【書籍試し読み版】天才詐欺師は転生してもラクに暮らしたい
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【第1回】天才詐欺師は死してなお死神に導かれる
プロローグ
――ラクに生きるのは何も悪いことじゃない。
だけど、そのために他人を利用し食い物にするのは罪だ。
それは相手が騙されやすい善人であっても、僕と同じく他人を食い物にする悪人であっても同じこと。
罪には罰を、過ちには贖いを。
この状況はきっと、これまで犯してきた罪の清算だ。
僕が入れられたドラム缶に流し込むのだろうコンクリートを準備している周囲の連中にも、今世か来世かそのまた来世か、いつか必ずその日が来る。
後悔しても、開き直っても、運命からは逃れられない。
……皮肉なものだ。
『僕の占いなら不幸な運命から逃れられる』
そんな、いつかの騙りを咎めるように口には猿轡を噛まされている。
とてもじゃないけどこの状況を打破する方法は無い。
それこそ、突如スピリチュアルパワーに目覚めるか神様に祈りが通じるかくらいのファンタジーが起こらない限り、僕の死は避けられないだろう。
あまりに滑稽だ。こんな時だというのに少し笑いが込み上げてきた。
別に逃れられない死を前にして気をおかしくしたわけではない。
これが笑わずにいられるか。
超常の力はここに在ると嘯き、神に通じていると騙ったこの僕が、今それらの力に頼らざるを得ない状況にいるんだから。
やってみろって? できるわけがない。
スピリチュアルパワーなんてものは存在しないし、この身は神に通じてもいない。
残念ながら僕はただの人間だ。
あまりにあっけない。
不思議なことなんて何一つ起こらず、僕の終わりは当たり前のように訪れた。
その直前、走馬灯のようなものを見て過去を振り返っているうち、ふと思う。
……そういえば、なんで占い師なんて始めたんだっけ。
◆◆◆
「はい、お疲れさまです」
すぐ耳元で聞こえた声に驚き飛び起きる。
見慣れた景色、落ち着く匂い、気怠い体。
なんのことはない。自宅の寝室、毎日寝起きしているベッドの上だった。
「……はあ。コンクリで窒息死とか、最低の悪夢だった」
「あ、いえ、夢じゃないです」
ただ一点違うのは、十代半ばくらいの見知らぬ少女が薄型テレビの上にちょこんと座っていること。
ずいぶん器用だ。ちょっとお尻痛そうだけど。
「あなたはちゃんと死にましたよ。コンクリートで窒息死した後、海に沈められました」
「あ、やっぱり?」
普通なら慌てふためくところだろう。
しかし、僕には不思議とこの状況を〝そういうもの〟として認識することができた。
だって、僕は死んだんだ。
それなのにこうして思考をして、これが夢か現実かを判断できる時点で僕の想像を超えた何かが起こってるとしか考えようがない。
だったらそれは考えるだけ無駄というものだ。
「冷静ですね」
「ちょっと違うかな。考えても仕方がないから思考停止してるんだ」
「その割には見るべきものを見ているように思いますよ」
そう言って赤い瞳が細められる。
窓の外、本の背表紙、フローリングの木目。
どれも細部まで事細かに覚えられるものではなく、夢では曖昧にぼかされるオブジェクトの代表だ。
その全てがはっきりと見えている以上、これは夢じゃない……と、思う。あまり自信はないけれど。
「さて、何から話しましょうか」
少女はテレビから飛び降りると音もなく着地する。
腰まで伸びた長い黒髪がふわりと広がり、一拍置いてするりと整う。
その後とてとてと小走りにこちらへやってきて、僕の隣に腰かけた。
「だったら君のことを聞かせてもらおうかな」
「私ですか?」
「そう、見た目通りの年齢じゃないのは分かるよ。ちょっとした所作や表情が成熟しきった大人のそれだ。外見と掛け離れすぎてていっそ不気味にすら映る」
「もう、失礼ですよ」
「ごめんごめん、ある意味これが商売みたいなものだからね。職業病ってやつだ」
ムッとした表情の中にも奇妙な色気がある。
あどけなさの残る顔立ちとのアンバランス感で変な気分になりそうだった。
「それで、君はいったい何者なのかな?」
「私は……そうですね、マリーとでも呼んでください」
「マリーちゃんか、なるほどね。それでマリーちゃんはなんの神様なの?」
「私は運命を……はあ。そういうところ、死んでも直らないのですね」
マリーちゃんは呆れたように溜息を吐くと、赤い瞳で僕を見上げた。
「私のことはいいんです、あなたの話をしましょう。具体的には、今後の処遇についてです」
「死者に対して今後とは気の利いた冗談だね。それとも、生前の罪をどう罰するとか、そういう話?」
くすりと笑いながら首を振るマリーちゃんに、僕は訝しげな視線を向ける。
「自分で言うのもなんだけど、僕には裁かれるだけの理由があると思うよ」
「はい、普通ならそうですね」
青白い光を伴い、履歴書のように顔写真が貼られた紙の束がマリーちゃんの手の中に現れる。
そして束から一枚を抜き取ると僕に寄越す。その写真の顔には見覚えがあった。
「たとえばこの女性、あなたと出会った当時は高校三年生でしたね。覚えていますか?」
