第21話 友達のあれこれ


 ユーリ達とのおしゃべりを終えた後、自分の寮の部屋に戻った。

 同室のアナベルはまだ帰ってきていなかった。

 着替えを済ませてからテストの振り返りを行っていると、ドアが開いた。


「お、ハール、戻ってたのか」


「アナベル」


 アナベルは机に荷物を置いてからベッドに腰かける。


「どうだった? 初めての試験ってやつは」


「あ、あー。ちょっと緊張したよ。特に実技試験がさ。アナベルは?」


「俺は普通。いつも通りだった」


「流石だな」


「実力テストでは首位奪還してやるさ。はは」


 手ごたえがあったようだ。余裕そうに笑っている。そして制服から私服に着替えだし、その最中にこう尋ねてきた。


「そっちの実技試験はどんな感じだった?」


「俺のクラス? そうだなぁ、実技はまあ、ユーリの演奏はすごかったな」


「だろうな。あいつは音楽や芸術に関しては天才だと思う」


 アナベルがユーリを認める発言をしている。ちょっと、嬉しかった。


「他には?」


「他かぁ、……ロベルトの剣技は綺麗だったと思う。キレがあるっていうか」


「ロベルトって、メイジャー男爵家だったか」


「知ってるのか?」


「もちろん。言ったろ、それなりに貴族社会には詳しいって。メイジャーは代々王宮の騎士団に所属している名門だからな。小さな村が領地だけど、領からの税収よりもその騎士としての実力で王家への貢献度が高い。騎士や軍では名が知れているし、名門だぞ」


「そうなんだ。……ジュドー・オルレインは?」


「有名な侯爵家だな。俺のクロムウェル家とはあまり交流はないけど、名前はよく聞く。うちは経済で、あっちは厚生って感じの役職だな。お堅い一家ってイメージ。あまり社交界では派手ではないんじゃないかな」


「ユーリ・ローレイは?」


「自分の友達ばっかり聞いてくるんだな。はは。ま、気になるよな。ローレイはもう有名だろ。美形揃いで裕福で、伯爵家の中でも……いやカンバリアの中でも屈指の富豪だ。ローレイは芸術と観光の都って言われていて、金持ちがこぞって別宅を持ちたがるから税収がすごい」


「うはぁ、すっごいお坊ちゃんなわけか、ユーリ」


「そりゃそうだろ。だからあんなに才能を伸ばすのに金を惜しまない。っていうか、てっきり音楽学校に行くもんだと思ってたからシュライゼンにそのまま進んだのは意外だった」


 着替えを終えたアナベルはベッドに体を投げ出すように座った。背伸びをしてから首を回している。


「こんなことなら貴族派に引き入れておくんだったな、ユーリ」


 派閥。俺は恐る恐る聞いた。


「その派閥って、……具体的にいうと、……なんなんだ? そのさ、俺学校のことに疎いからよくわかってないんだけど」


「例えば貴族派は、……正統派貴族としての誇りを貫く一派のことだよ。貴族の中でも崇高な意思をもって行動することをよしとしている。……貴族としてのプライドが高い人間が貴族の誇りをより確固たるものにすべく高め合うっていうか……、」


 途中、アナベルは沈黙した。


「ハール……もしも嫌なら、無理しなくてもいい。ミッヒャー家は田舎貴族とはいえ王家への貢献度は高い、……けど、国境沿いのなかなか厳しい立地だ。多くの傭兵や戦士たちが行き来している場所だし、中央からすれば野蛮だと思われているところもあるだろう」


 そうだったのか。全然知らなかった。


「正統派貴族っていうのは、ちょっとだけど潔癖なところがある。これは褒められた意識じゃないのは分かってる。戦争や魔物退治だとか、そういった血なまぐさい者を野蛮だと見下すところは変えていかなきゃいけない意識なんだけれど、やっぱり汚れのない凛としたものを評価するきらいがある。ミッヒャー家のような貢献度の高い貴族でも、中央のお綺麗な気族たちから下に見られてしまうこともあるかもしれない」


