幕間【サイネリア王国】:張り巡らされた策謀
カトレアはその言葉の意味がわからず、ただ呆けた顔で首を傾げた。四人だと思っていた魔王がもう一人存在する。目の前にいる王は確かにそう口にした。だがそれはカトレアの―――いや、世界の常識を覆して絶望の淵に追い込む宣言に他ならない。
「カッカッカッ! なんだよ! もしかしてあんた、国を守る騎士様なのに魔王が五人いるって知らなかったのか!? それは可哀そうになぁ……それで、今どんな気持ちだ? 常識が崩れてどんな気持ちだ? 教えてくれよ、騎士団長様?」
フユヒコと呼ばれた勇者が嘲笑いと小ばかにした表情でカトレアを挑発するが、それに答えるだけの精神的余裕は今の彼女にはない。魔王は四人。それがノーゼンガズラから否定されたことと、その四人の魔王をも凌ぐ力を持つ五人目が存在している事実はカトレアを追い込むには十分すぎる情報だった。
「四人の魔王ならば勇者因子を持つ子供達が力を合わせればおそらく妥当できよう。しかし……この五人目の魔王相手では些かどころか圧倒的に分が悪いのだ」
「そ、それほどまでに……その五人目の魔王とは強いのですか?」
「魔王の名はエーデルワイス。悠久の時を生きる最古にして最強の魔王。いつから存在しているかはわからないこの女帝だが、国を亡ぼす対国殲滅魔法を自在に操り、歴史上忽然と消滅した強国、グズマニア帝国を滅ぼしたのもこのエーデルワイスと言われている」
グズマニア帝国。歴史の教科書で習うこの国はまだ魔王がいなかった時代に存在した巨大国家でありルピナス大陸統一に最も近かった国と文献には記されている。しかしこの国は何の前触れもなくその名を書物から消す。あまりにも不自然が過ぎるためこの謎を解明しようと躍起になっている学者も数多くいるほどだ。
「そして……勇者アスタの反応が消えたのと同じ時刻に【常闇の大森林】付近で大規模な魔力爆発も確認されている。その規模は一帯を消し飛ばすほどの威力だったとされているが【常闇の大森林】は健在。この意味がわかるな、騎士団長?」
「まさか……アスタがもう一つの魔法を……? でもあれは全力で使うことを禁止したはず……」
「そうだ。勇者アスタの
カラン、とカトレアの右手から白磁の剣が滑り落ちた。あの魔法を使った以上、アスタの身体はもうこの世にはないだろう。幼いアスタの身体ではその威力に耐えられずに自壊する。あれはそういう魔法だ。身体強化魔法【
「だから言っただろう、国王様。初めから俺を向かわせたらよかったんだ。四大魔王だか五人目の魔王だが知らねぇが、俺が悉く斬ってやるよ」
「フユヒコ殿。其方は我らの最後の希望。敵の力がわからない中でそう易々と死地に向かわせることはできませぬ」
ノーゼンガズラの言葉を聞いてカトレアはさらに絶句する。アスタなら死んでもよかったというのか。最強に至れるが時間制限付きの身体強化魔法。対軍さえも消し飛ばす聖なる波導の自壊魔法。誰よりも強いが誰もよりも致命的な欠陥を抱えたアスタなら当て馬にはちょうどいいということか。
「魔王エーデルワイスの所在は長らく不明だった。だが勇者アスタが放った一撃によって確定した。件の魔王は【常闇の大森林】にいる。何故それが彼にわかったのかはわからないが、これは千載一遇の好機だ。勇者因子を持つ子供達とフユヒコ殿の十人でこの魔王を斃す。それが叶えば、他の四人の魔王をも黙らせることが出来る」
「……四大魔王が束になっても敵わないと言われている、そのエーデルワイスという者を斃せるだけの力が我々人族にはあると知らしめることが出来る、そう言うことですか?」
カトレアは混乱する頭で必死に考えて絞り出すように言葉を紡いだ。うむ、とノーゼンガズラは頷く。
「そうだ。四大魔王を打倒しても五人目がいたのでは意味がない。ならば最強を最強で以って制する。勇者アスタの犠牲は無駄にはせぬ。騎士団長カトレアよ。彼の死を嘆くのならば剣を取れ。魔王の首を獲り墓前に捧げるのだ。それが……お主に出来ることではないか?」
ノーゼンガズラの言葉は正しい。カトレアは力を持たない市中の娘ではない。サイネリア王国の騎士団を束ねる長だ。嘆いている暇はない。ゆっくりと腰を下ろして落とした愛剣を拾い上げ、鞘に納める。
「わかりました、陛下。私は勇者ではありませんが騎士団の長として、勇者の子供達の指南役として、エーデルワイス討伐の任に参加させていただきます」
「うむ。女だてらに最年少で騎士団長の座に就いたそなたが帯同すれば百人力よ。頼んだぞ、カトレア・セントポリア騎士団長」
