさんだ。


「あの……ミシェールの生徒さんでしょか?」

「はい?」

「ミシェールの……探偵舎の方ですね?」

「はいぃ?」


 さすがに驚く。


「この度は本当に、うちの母が迷惑をおかけしまして……」


 おばさんは深々と頭を下げた。


「ええっと、ああ、あのお婆さんの……」

「そうです。重ね重ね申し訳ありません。本当に、何てお礼をいっていいのか……」

「いや、お礼だなんて。私たち、何もしてませんし」


 本当に何もしていない。お礼なんていわれたらバチが当たってしまう。


「私も、以前はミシェールの寮生で、卒業して、この地で結婚して、母を引き取って暮らしていたんですけど……」

「ああ、OGの方ですか」


 なら、探偵舎を知っていてもおかしくはない。こちとら半世紀以上の歴史があるのだから。

 なるほど、丁寧で上品な喋り方の人だ。くっきりした二重瞼の美人で、若い頃はきっと、お嬢様っぽかったに違いない。


「とにかく、本当に有難う御座いました。母が……本当に兄なのか、詐欺師なのか、まだわかりませんけど、その口車に乗って土地の権利書を持って飛び出した時には、心臓が止まるかと思いましたわ」

「権利書?」


 それ、かなりの大事件じゃ?


「印章は、O県で旅館を引き継いだ方の兄が保管してるから、それだけで譲渡は不可能とはいえ……とにかく、早めに発覚したお蔭で、大事に至らないで済みました」


 ちらりと、カレンと大子はお互いを横目で見つめ合う。

 正直、そこまでは知らない。何がどうなっているのか。


「ええと、こちらには、どうして……」

「ああ、さきほど探偵舎のお嬢さんから、駅で待っている先輩がいらっしゃるから、是非伝えておいて欲しい、って」


 巴だ。


「ええっと、すみません、私たちも、ちょっと事態を把握してなくって」


 はにかみながらカレンが口を開いた。知らないまま黙っていては、確かに話にならない。


「まず、あなたに福子……うちのメンバーなんですが、その子から連絡があったわけですね?」

「ええ、今朝の一〇時前だったかしら。それも、母のケータイで。そちらにお婆さんはいますか、って。そして、お婆さんが上り線で行きそうな場所の心当たりはありませんか、って。兄がO県奥地で温泉旅館を経営していますと伝えたら、暫く考えて、じゃあ渡しに行きます、と」

「無茶だなぁ……」

「それも、わざわざ新幹線で。幾ら何でも、それは申し訳ないからと断ったんですけど……」


 このおばさんに渡すか、お婆さんに渡すか、暫く迷ってからの行動に違いない。

 携帯電話なしでは旅先で誰かと連絡もつかないだろうし、お婆さんにもしものことがあっては、との判断だろう。

 とにかく、推理の一つは正解だったようで、カレンは小さく親指を立てたサインをそっと大子に向けた。


「それで、母の迷子用に登録しておいた位置情報を、ネットで確認してみたら……本当に駅にいますでしょう?」

「あはは、いやぁ……余計なお節介が好きな子で、その……」

「それで、ちょっと不安になって。何故、母が急にそんな所に出かけたのか。家の中を調べてみたら、書類が幾つか消えていたの。それも、土地の権利に関係ある物ばかりが……」


 幾ら何でも、それはちょっと不穏当な話だ。


「もしかして、それってかなり高額な資産なのでしょうか? 相続税の関係で、名義はお婆さんのままだったとか」

「はい、確かに。少しづつ書き換える形で、祐二兄さん……あ、温泉を引き継いだ方の兄ですけど、その兄さんと私に移動させようとはしていましたが、なにぶん、不動産はややこしくて……。幸い、母も健康ですし、時間をかければどうにかなると思ってましたが……」

