第15話 カンバリア三大名門校
ハールが談話室からいなくなると、ユーリは俺たちのいる席に着いた。
「こっちでいいのか? アナベルと敵対するかもしれないけど?」
ネロが訊ねている。
「いいよ。もともとアナベルとは違う部類だしね。俺は音楽の成績でここに入ったようなもんだし、実は音楽学校の進学と迷っていたから、アナベルの求める『貴族的な貴族』ではないんだ。音楽に現を抜かす道楽者って感じかな。君らの、身の丈に合った努力っていうのは全面的に賛成はできないけど、下剋上が全て美談になるとは限らない。そうだろう?」
「顔に似合わずドライな考えだな」
「下剋上された側の人間でもあるんで。うちの一族、王宮での役職を下位貴族に取られちゃって、一時荒れたからね。まあ、父があまり仕事ができるほうじゃないってのもあるんだけど、準男爵に席をぶんどられたらメンツ丸つぶれだよね。あはは」
結構恨みがありそうだ。
残り二名もこっちのテーブルに着いた。
「ジュドーだ。よろしくな、ロキ」
「よろしく」
「ロベルトだ。代々王室騎士団に所属する騎士家だよ。リンミー家って王宮で何回か聞いたことあるけど、子爵って話しだけど本家はもっと上だったりするか?」
「よろしく。王宮に出入りできるってことは、もう騎士団員なのか?」
「名前だけは。騎士家で、将来は団員になるって決まってる場合は子供のころから訓練に参加するからね。王宮で友達もけっこういるんだぜ」
「へえ。ああ、リンミーの本家はうちだよ。分家っていうか、一族の多くは王宮に人質出仕してるから、それで名前を聞くんじゃないかな」
「人質出仕か。その言い方は面白いな」
「リンミー家は爵位はあっても領地はないから、人質出仕と事業で得た収益を税金として納めているんだ。広大な領地を治めている他の貴族とはちょっと事情が違ってね、リンミー家の一員となったら王家の手足となって生きなきゃならない。できれば冒険者にでもなって、魔王討伐の旅にでたいと思ってるんで。はは、おかげで冒険小説を読むのが趣味」
「王家の手足か。たしかに、だったら下剋上もなにもあったもんじゃないな」
「そう、どんなに頑張ったって、大臣だとか宰相だとかにはなれないし、かといって司書課とか歴史編纂部とかにもなれない。どんな角度から見ても、身の丈の能力以外のものは疎まれるんだよね」
ロキはとってつけたような理由をぺらぺらとしゃべった。
しかし事実は事実だ。
リンミー家は領地もないので、力をつけたとしても独立などはしないし、領地もないので功績をあげるきっかけも少なく、位が上がるということもない。
そんな一生を終えるくらいなら、勇者とか目指して魔王とか倒す人生を送りたいのだ。
そんなことは、決してできないけれど。
「貴族が冒険者っていうのは、貴族が玉座簒奪よりも夢のまた夢の話だな」
ロベルトが笑う。
「騎士貴族として親族が魔王討伐の遠征に出たりするけど、冒険者ってのは本当に野蛮で困るって言っていた。一般市民からしたら野蛮ではないんだろうけど、貴族からすればそう見えるんだ。生活基準は落とせないってよく言うけれど、それは本当なんだと両親が小言のように言っているよ。けど、英雄だとか勇者だとかまで登り詰める人間には、貴族的な面もあるらしい。人から信奉される人間には、自然と礼儀が身に着く。勇者や英雄は経験からそれを身に着け、俺たち貴族は教育からそれを身に着ける」
「そして俺たち貴族には、礼儀はあっても力がない」
そう、ユーリがそれに続いた。
「力がない分、知力で民の生活を治めないとな」
にこやかに笑うユーリは、音楽の人間だと言っていながら、しっかり統治者としての意識をもっているようだった。
その意識を、ロキはもっていなかった。ネロもだ。
大きなテーブルの上にそれぞれの勉強道具を広げる。
ユーリの持ってきた魔法の教科書とノートをロキとネロは覗き込んだ。
「へえ、本格的に習ってるんだな」
とネロが言えば、ユーリは
「そうなのかな。他の学校のレベルがどれくらいかわからないけれど、普通だよ」
と、なかなかシュライゼン風なセリフをさらっと言っている。
これはコーカルのやつらがきいたら気に障りそうだ。
「ロキとネロはコーカルのなんていう学校にいたんだい?」
「ホロウだよ」
さらっとロキは答えた。
「ホロウ? それってホロウ校?」
「ホロウ校だよ。コーカル市立ホロウ校。初等部から通ってたな」
「へ、へぇ、名門じゃないか」
「シュライゼンにはかなわないよ。あっちはただ古いだけだから」
ロキとネロの通っていた学校は、歴史だけならシュライゼンより古く、また輩出している著名人もシュライゼンの倍はいる。単にシュライゼンは貴族しかおらず、ホロウ校には一般市民も入学できるので、その後の活躍の範囲が比較にならないほどに違うだけである。
「シュライゼンに落ちたやつらが滑り込んでくるだけの学校さ」
