第14話 ロキとネロとアナベルと
待ち合わせの合同談話室にはまだ他のメンバーは集まっていない。また、他の学年の生徒が多くいて、ロキは六人が座れるテーブルを素早く確保した。
しかし、友達ができるような雰囲気であるのはありがたいものの、学校での生活は良くなる気配がない。
実力テストでいい点を取り、勲章を得るための足掛かりにしたいのだが、目立つのは避けたい状況だ。
勲章候補にはせめてテストで上位十位に入らなければいけないだろう。だが入ったら目立つ。
「いや、シュライゼンは秀才天才集団だ。そう簡単には上位には入れないか」
アナベル・クロムウェルよりも下位で、魔法の授業でも目立たなければいいのだ。
「田舎の子爵の次男坊的に、ちょうどいい順位にいればいい」
「って、お前そんな考えでここに入ったのか?」
そう背後から聞こえた声は、アナベル・クロムウェル。
うげ。
面倒。とても面倒なシチュエーションになったな。
ロキはゆっくりと振り向いた。
「……どうしてお前がここに?」
「お前たちがここで勉強するって聞いたから、様子を見に来たんだよ」
「そんなに俺のことが好きなのか?」
「好きだったけど今嫌いになったよ」
「好かれているとは思わなかったよ」
「田舎子爵の次男だからってなんだっていうんだ? 爵位や継承権で努力の量を変えるのか? お前と似たような立場のやつは、この学校にたくさんいる。けどそれを覆してのし上がろうっていう強い意志を持って入学したんだ。お前みたいなやる気がないやつにこの学校に入ってほしくなかったな」
その言葉にカチンときたのは本当だった。しかし心に刺さったのも事実だ。
確かに子爵家よりもさらに下位の家格の貴族もたくさん入学している。皆、ここに入ったことに誇りを持っているし、中には血反吐を吐くほどの努力を重ねた生徒だっている。だから、身分に見合った程度の努力でいいや、という態度は気に食わないのだろう。
そうだろう。
よくわかる。その気持ちはよくわかる。
だがロキは、やはり心のどこかで納得がいかなかった。
「アナベル・クロムウェル。つまりお前は、遠回しに子爵家を馬鹿にしているのか?」
「なんだって?」
「子爵家の次男坊に丁度いい順位というのは、お前取っては底辺に等しいのだな? 努力など必要のない、底辺の順位。つまり、子爵など小物。子爵ごときに相応しい順位になるのには、取るに足らない努力で十分だと、そう言いたいのだな?」
「そうは言っていないだろ」
「お前の考えの根底には、そういった身分差別があることが分かったよ、アナベル・クロムウェル」
「お前……!」
「だが、一言付け加えておこう。その考えはまさしく正解だった」
「は?」
「俺は、実力テストでは全力を出す予定だ。だけれど、その後は身の丈に合った努力しかしないつもりだったんだ。田舎の子爵家の次男坊にぴったりの順位。もしも実力テストで最下位になったら、田舎の子爵家の次男坊の身の丈に合う順位まで必死に勉強するし、もしもトップの成績を取ろうものなら、中間テストでは子爵家の次男の身の丈に合う順位まで落として差し上げようと思っていた」
「な、ふざけるな、貴様!」
「だってそうだろう? 子爵家の次男ごときに、王族や公爵家様が負けるわけにはいかないよな? だから、こっちは空気を読んでやったんだよ。お顔を立てて差し上げようと思ってるんだ。ああ、でも侯爵家なら別に顔を立てなくてもいいかな。それとも、子爵家の分際で俺の上に立たないでくださいって泣いて懇願するなら考えてやらないでもないぜ?」
アナベルが顔を真っ赤にして震え始めた。
「貴様、最低だな」
これ以上のやり取りは目立つ。できればもう関わりたくないとロキは心底思っていた。これでは正義の貴族様に目をつけられた悪役か、主人公と敵対するライバルのような役回りではないか。そんな役割は望んでいない。
