第16話:昔話をしましょう

「ねぇ、アスタ君。少し昔話をしましょうか」


 言いながら、エルスはベッドに乗り、アスタのことを抱っこしながらぽすんと座った。


「昔々あるところに。とある王国にそれはそれは美しい一人の王女様がおりました。彼女は王女様でありながら全ての民を愛し、彼女がもたらす輝きはあらゆる傷を、如何なる病を癒す聖なる光でした。人々も王女様を愛し、聖女として慕っておりました」


 ぽつり、ぽつりとエルスは絵本を読み聞かせるように語り出す。


 人族と対立する魔族との争いは多少なりともあったが、王女の魔法にかかれば戦場で兵士たちが死ぬことはなく、それ故に連戦連勝を重ねていた。


 そんなある日のこと。王城に一人の男がやって来た。


『お初に目にかかります。私の名前はジキタリス。目見麗しい王女を是非とも我が妻として迎え入れたく遠路遥々参りました』


 どこかで聞いたことのある名前。小綺麗な身なりで高貴な雰囲気の男の申し出を当然国王は断った。何故なら王女はすでに隣国の王子と婚約が決まっていたからだ。だが男は引き下がらず、むしろ嘲笑した。


『もう一度名乗りましょう。我が名はジキタリス。吸血鬼族の真祖にして魔王。エーデルワイス第一王女を我に供えよ。さもなくばこの国は塵となって消えるだろう』


 国王は言葉を失い、そばに控えていた騎士たちが震えながら剣を構える。敵地に一人で乗り込んできた魔王はその程度では動じることはなく、むしろ死刑宣告を彼らに告げた。


『今すぐ選べ。王女エーデルワイスを差し出すか、国の滅びを選択するか。抵抗は無駄ですよ。貴様等脆弱な人間がいくら束になろうと私の敵ではないのだから……』


 男は吸血鬼で魔王だった。その身体から漏れ出る魔力の威圧に王様は絶望した。勇者のいないこの国では為す術がないからだ。だが愛する娘を魔王に渡すことはできない。民の命も守りたい。国王は頭を抱えた。


 そんな王をしり目に、王女は一歩前に出てこう宣言した。


「国のため。民のため。私が妻になることで守れるならば喜んでこの身を捧げましょう。その代わり約束しなさい、魔王ジキタリス。この国には金輪際手を出さないと。もしまたこの国に何かしようとすれば私が貴方を殺します」


『クククッ。民を想う気持ち。その深い愛情。そして意志の強い瞳。とても甘美だ。いいでしょう。あなたのその願い、我が名に賭けて一生守ると誓いましょう。ではここで本当に我が妻となって抱きましょう』


 魔王ジキタリスは王女の腰を抱え、その柔肌な首筋に牙を立て、自分の血を王女に思う存分送り込んだ。異物を身体に流し込まれた王女は誰も聞いたことない、人とは思えないような悲鳴を上げた。その痛ましさに国王は目をそらし、魔王は笑った。


 悲鳴が止んだ時。王女には二本の牙が生え、綺麗だった空色の瞳は真っ赤に染まっていた。


『カッカッカッ! 悦びなさい。これであなたも私と同じ吸血鬼です。悠久の時を私と供に過ごすのです』


 そして魔王は王女を抱きしめて、霞のように消えたという。


「その王女様っていうのが私。この魔王ジキタリスは本物・・の吸血鬼の真祖で、私は誰よりも多くの血をこの男から与えられたの。そのおかげで吸血鬼族の中でも魔王に次ぐ力を得ることが出来たわ」


 黙って聴いていたアスタはエルスの選択に自分を重ねていた。愛する国を守るため己の身を捧げ、吸血鬼にされた。奇しくもそれは国を守るために勇者として旅に出た自分と同じ。


「でもこの魔王は約束を守らなかった。私の住んでいた国を滅ぼしたの」


 アスタは信じられないと思った。それなら何のためにこの人は魔王に身を捧げたというのか。呆然と彼女を見上げると、そこには悲し気な笑みを浮かべる王女の姿があった。


 エルスは再び語り出した。


 魔王ジキタリスはエルスが命を懸けた約束を破った。彼女が守りたかった国を、そこに住む民を一人残らず皆殺しにした。それは他ならないエルスの心を壊すため。身も心も己に隷属させるため。心の拠り所を失ったエルスの絶望した顔を見るため。ただそのためだけに一国を滅ぼした。


『カッカッカッ。これであなたの居場所は私の隣だけになりましたね。絶望なさい。屈服なさい。そして身も心も私に差し出しなさい』


「涙は出なかったわ。泣けばこの魔王を悦ばすだけだってわかっていたから。あの男は私の心を支配しようとしていた。だから私は吸血鬼にされても心だけは人間のままであろうとしたわ」


 その時の決意を思い出しながらエルスは話す。悔しくて泣きそうになるのをアスタは堪える。


「でもね。父を。母を。愛した国を滅ぼされて……私は人の心を捨てたわ。人の心を捨てて、魔王ジキタリスを含めた全ての吸血鬼族を殺すことにしたの。これ以上人族が弄ばれないために、吸血鬼族を滅ぼすしかない。そう思ったの」


 でもそれは簡単なことではない。


 何故なら真祖である魔王ジキタリスから血を与えられて吸血鬼になったエルスは真祖の子供にあたる。親が子に逆らうのが難しいように、親である真祖の魔王に子であるエルスが逆らうことはほぼ不可能だ。


 そんな奇跡の下克上を為すには己の存在を昇華させるしかない。幸いなことにエルスは真祖の血を多く与えられたため、同等の存在になれる可能性があった。


「そこで私がしたことは三つ。一つ目は戦い方を身に付けること。元人間の王女で魔王のお気に入りの私は、他の配下達に疎まれていたから、そんな彼らを利用して戦い方を学んだの。彼らにしてみれば私を殴るなり蹴るなり自由に出来て鬱憤が張らせる。私はそこから戦う術を身に付ける。一石二鳥でしょう?」


「二つ目は自分の魔法を知ること。元々使えた2つの治癒魔法が吸血鬼になったことで反転した破滅の魔法も使えるようになったの。それがどんな効果を持っているか、最も効果的な使い方を探したわ」


「そして三つ目は魔王に滅ぼされた故郷に帰り、王家に代々伝わる宝剣を回収すること。その剣は神が鍛えたと言い伝えられていたから魔王の心臓を穿てると思ったの。私が手にした瞬間にどす黒く変色して魔剣になったけどね」


 血反吐を吐きながら、数え切れないほど死ぬような目にあいながらエルスは己を鍛えた。


 そして。エルスが魔王ジキタリスの妻となりちょうど百年目を迎える節目の日。真祖の力も弱まる月の出ない日に。


 エルスは復讐を果たした。


対国魔法でほぼ全ての吸血鬼を殺し、それでも生き残った魔王の心臓に魔剣を突き刺して首を撥ねて殺したわ。そのおかげで私に真祖としての力が全て流れ込んできて、めでたく魔王になったわ。【裏切りに死罪を告げる獣ルプスカルミア】なんかその時に得た魔法よ」


 自分を吸血鬼にして、愛する国を滅ぼした魔王に復讐を果たすことが出来た。だがそのせいでエルスは新たな魔王となり、その結果。命を狙われることになった。


 第17話

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