「つまり、それをフラっと現れた行方不明のお兄さん……太一さんか。その人が、持って行っちゃおうって話になったのかな?」


 最初っから処分目的なら、税が高額であろうと、それ込みで売り渡せるアテがあっての行動だろうか。


「さあ、そこまではわかりません。ただ、権利書がなくなっていることに気付いて、血の気が引いて、倒れそうになった所で、もう一人のお嬢さんから連絡が……」

「巴ちゃんですね」

「……待ってよ、なんで巴が」

「書類がなくなっていることに気付くまで、一時間近くかかったんですね。それで、丁度その頃に……」

「ああ、お婆さんから巴に電話が。……ええっと、じゃあ、お婆さんの口から、巴にそちらの自宅電話の番号を?」


 あぁ――さすがにくらいは、相手がお婆さんでも暗記しているか。何かの書類ひとつ書くにも、住所氏名と自宅電話の番号は必要なのだから。


「それで、ケータイが入れ替わったこと、お婆さんが権利書ともども行方不明になったことを知った巴ちゃんが、次に、福子さんも私たちと一緒にはいない、連絡もないことを知って、事態が事実だと確認を取った。そして……どうしたんだろう?」


 普通に考えれば、事態を収束するには、互いに連絡を取れる状態にして、つなぎ合わせれば良い。わざわざ、隣県の現場に向かう必要もない。


「権利書か。ちょっとヤバい話だね、それ」

「……単純に、福子さんが親切にお婆さんへケータイを届けに行っただけ、って話じゃ済みそうにないかも……」

「どんな?」

「つまり、福子さんはにあったってわけじゃない?」

「ん……えっ、なんで福子が?」


 そうだ。そもそも福子がO駅で降りた時点で、こちらに公衆電話で連絡があっても良いはずじゃないか? 何故、それが無い?


「ねえ、GPSでの位置確認って、それはコードさえ知っていれば誰でも利用できるのよね?」

「うん。自分の位置を地図上で確認するのが主な使い方だけど、落とし物とか迷子とか用に、外部のマシンから……あるいは端末を持ってる本人が、位置情報を得る手段としてそういうのが……あっ!」

「だから、太一さん……または太一さんの名を騙っている誰かも、お婆さんと事前に連絡が取れてるのなら、そのコードを知ってたかも。つまり……」

「福子が……!」


 福子の位置がかも!?

 O駅でお婆さんを待っていた福子に、その相手が接触して来たかもしれない。

 それなら、お婆さんより早くO駅についていたのに、出会えていないのもわかる。


「これ……すごく危険じゃない!?」

「だから、巴は……」


 ――一刻一秒を争うので――そりゃそうだ。いやもう、雑談なんかに興じてる場合じゃないや、これ!


「ええ、さっき聞いて本当に、心臓が止まるかと思いましたわ」


 目の前のおばさんも困った顔をした。


「一度、O駅にいるのは確認したんです。あの娘は本当に行っちゃったんだ、と驚きましたが、その後、反応が消えて……」


 消えた?

 そうだ。お婆さんは電車の中だとケータイの電源を切っていたから連絡を取れなかったけど、福子と連絡が取れなくなるはずもないんだ、本来なら。「他人のケータイだから勝手に使えない」ってのは、あくまで福子から電話をかける際の話で、かかってくるのを受けるとか、位置情報とかまではそうじゃないだろう。「意図的に」使用不能の状態にしない限りは。


「ええっと、その反応が消えたのは、巴から電話がかかってくる前、……ですね?」

「ええ……」


 なるほど。おそらく巴は、お婆さん、あるいはこのおばさんから「お婆さんのケータイ」の番号を聞き、確認のために電話を入れたはずだ。そしてそれが繋がらなかったからこその、自分たちへの『そちらに福子先輩はいらっしゃいます?』なんだ……!