「そのご期待に応えて見せます。では私はこれで。来る日に備え、子供達を鍛えねばなりませんので」
カトレアは一礼して執務室を後にした。遅かれ早かれアスタの死は子供達に伝わるだろう。ノーゼンガズラの口ぶりからしてエーデルワイスが五人目の魔王ということは伏せられるだろうが子供達を討滅戦に投入するのは確定だ。ならば自身に出来ることは子供達を可能な限り鍛え上げ、生存確率を上げること。そして、アスタの仇を討つ。
「アスタ……お前の死は無駄にはしない……!」
悲痛を胸に抱え、必滅を心に誓う。カトレアは子供達の元へと急ぐ。時間はない。
*****
カトレアが退出した執務室では静かな笑いが響いていた。目の前で起きていた
「ハッハッハ! 見たかよ、アマリリス!? あの女騎士様の悲痛な顔! 最高に滑稽だったな!」
呵々大笑しているのは他でもない、異世界から召喚された勇者であるフユヒコ・サトウである。その腕にいる第一王女のアマリリスも口元を抑えてながらコクコクと頷いている。
「王様っていうのはあれか? すまし顔で嘘を並べる詐欺師か何かか? 今の話に真実はいくつあったよ?」
「フユヒコ殿。そなたも覚えておくといい。嘘を信じさせるには、その話の中に真実を混ぜるのがコツです。そうすることで相手に疑念を抱かせずこちらの思う通りに動かすことができるのです」
「……さすがは王様だな。そもそも。どうして俺を呼んだのを
フユヒコがサイネリア王国に召喚されたのは今からおよそ五年前。その一か月後にフユヒコは王城を出て市中で暮らし始めた。そして前任の騎士団長から鍛錬を受けながら、身分を隠して傭兵として実戦経験を積んできた。その甲斐あって今では召喚勇者としてステータに見合うだけの十分な実力も身に付けている。
何故そのことを隠す必要があるのか。むしろノーゼンガズラの言葉を借りるなら、それこそ嘘の中に真実を混ぜることになるのではないか。
「そなたも知っているであろう?
「……なるほどね。その偽物の子供たちは俺やおっさんに施すための実験の貴重な生き残りってわけか。王様にしてみれば偽物が何人死んでも構わないってわけか。ハァ……怖いね、全く」
わざとらしく肩を震わせるフユヒコ。その様子を見てクスクスと笑うアマリリス。ただじっと口をつぐみ、瞑目している王妃。宰相のユダノギは一人険しい表情を浮かべていた。
「陛下。念のためカトレア騎士団長には監視を付けておいた方がよろしいかと。アスタの一件からするに子供達を死なせぬように逃がすかもしれませぬ」
「ふむ……確かに。誰よりも近くで接しているために情を抱いてしまって余計なことをするかもしれぬな。よし、本人に悟られぬように細心の注意を払って監視せよ。不穏な動きがあれば逐一報告するように」
「はっ! かしこまりました。では早急に手配致します。それでは、私もこれで」
ユダノギが一礼して退室したことで、執務室の空気は完全に解散ムードになった。フユヒコは腰に抱く力を込めて舌なめずりをしてもう一度アマリリスに口づけをした。
「なぁ、アマリリス。ここ最近は忙しくてできなかった分、今日はこのままたっぷり部屋で愛し合おうぜ? お前のこと……たくさん悦ばせたいんだ」
「フフ。嬉しいです、フユヒコ様。私もこの日が来るのをずっと楽しみにしていました。ねぇ、お父様、そういうわけですから今日はもういいですよね? あぁ……もぅ……フユヒコ様……ダメ……です……」
「……はぁ。わかった。アマリリス、今日はもうフユヒコ殿と部屋で休みなさい。フユヒコ殿、娘を頼みましたぞ」
やれやれと目頭を抑えながら手を払って娘の希望を叶えてやるのは父親としての務めだ。それに加えて自分の前で、この執務室で情事をおっぱじめられるのは勘弁願いたい。
「ハハッ! おっし! 王様―――いや、お父様の許しも出たことだし部屋に行こうぜ! 今夜は寝かせないからな、アマリリス!」
「フフフ。私も寝かしませんからね。一晩、楽しみましょうね」
そして二人揃って仲睦まじく部屋を出ていった。フユヒコの存在はまだ公にしたくはないので並んで歩いてほしくはないのだが止めても無駄なことか。ため息をつきながら今後の展開に頭を巡らせる。
「さて……この先はどう動くか。フユヒコ殿と子供達をけしかける前に、改めてエーデルワイスとやらの力を図る必要があるな」
かつて多くの魔族を屠った『羅刹の騎士』は策謀を巡らせる。王妃はその様子をじっと見つめているが、その口元は三日月のように歪に歪んでいた。
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