幕間【サイネリア王国】:編成、魔王討伐隊

 魔王エーデルワイスと強襲隊の戦闘の様子を彼らに渡していた首飾りに施されていた録画機能で撮られた物を三人の男達がワイン片手に観察していた。


 戦闘は魔王の圧勝で終了した。それを観たノーゼンガズラ王は唖然とし、勇者フユヒコは口角を釣り上げ、王家直属の近衛部隊【エクテレス】の隊長ゲンティウスは眉間にしわを寄せて三者三様の反応を示していた。


「人造勇者が三人がかりで挑んでも歯牙にもかけないとは……最古の魔王の力がこれほどは予想外だった……」


 ノーゼンガズラは頭を抱える。真なる純粋勇者の血を投与して人工的に勇者を創り出すことで対魔王討伐の切り札になると思ったが全くと言っていいほど歯が立たないとは思わなかった。文字通り彼らは影も形も残らず瞬殺された。


「あの魔法がある限り、いくら人数を揃えても意味はなさそうだな。少数精鋭のメンバーで挑んだ方が無駄な犠牲も出さなくて済みそうだ」


 フユヒコは手元のグラスをくるくると弄びながら愉快そうに喉を鳴らす。強襲部隊の三人に対して、最後に使ったあの消滅の魔法は間違いなく規格外の魔法だ。飲み込まれれば消滅するなんて反則にも程がある。だがそれは当たればの話であって自分には通用しないという確信がフユヒコにはあった。


「魔王が手にしていた赤黒い剣はおそらく魔剣だろう。剣技も相応の実力だ。【武典解放】も使えると見たほうがいいな。となれば……前衛は私とフユヒコ、後方支援に高火力の魔法が使える者と回復魔法の使い手。可能ならばもう一人は万能型がいれば望ましいな」


 ゲンティウスの思考はすでにどのようにして魔王を倒すか、その作戦立案の段階に入っていた。長きにわたりサイネリア王国の騎士団長を務めてきた最優の騎士であり、純粋勇者の力も与えられた人造勇者。そんな歴戦の猛者の男の顔は珍しく険しい。油断なく、確実に魔王を倒す方法、その人選を頭の中で構築している。


「万能型と回復魔法の使い手ならこの前の赤毛のガキと女でいいだろう。赤毛の魔法なら魔王への牽制にもなるだろうし、あの女の回復魔法は申し分なかったからな」

「うむ。フユヒコの意見に私も賛成だ。本来ならばカトレアを連れていきたいところではあるが、彼女まで連れ出しては国の防衛に関わる。それより問題は高火力の後方支援だ。魔王に脅威を与えるほどの人材が思い浮かばん」


 悩みの種はここに尽きる。フユヒコ、ゲンティウスともに完全に近接戦闘に特化した魔法の使い手。ライは基本的にライの戦術は剣と魔法を組み合わせた混合スタイル。彼の魔法【爆円乱れるバレンティア・万雷の賛歌エクスプロシオン】は確かに強力だが、後方支援における一発の火力という点においては少しばかり物足りない。他の勇者因子を持つ子供達も似たようなもので、魔法主体の者はいなかった。


 このゲンティウスの悩みを解決したのは意外なことに、戦闘を観て先ほどまで唖然としていた王だった。


「……ゲンティウスよ。その件に関しては心配することはんい。私の方で何とかしよう。幸いなことに腕の立つ魔法使いを一人知っておる。その者に私から魔王討伐の依頼をしておこう。その方の魔法を私も何度かこの目で見たことがある。腕は確かだ」

「陛下のお知り合いにそのような方がいらっしゃるとは……! それならば心強い。して、そのお方の名は?」

「……マリーゴールド。その者の名はマリーゴールドだ。【千篇せんぺんの魔法使い】の異名を持つ、魔法使いとしてならおそらく最強の使い手よ」


 その名前にゲンティウスは聞き覚えがなかった。騎士団長として、また王家直属の近衛隊の隊長である自分でさえも王の口から出たその人物のことは初耳だった。ノーゼンガズラが最強の使い手とまで称する人物が無名でいるはずがなく、その点に一抹の不安を覚えるが心中で頭を振って無理やり納得する。