「そうそう、俺たちの友達にも滑り込み組がいるし」
ハロルドのことである。しかしハロルドがまさかシュライゼンを受けているとは思わなかった。ホロウはそれなりに自尊心が高い学校だ。シュライゼン落ちが滑り込むとは言ったが、実際はそんなに多くはないと思っている。特に、貴族階級ではない人々は、それこそシュライゼンなど目もくれずにホロウ校、もしくはもう一つの名門といわれるマーチン大学付属校を選ぶ。マーチンと言ったらカンバリア最高学府だ。マーチン大学への入学の半数が付属校とホロウ校である。シュライゼンは出身はあまりいない。シュライゼンの多くが進むのが、政治学と法学に特化したヘリロト大学である。
シュライゼン学院、マーチン付属、ホロウ校。この三つがカンバリア三大名門校と言われている。
「……、ホロウ校からの編入っていうのは、アナベルは知っているのかな?」
ユーリの問いにはロキが答えた。
「さあ? 俺たちと同じ学校からきたやつもいないし、アナベルからはなにも聞かれていないし。教師に聞けば分かるだろうけど」
「……じゃ、アナベルは……シュライゼンの主席卒業でありながら、ホロウ校からのやつに主席入学を奪われたってことか」
深刻そうにつぶやいた後、くくっ、とユーリが噴き出した。
「そうか、あいつ、負けたのか。ふふ、くく、あはははは」
たまらないと言った感じでユーリが笑い出した。
もしかして、かなりアナベルのことを嫌っているのだろうか。
「いや、悪い、笑ってしまって。ふふ、いや、あいつ、いかにもシュライゼンの顔ですってかんじだったから、……、よりによって他の三大名門のやつに主席取られたとか、なんつーか、……ふふふ、くく、あはは、だめだ、面白い」
「そうだな、……これで、実は、俺、……別にホロウでは主席でもなんでもなかったって言ったら、大変なことになっちゃうかな」
ネロが優しく微笑んで言えば、ロベルトとジュドーが苦笑いを浮かべ、ユーリは笑うのをやめたものの、口元を押えて目をつぶった。何かを堪えているように固まっている。
「でも、実力テストは本気でやらせてもらうつもりだ。あまり意識してなかったけれど、俺たち、ホロウ校を背負ってシュライゼンに乗り込んできたようなもんみたいだし」
とネロがいい、
「そういやそうだな。コーカル出身なのにヘリロトのシュライゼンとかありえないって、敵国に放り出されるー、って感じだったけど、別の見方をすれば、ホロウ校の誇りと尊厳を背負わされているな」
とロキも答える。
するとロベルトが言った。
「コーカルってヘリロトを目の敵にしているってよく言われているけど、本当なのか?」
「目の敵までは思ってないけれど、古都の誇りはある」
「そういうもんか」
「あと魔法に関してはかなり。カンバリアは世界でも唯一と言えるくらい科学が発展している国だろ? ヘリロトは科学都市って言われているくらいだし。けど、コーカルは昔から魔法の中心地だったから、科学をあまりよく思ってないんだ。それがロベルトの言う、目の敵っていうのにつながっているのかもな」
「その割には魔法の授業とかないんだな、ホロウ校」
ユーリの言葉はもっともだったが、ロキとネロを少しだけカチンとさせた。
「選択授業だったからな。必須科目も違うし。俺たちみたいな貴族は、魔法の授業はほとんど必要なかったんだ。魔法が使える貴族なら選択科目で選べただろうけど、俺たちは選ばなかったんだよ」
「だからむしろ、科学都市ヘリロトのシュライゼンで、貴族にも魔法の授業があるのが不思議なくらいだ。……あれだけ、選民意識が強いのにな」
ロキはアナベルの名前を出しはしなかったが、きっとユーリには伝わっただろうと思う。貴族系と魔導師系の対立は今に始まったことではないだろう。もっと根が深い。
「……確かに、ホロウ校の方が貴族と魔導士の差別化がされていそうに思えるけれど、ロキの話を聞く分にはシュライゼンのほうが酷いみたいだね」
「うちのクラスだけかもしれないけれど。ま、こんな話はそろそろ終わりにしよう。俺もネロも、この見たこともない魔法の教科書に興味津々なんだ。ちょっと教えてくれないか?」
「もちろんさ。どこからはじめようか。四大元素から、……は流石に知っているか」
「いや、そこから知りたい。学問として習ったことがない」
ロキが言えば、ネロのみならずロベルトとジュドーも身を乗り出してきた。
「ふふ、魔導師系でもなくて魔力もほとんどない俺が、まさか魔法を教えることになるとは思いもしなかったよ」
ユーリがおかしそうに言い、基礎の基礎から丁寧に説明をしてくれた。
ロキとネロは真剣にそれをノートに写した。
なるほど。
これが『ちゃんとした』魔法の勉強の仕方なのか。
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