 O県まで本当に行ったかどうか、まだ半信半疑の状態だったはずだ。一時間以上福子は行方不明と確認。連絡は不通。直前に消えた位置情報。持ち出された土地権利書――。

 じゃあ、それってどんな状況? 本人の意思で? それとも――。


「でも、先ほど連絡がありましたの、お婆さんも、その娘さんも無事だって。書類も取り戻したと。本当、何てお礼をいって良いものか……」


 さすがに、大子もカレンも開いた口が塞がらなかった。

 二人して、ああでもないこうでもないと福子の行方を検討している間に、巴はそんな行動をとっていたなんて……。


「そうか、じゃあこの番号、きっと福子さんが助けを求めてきたんだな。……駄目だなぁ私たちって」


 液晶画面を開き、さっきの番号を表示する。


「……ええと、その番号は?」


 目の前のおばさんが小首をかしげた。


「えっ、これ、お婆さんのケータイじゃ?」

「違います」

「……じゃあ、なにこれ。ワン切り業者か間違い?」


 ……たぶんそう。


「とほほ。ひでぇ撹乱レッドヘリング!」


 と、その瞬間、ケータイが鳴った。


「はいっ、もしもし、大子です」

『ああ、大子先輩……なんとかなりました。報告が遅れてごめんなさい』


 巴の番号に巴の声だ。


「えーっと……今、お婆さんの娘さんから話は聞いているけど、一体……」

『さすがに新幹線で二人分のお金をお母さんから前借りするのは骨が折れましたよー。とにかく大事に至らなくて、本当に良かったです。福子先輩も無事です。ただ、相手の人は無事かどうか……。最初、知らない相手から数字だけのSMSが届いて、何事かと思ってたんですけど、その後にお婆さんからの電話があって、……あ、鉄道警察の人が来たので、また……』

「あっ、ちょっとぉ!」


 数字だけのメール?

 ガタガタっと音がして、違う誰かがケータイを手に取ったようだ。

 新幹線代、二人分?


『うむ私だ』

「……知弥子先輩?」


 なんで!? とカレンが隣で目を丸くしている。


『簡単に説明する。双子の片一方が、なんだかインテリヤクザにさらわれてたようだ。ああいった連中は利権で食ってくから、暴力は最後の武器だ。暴対法もあるし。さらうといっても軟禁だから心配はいらない』

「さ、さらうって! それ……」

『あの双子の片一方は偉いな。そんな事態でも機転をきかせて、婆さんのいない方向に誘導して、ローカル線の待合室でじっとしてた。『ホームの番号』で巴に位置を知らせてたんだな。で、やつらは家族にGPSで位置を掴まれないよう電源を切ってやがったが、見知らぬでかい男が両脇であの子を囲んでたんだ。こっちには一目でわかる。で……』

「……ええっと」

『ブン投げた』

「……ええっとぉ!」


 むちゃくちゃだ。


『まあそんな感じで、今は婆さんと合流して、双子の片一方も無事で、警察が来て……って、おいこら、はなせ。私は何もしてないぞ』


 バタバタと暴れる音だけが向こう側から聞こえた。

 いや、何もしてないワケないじゃないですか!

 向こうの状況がどうなっているかを考えるだけで、頭が痛い。


「……あの先輩引っ張り出すかなぁ、フツー」


 解決……は、したようだ。

 それでも、二人してため息を吐く。


「とにかく、一つだけ確かなのは、福子さんは私と同じ性格だから……ここぞっていうピンチの時に、誰を頼ったかっていうなら、私でもカレンでもなかったのね」

「……だろうな」

「巴ちゃんね」



 苦笑し合う。そして、その判断は正しかったのだ。

 とにかく、ケータイの取り違えから詐欺の被害を救えたとは、不思議な話だ。


「本当に何てお礼をいっていいか……母も、その昔、探偵舎の方にお世話になったみたいですけど」

「え、そうなんですか?」

「ええ、地元の事件を解決したとか。その影響でか、私をミシェールに通わせたようですけど」


 おばさんはクスクスっと笑った。


「兄も感謝しています。もし宜しければ、是非、温泉の方にも来て下さい、と」


 どうしよう?

 過去に、探偵舎の先輩が事件を解決した、O県奥地の温泉街……?