「おーい、ロキ、お前問題起こすなって言われてるのになに煽ってるんだよ」
「ネロ、良いところだったのに邪魔するなよ」
邪魔してくれてありがとう。
良いタイミングなのか悪いタイミングなのか、アナベルのメンツをつぶした新入生代表がやってきた。
「アナベル・クロムウェルだっけ? 俺の兄が失礼なこと言ったみたいで悪いな」
「何さらっと弟のポジ奪ってるんだよ」
「俺たち、前の学校を放逐されてるんだよね」
ロキの突っ込みをネロは無視して、アナベルに向き合った。
「放逐?」
「うまく立ち回ってたはずなんだけど、駄目だったみたいで。それで、こんな学校に行かされたってわけ。本当は嫌だったんだよね、だってここって変な派閥争いが酷いだろ? 例えば、貴族組と魔導士組とか?」
さすが、我が兄。性格が悪い。アナベル・クロムウェルの逆鱗を二三枚軽くひきはがした。アナベルの顔が痙攣している。
「ここに来るとき、父に言われてるんだ『貴族らしく』『リンミー家の者として』肝に銘じて生活しろって。だからさ、俺たちは問題を起こしたくないんだ。貴族派にも魔導師派にも入れないし、他の貴族の方たちと争いごとになるような事態にはなりたくない。身の丈を知って、おとなしく貴族らしく生活するのが、俺たち兄弟に残された道なんだよ。だから申し訳ないけれど、田舎の子爵家の次男坊レベルの努力しかできないんだ。気に障ってしまって本当に悪いと思ってる。だけど、うちの当主からの命令だから、逆らえないんだよ」
ネロは胡散臭いほどにいじらしい困り笑いをして見せた。
本当にこういう時の表情使いは美味い。そうか、こいつもいろいろ大変なんだな、って思わせるだけの表現力がある。
「それと困ってることがまだあってね、アナベル・クロムウェル。君ならどう考えるか教えてほしいんだよ。『貴族らしく』『リンミー家らしく』っていう父の言葉が、一体どういう意味なのか、はっきりわからないんだ。優秀な君ならわかるよね? 教えてくれないかな?」
さてどう答えるだろうか。ロキはワクワクしながら返答を待った。
「知るか。そんなことは自分で考えるんだな」
アナベルは見事に機嫌を損ねた。射殺しそうな目つきでネロを睨み、そしてロキを睨んだ。完璧に嫌われたようだ。これは明日から学校生活が荒れそうだ。それでも、ロキはあまり重く受け止めなかった。
「お前らみたいなクズには絶対に負けない」
アナベルはそう言い残して立ち去ってゆく。
ネロはその後ろ姿を見もせずに椅子に座った。
「あー、久々に面白かった」
「我が兄ながら嫌なこと言うよな、お前」
「こっちは子爵家の次男として頑張ってるのに、それを悪いって言われたらカチンとくるだろ」
「アナベルの言い分のほうが真っ当なんだけどな」
「そりゃね。努力は美しく、努力に見合った結果は輝かしい」
「あいつ根は良いやつだよな、きっと」
「ああ、多分良いやつだよ、きっと」
そして二人同時に、遠巻きに見ている四人の同級生を見た。
「どうする? 今のやり取りを見てなお俺たちを勉強するか?」
「今からならアナベルのところに行っても間に合うぞ。ここに座ったらお前たちも、こっち側だぜ」
ハールはきゅっと口を結んで動かない。この世間知らずのお坊ちゃんは、軽いところもあるけれどかなり優しい。そして正しい。俺やネロはハールにとっては道を外れたものの考えになるだろう。こっちの席を選ぶのは難しいだろう。
どう考えても、正当性のあるアナベルと仲良くなっていたほうがいいタイプの人間だ。
どうやらユーリとかいう生徒も同じ考えの様だった。
「ハール、お前アナベルと同室なんだろ。あいつの様子見に行ってやってくれよ。ああ見えて、繊細なところあるんだ」
「え、あ、……ああ、分かった」
ハールは戸惑いながらもアナベルを追いかけていった。
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