「おっし! これで魔王討伐隊のメンバーは決まったな! それより王様。魔王をかばって心臓を刺されたあの銀髪のガキ……あれは誰だ?」


 映像の最後。倒したはずの二人の騎士に身体を拘束されて身動きが取れなくなっていた魔王に剣を突き刺そうとした騎士の前に立ちふさがった子供がいた。仮に子供がいなくても結果は変わらなかったかもしれないが、手傷を負わせることはできたかもしれない。そう考えるとあの子供はイレギュラー、異物だ。そしてフユヒコはノーゼンガズラの反応からそれが誰か知っていると予想した。


 彼の問いにノーゼンガズラは苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。まるで亡霊でも見たかのように表情だ。忌々しそうにしながら説明した。


「あの銀髪の少年の名はアスタ。勇者因子を持つ子供達の中で最も強かった少年だ。その実力は騎士団長のカトレアに匹敵するほどのな。2つ魔法を使えるが、どちらも命の危険を伴う欠陥品。他国へ示しをつけるために派遣した、所謂人柱の勇者。それがこの少年だ。まさか生きていたとは……」

「あぁ……いつの日か騎士団長様が探しに行かせろ! って騒いでいたガキか。死んだと思っていたがガキが生きていて、しかも魔王と一緒にいた。まぁ確かにそんなことが他国に知られたら大問題と言えば大問題だが……どうせ心臓を貫かれて死んだんだ。気にすることないんじゃないか?」


 フユヒコの言葉は正しい。確かに生きている事には驚いたし魔王と一緒にいてさらにかばったことは信じ難い光景だった。これが他国に知られたら、勇者の裏切り者を出した売国として糾弾されかねない。幸いなことに強襲部隊の隊長の剣はアスタの心臓を穿っていたので、今度こそ間違いなく死んだはずだ。


「死んだ勇者のことを話しても意味はない。陛下、早急にそのマリーゴールドという魔法使いに連絡をとっていただけますか? 赤毛の少年と回復魔法の少女の件は私からカトレアには説明致します」


 強襲を退けたことで魔王も多少なりとも気が緩んでいるはず。そのわずかな緊張の緩みに刃を差し込み一気に命を刈り取る。それが現状取れる最善の策とゲンティウスは考える。


「おいおい、ゲンティウスさん、正気か? あの騎士団長様は死んだ銀髪のガキのことで喚いたんだ。説明したら反対されるんじゃないか?」

「フン。あいつに何も言わずに出立する方が帰ってきた後が面倒になるだけだ。そんなことより、フユヒコ。お前もいつでも行けるように準備を整ておけ。これは我ら人族の未来を賭けた戦いだ。失敗は許されない」

「……わかってるよ。もう帰れない・・・・・・以上、ここが俺の生きる世界だ。アマリリスと生きていくため、邪魔する奴は一人残らず殺してやるさ。例えそれが最強の魔王でもな」


 グラスのワインを飲み干したフユヒコの瞳には覚悟の炎が刻まれていた。



 *****



 翌朝。場所は騎士団長にあてがわれた執務室。朝から呼び出されたライとスイレンは目の前で激昂するカトレアとそれをそよ風のように受け流している壮年の男性―――ゲンティウスを見て冷や冷やしていた。ちなみにフユヒコも同席しているが、彼は退屈そうにあくびをしている。


「ふざけるな! 何故ライとスイレンを【常闇の大森林】にいる魔王討伐に加えるんだ!? フユヒコとかいう勇者にあなた、あとはあなたの【エクテレス】から数名引き抜けば事足りるはずだ! もしくは! 騎士団を含めた討伐部隊を編成すればいい! 何故少数精鋭で、しかもこの二人なのですか!?」