「ああ、懐かしいね。飲酒運転の車に両親を轢き殺されて自暴自棄になってた子だ。リストカットに売春、薬物乱用、それはもう酷い有様だったよ。それにつけこんで、最終的に慰謝料も生命保険もほぼ全額を毟り取ったっけ」
「ですが彼女はあなたの言葉によって更生し、その後は真っ当な人生を歩んでいます。一年遅れながらも高校を卒業し大学へ進学、その後就職した先で出会った男性と先月結婚したそうです。あら、雰囲気がどことなくあなたに似ていますね」
そのどうでもいい情報はどこから出てくるんだと思いながら嘆息する。
「……それはあくまで副次的なものだよ。下手にお金を持っているからこそ生活が荒れていくケースは意外と多い。僕も結局はお金欲しさに手を出しちゃいけない連中と関わったから身を滅ぼしたわけだしね」
「重要なのは彼女が救われたという点です。あなたと出会わないままだったら、高校中退後数ヵ月以内に薬物の過剰摂取で死ぬはずでしたから」
「仮にそういう運命みたいなものがあったとしてだ。僕は彼女をカモとしか見てなかったし、より多くのお金を引き出すために彼女が望む言葉をかけたにすぎない。その結果として彼女が救われたのなら、それは彼女自身の力だよ」
少し語気を強めて言うと、今度はマリーちゃんがやれやれといった様子で溜息を吐いた。
「あなたは自分を正当化しないのですね」
「当たり前だよ。僕は占い師じゃなくて、詐欺師だからね」
本人が変わりたいと思っているかなんて関係ない、僕は僕が仕事をしやすいように誘導しただけだ。
カウンセリングと言えば聞こえはいいけど、それはある種の洗脳でもある。
「……そうまで言うのでしたら、分かりました。あなたには犯した罪以上に人を救った実績がありましたので、それに対しての恩赦を与えようと思っていたのですが止めることにします」
マリーちゃんはそう言って立ち上がると、僕の正面に回り小さく指を鳴らした。
すると、手のひらくらいの大きさをした二十二枚のカードが円形になって空中に浮かび上がる。
こちらからは裏面しか見ることができないが、それが何なのか僕にはすぐに分かった。
「はい、ご想像の通りタロットカードです。大アルカナ二十二枚のカードを用意しました」
それは僕にとっても馴染み深いもの。長年使ってきた商売道具だ。
「二十二枚の正位置、逆位置にそれぞれ処遇が割り当てられています。つまり、この先どうなるかはあなた自身が決めるということですね」
皮肉なことに、タロットで他人の人生をコントロールしてきた僕が、今度は自分自身をコントロールする立場になったわけだ。
これもある種の罰と言えばそうなんだろうけど、あまりの悪趣味さに頬がひきつる。
「ちなみに、どんな処遇があるとかは教えてくれないのかな」
「もちろん教えられません。未来は誰にも分からないものですから」
未来は誰にも分からない、至極当たり前のことだ。
ただ僕は、一時期そう思っていなかったような気がする。
「さあ、心の準備はいいですか? 始めましょう、あなたの本当の占いを」
かすかに震える指先を強く握る。
その様子を見ていたマリーちゃんは満足そうに微笑んでいた。
これが運命の女神を冒涜した報いというなら甘んじて受けよう。僕はそれだけ、他人の人生をお金のために弄んできた。
「ふふ、それでいいんですね?」
僕が指さした一枚を手に取るマリーちゃん。
すると、残りのカードが不意に力を失ったように落下し床に散らばった。
「これが、あなたの運命――」
こちらへ向けられたその図柄を見て、僕はゆっくりと目を伏せた。
図柄は正位置の『死神』、意味は終焉、破滅。
正位置逆位置問わず、あまりに強烈な意味を持っているため使いづらい。僕が生涯にわたり一度として引いたことのないカードだ。
「なんとなく分かる、これは巡り合わせだよ」
「……どういう意味でしょう」
「いや、これが僕の運命に間違いないと思ってね。ウン十年ごしに会いに来たってわけだ」
それを聞いたマリーちゃんは、これまでのどこかズレたような表情ではなく、年相応の笑顔を見せた。
つられるようにして笑うと、窓も開いていないのにどこからか強い風が吹き始める。
「マリーちゃ……何これ!」
僕の目の前に立っているマリーちゃんはまるで平然としている。
いや、この風なのに髪が全然乱れていない。これは僕しか感じていないのか。
「あ、そうそう。ちゃんと自己紹介していなかったですから、改めまして」
マリーちゃんはゆっくりと僕に歩み寄ると、右手を取って『死神』のカードを握らせる。
マリーちゃんが手に取ってからカードは一度として回転していない。
そう、正位置のカードをそのまま渡せば、受け取った相手は逆位置のカードを握ることになる。
つまり、僕の右手のこのカードは――
「私は運命を告げる神、あなたたちが死神と呼んでいるものです」
「ちょ、これって!」
「確かに告げましたよ、あなたの運命」
その言葉を最後に、轟音で何も聞こえなくなる。
そこからいつ気を失ったのかは覚えていない。
これが僕と、死神マリーとの最初の出会いだった。
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