「……そうなのか……」


「あ、けど俺は違うからな! それにユーリも違う。あいつは本当に良いやつだよ」


「ありがとな」


「だから、……俺としてはこのまま貴族派にいてほしいんだ。……無理は言わないけど。けど……同室の友達が別の派閥だと気まずいし、仲よくしたいんだ、ハールと」


「俺もアナベルと仲良くしたいよ。けど、派閥ってのが良くわからなくてさ。それに……ちょっと、今日の実技で思っちゃったんだよね」


「なにを?」


「俺も、……、魔法を使ってみたいなぁ、って」


 俺が恐る恐る告げると、アナベルは一瞬だけきょとんとして、それから腹を抱えて笑い出した。


「あはははは、ハール、お前そんなことを心配してたのかよ!」


「だ、だって、だってそうだろ! 貴族たるもの魔法が使えるだなんて野蛮じゃないか! けど、いや、ほんとここだけの話だけど、魔法……かっけー……って思ってさ! ほら、あの実技試験で使った杖みたいなやつって魔法使えなくても魔法っぽいのは使えるみたいだし! それでちょっと変化があったらめっちゃ興奮して! クラスの魔導師系貴族の生徒が魔法使ってるのも見てもうマジ興奮した! 俺もできるなら魔法使ってみたいって思ったんだよ! あー、これ貴族として最低じゃん? けど魔法の授業とか実はちょっと楽しみなわけ。さっきもユーリ達とそれで盛り上がってきた」


 その間、アナベルはベッドの上を転がるように爆笑しているのだ。


「俺も、俺も、めっちゃかっこつけて炎とか出したい!」


「あっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 涙を流して笑い転げるアナベルに、俺は枕を投げつけた。





「あー。面白かった。悪い。笑ってごめん」


「……」


「誰もが一度は通る道だよな。俺も幼年部の時はそう思ったよ」


「なんだよ、俺は幼稚園児と同レベルかよ」


「まあまあ、俺はその時にすでに魔法への憧れは打ち砕かれたってだけさ。幼年部にはすでに魔導師系貴族の子供もいて、子供ながらにその能力の違いを見せつけられていたから。勇者と賢者の武勇伝は現実からただの物語に変り果て、年月が経過するにつれて魔導師系貴族と貴族の違いを知り、今に至るわけ。魔法を使える貴族もあえて魔法を使わないのは、貴族と魔導士の違いを理解しているからで、逆に言えば間違って理解している」


「間違って?」


「魔法が使えるから野蛮ななのではないんだよ。本来は、魔法が使えるかどうかなんて関係ない。魔導士か、貴族か。その違いなだけなんだ。けれど、魔法が使えることすなわち魔導師の素養があると思われ、その素養があるということは穢れているという見方に変容していった。いわゆる差別さ。もちろん、魔導師系貴族や魔導師が貴族よりも劣った存在だという見方も差別だよ。けれど、魔導師は貴族に使役されるものだからそこには決して覆らない格差があるのも事実。……ややこしくなったな。簡単に言えば、別にハールは魔法を使いたがったってかまわないんだ。そもそも魔法が多少使えたからって、魔導師系のやつらには天地がひっくり返ってもかなわないだろうし。魔法が使えるから魔導師系貴族派だ! ってなんてなることはまず無い!」


 断言されてしまった。

 なんだか悔しいけれど、アナベルの言っていることは確かにその通りだ。

 実技試験でもそれは明らかだった。高感度の杖がちょっと動いただけで魔導師だと名乗られたら、魔導師派は鼻で笑うかブチ切れるだろう。


「だからハールは思う存分魔法を使うために努力してくれよ! ぶはっ」


 最後に思い出したかのようにアナベルが噴き出した。

 俺はもう一度枕を投げた。

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