「何度も言わせるな、カトレア。これは陛下も承諾された、すでに決定事項だ。お前に異を唱える権利はない。むしろ事前にお前に報せたことを感謝して欲しいくらいなんだがな」


 怒るカトレア。静かに話すゲンティウス。対照的な二人の会話はこのままいくら時間をかけたところで平行線をたどるだけ。フユヒコは嘆息しながら手を挙げた。


「なぁ、騎士団長様。あんたはどうして止めるんだ? こいつらだって仮にも勇者のはずだ。この世界では勇者が魔王と戦うのは当然のことなんだろう? ならそれを止めるあんたの行為はおかしいはずだぜ? それに―――」


 フユヒコは一度言葉を切り、困惑している様子のライとスイレンに視線を向ける。


「―――二人の意思を、あんたは聞いたのか? 聞いていないのにあんたが判断するのはおかしいんじゃないか?」


 この言葉にカトレアは押し黙る。早朝、突然ゲンティウスから話があると連絡がありライとスイレンを連れて執務室で待っているように言われた。嫌な予感はしたが王家直属部隊の隊長である男の要請を断るわけにはいかなかった。


 そして告げられたのが少数精鋭による最古の魔王の討伐作戦。そのメンバーにライとスイレンが選ばれたということ。フユヒコ、ゲンティウスとさらにもう一人、陛下が推薦する魔法使いの計五人でかの魔王に挑むという。


「ライ、お前はどうなんだ? 俺はお前なら十分戦えると思ってメンバーに推薦した。俺達一緒に魔王を倒しに行くか? それともそこの騎士団長様に甘えて城に残るか? どうするかはお前が決めろ。お前はまだガキだが……勇者なんだからな」


 もう少し言葉を選べと思いながら、やれやれと肩をすくめるゲンティウス。だがカトレアは軽薄な勇者のこの言葉に気付かされた。それは子供だけれど彼らにも意志があるということ。


 ライは深呼吸をしてからはっきりとした声で問いに答えた。それを向けるのはフユヒコではなく、自分をここまで導いてくれた騎士団長。


「カトレアさん……俺は行くよ。この人たちと一緒に魔王討伐に参加する。そしてアスタの仇を討つ」

「わ、私も行きます! ライ君一人じゃ心配だし……それに私の力が少しでも役に立つなら……!」


 ライとスレインの言葉から確固たる意思をカトレアは感じ取った。瞳に決意の色も宿しているのを見せられては、本当は全力で引き留めたいが何も言えない。唇をぐっと噛み締めるカトレアにライは笑顔を見せた。


「大丈夫だよ、カトレアさん。俺達は死なずに帰ってくるから。安心して待っててよ」

「ライ……まったく。わかった。もう私は何も言わない。好きにしろ。だけど一つだけ約束しろ。生きて帰ってこい。いいな、スイレンと一緒に必ず帰って来るんだぞ?」

「あぁ! 絶対帰ってくるよ! アスタの仇をとって帰ってくるから、待っててくれよな!」


 ニカっと笑うライ。両こぶしを握って任せてと言わんばかりに力強く頷くスイレン。二人のそばに寄り、カトレアは小さな勇者たちを抱きしめた。やれやれとフユヒコは肩をすくめながら、ゲンティウスと一緒に部屋から出ていく。


「カトレア。最後に伝えておく。魔王討伐の出立は明後日だ。魔法使い殿が到着次第すぐに向かう。準備は怠るなよ。それと……別れは済ませておけよ」


 最後に言い残して。ガチャンと扉を閉めて二人は執務室を後にした。


「フユヒコ。お前も腹芸を覚えたのか?」

「毎日王女様といれば、自然と身に着くもんだよ」


 勇者と元騎士団長は嗤い合いながら歩く。執務室ではカトレアと子供達が英気を養うために何か美味い物でも食べに行こう、この三日間はカトレアの家で寝泊まりしよう、などと楽しそうに会話をしていた。


 魔王エーデルワイスとアスタ、そしてフユヒコ、ライとの邂逅はもう目の前だ。

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