第10話:魔王のルール違反
この場にとどまったまま魔力探知を続けて警戒を続けるか、それとも狼型が生きていると想定して探索して倒しに行くか。アスタはこの二択から後者を選んだ。逃げ回るという選択肢がない以上これが最善と判断して静かに森を歩く。
身体強化は解除せずにそのままにしてある。勇者因子を持つ子供達の中でも魔力量はずば抜けて多いアスタだが、探知のために魔力を垂れ流しているので無駄に出来る余裕はない。それでもいつ遭遇するかわからないこの状況では油断はできない。
歩き始めてすぐ。その網に対象が引っかかる。その数は二。しかも獅子の時と同様に急速に接近してくる。そしてそれは突然足元から現れた。
「―――キャシャヤヤヤッヤ!!」
「―――大蛇!?」
威嚇するように身体を伸ばし、大口を開いてアスタを丸のみにせんと茂みから姿を現したのは闇色の大蛇。アスタはすぐさま身体強化を発動させてその口撃を後ろに飛んで回避する。しかし続けて大木のような尻尾の振り回しが飛んでくる。
「―――ガハァッ」
咄嗟に剣を差し込んで直撃は避けるが衝撃を殺すことはできず、アスタの身体は巨木に叩きつけられる。肺から空気が全て漏れて一瞬だけ呼吸困難に陥り視界が白く染まる。だから痛みに泣いてなどいられない。乱暴に片手で剣を振り回して追撃してくる大蛇を牽制する。
「シャァァァァァァ!!」
威嚇の咆哮を上げる大蛇に臆することなくアスタは身体を起こして身構える。今度の追加はこの蛇か。では探知に引っかかったもう一つの反応は一体―――
「―――後ろか!?」
振り返ると荘厳な角を左右に生やした山羊のような獣が猛烈な勢いで迫っていた。先ほど倒した獅子以上の巨体と威圧に気圧されながらも迎撃態勢を取る
「キシャァァァァァァ!!」
自分の存在を忘れるなと言わんばかりに大蛇が尻尾を地面に叩きつけながら大口開けて地を這って向かってくる。前門の山羊、後門の大蛇。逡巡している時間はない。アスタは膝を折り、二匹の攻撃が当たる瞬間に跳躍する。ガギャンというまるで金属がぶつかったような甲高い音が地上から鳴る。
山羊は前足で地面を掻いて落下を待っているがせっかちな大蛇はその巨身をバネのようにしならせて三度アスタを丸のみしようと迫る。その口の中は真っ黒で何も見えないが飲み込まれたら最後、命を吸い取られることだろう。
宙に身を投げている以上、その虚空から逃れること不可能。だがアスタは勇者であり十歳という幼いながら魔力の扱いに関しては熟練の騎士も舌を巻く才能の持ち主だ。故に、彼が取った行動は空中旋回。
アスタが魔力探知を―――拙いながらも―――エルスも驚くほどに修得することが出来たのは普段から戦闘で魔力を体外に放出する術を知っていたからだ。足元に魔力による踏み台を作り、それを蹴ることで立体機動が可能となる。その姿は蜘蛛が張った巣を自由に動き回る様と似ている。
そうして大蛇の攻撃を蒼い残光を残しながらかわして同時に背後を取る。両足に力場を形成して地面と身体を平行にして留まること一瞬。ぐっと膝に溜めを作り、己の身体を強弓から放たれた矢のように解き放つ。
「ハァァッアッ―――!!」
獅子の如き咆哮とともに跳ぶ。短躯からは信じられない程の突撃は音を置き去りにしながら闇の大蛇に突貫を仕掛ける。その肉厚な図体に聖剣の切っ先が突き刺さり、紙を千切るようにいとも容易く突き破る。
大蛇は悲鳴を上げることなく横たわり、アスタはその傍らに着地する。その余波で草木は吹き飛び地面は陥没し土煙が舞う。黒い大山羊はその中に消えて姿が見えない。だが―――
「そこ―――だぁぁあ―――!!」
近距離での魔力探知をこのわずかな時間で洗練させたアスタにはその居場所が手に取るようにわかっていた。迷うことなく煙の中に突入、キョロキョロと周囲を探る間抜けな大山羊の首を逆袈裟の一刀で斬り落とす。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
さすがのアスタも疲労で膝をついた。休むことなく巨大な黒い獣との連戦。そしてエルスの話では十分に一匹追加するという話だったはずがまさかのルール破りで二匹同時追加。いくら教師でもこれは許さざる行為だ。終わったら絶対文句を言ってやるとアスタは心に誓う。
あと残っている可能性のある狼型の闇の獣は探知できない。残り時間はそんなにないはず。探しながら歩いて見つければ斬ればいい。むしろ向こうから仕掛けてくることも十分考えられる。
この時、アスタは致命的なミスを犯した。大蛇と大山羊の身体、そして獅子の頭が霞となって消えたことを確認していなかった。狼型は首を斬り、胴を断てば消えていたのでそうなるものだと思い込んでいた。
「今のアスタ君には残心、という言葉を送りましょう」
遠く離れた森の外。不敵に笑いながら魔王エーデルワイスはこの鍛錬最後の試練をアスタに与える。
アスタの背後。大蛇の下半身が斬り落とされた獅子の頭を回収し、大山羊の胴体と合流する。それら三つが解けて、混ざり合い、球体となって再びこの世に生を受ける。
「GALAALALALLALALALAL―――!!」
大気を震わせるその咆哮は復讐の狼煙。自分たちを斬った蒼光纏う小さき戦士へ相応の返礼をするという彼らなりの宣告だ。それを視たアスタの背中に冷たい汗が流れ、全身に鳥肌が立って彼の戦う者としての本能が全力で逃げろと告げている。
「―――キマイラ。それを模した化け物だなんて……エルスさん、やっぱり僕を殺す気ですね」
見上げても全長がわからないほどの巨躯。強靭な大山羊の四肢、荘厳かつ獰猛な獅子の頭、一つの生命のように独立して動く大蛇の尾。王城にあった文献に登場する伝説の生き物。それが今アスタの目の前にいる獣の正体だ。
「ハハハ…………さすがに僕、死ぬんじゃないかな?」
鬼ごっこ終了まで残り八分。アスタは絶望と対峙する。
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