 大子とカレンは、お互い顔を見合わせた。



           To Be Continued







         ★






 EXTRA EPISODE 09






「宿泊費無料は魅力だけど、さすがに遠慮しちゃうよね」


 カレンと大子は小声で話す。


「でも交通費だけなら大したことないなぁ、う~ん温泉かぁ。それに……」

「それに?」

「気にならない? 過去に、我が部がどんな事件を解決したのか」


 確かに気になる。

 目の前の女性……大杉美佐さんと名乗るOGは、事件当時はまだ幼児だったという。


「私も詳しくは知りませんの。兄なら、あるいは」


 若作りに見えて、どうやら五〇は軽く過ぎているらしい。


「てコトは、初代部長じゃない! 香織さんのお婆ちゃんの事件だ」


 初代部長の解決した事件は、殆ど「解決した」というウワサだけで、詳しい話は伝わっていない。弓塚部長も、なかなかそういった話はしてくれない。


 何人も死んだような事件だと、関係者の方々にも色々と配慮しているのだろう。


「事件の謎、宿泊費無料で温泉、さらにはO県の奥地か……金田一耕助の活躍ポイントじゃん! 探偵舎のイベントとして文句ないよね」

「う~ん。大人の人に許可をとらないと」


 泊りがけとなると、色々と大変だ。


「それに、中等部だけで六人よ? 顧問は居ないけど、文芸部の先生でもどなたか一人来て貰わないと。それだけの宿泊費を無料じゃ、さすがに申し訳ないわ」

「いえいえ、遠慮なさらないで大丈夫ですわ」


 美佐さんはニコニコと微笑んでいた。


「それに、皆さんがいなければ、その温泉も手放さなければならない所でしたもの」

「うん、これは厚意に甘えよう! 決定!」


 カレンの一声に、大子はただ無言でうなずいた。この姉妹、押しは弱い。


「いいなぁ、位置的にさ、ここって八つ墓村のモデルの『三十人殺し』の舞台も近いじゃん、面白いなぁ」

「それを面白がっても……」


 と、その時大子のケータイが鳴った。

 福子の番号だ。


『大子姉様、心配かけてゴメンなさい』

「福子さん、大変だったわね。怪我はない?」

『私は大丈夫。知弥子先輩はしばらく戻れそうにないわ。巴ちゃんも付き添いで。私も残っていようといったんだけど、早く戻りなさいって追っ払われちゃった』


 本来なら被害者なんだから、事情聴取でもされなきゃいけない所なのに。きっと、何か口八丁手八丁で誤魔化したに違いない。

 未然に防げたなら、相手を詐欺で引き渡すより、何かうまいこといって「事件にしない」かわりに「二度とお婆さんに近づかない」って取引をやったのかもしれない。巴はそれぐらい出来る子だ。

 知弥子先輩にしても「痴漢に襲われたので投げた」とか、そういった言い訳を平気でやってそうだ。


「それにしても、数字の暗号? よく、そんな物だけを巴ちゃんに送ったわね」

『時間的にも、それが精一杯だったの。遅かれ早かれ、お婆さんは電源オンにすると思ったから。私は待機にしてたのに、自分のケータイにかけたらオフになってたの。だから、電車に乗ってる間はお婆さん、オフにしてるんだなって』


 駅についたらオンにする、そうなれば『自分のケータイ』に、約束の時間に現れない自分に対して、確実に誰かからの――大子か、カレンからの――通話か、メール、その「不在着歴」が点灯しているはず。

 それにお婆さんが返信すれば……と、踏んでの行動だ。実際には、お婆さんはそっちの方は無視するか、後回しにしてしまったようだけど……。でも、


『そうなれば、必ず巴ちゃんのところに話が行くと思ったの』

「……そうね」


 こちらの方だけは思惑通りに叶った。同じ性格だけに、無茶な話なのにうなずくしかない。


「で、いつ戻れそうなの?」

『あと小一時間かな。さすがに帰りは普通列車にするから』


 それでも、お昼過ぎくらいだ。

 まだまだ、日は長い。


「とにかく、探偵舎のイベント先、ほぼ決定したから。はやく合流してね」

『えっ? いつのまに……』


 そのまま、ふふっと笑って大子はケータイを切る。

 今は、驚く顔が早く見たい。

 たとえ自分と同じ顔であろうとも。



         To Be Continued

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