源流素振り ☆

とある女性が居た。武装が義務化されたこの世の中、自衛が許されるならと広く普及した刀を装備していた。剣術道場も巡り習った流派は数多い。しかし彼女は自分の技に満足出来ないでいる、なぜなら男連中になかなかフィジカルで勝てないからだ。速度負けから捕捉され、力負けに追い込まれるのが常だ。


 ある日、練習中に十代の少年が気になった。なんとその少年はフィジカルで圧倒されてなお、多くの場面で勝ちを拾い続けていたからだ。自分と同じ技を細身な体で扱って何故自分以上の成果が上がるのか。以降、彼女は少年の観察を始めた。



 一つ。拍子の取り方。

 先の先、先、後の先。

 そう表現される拍子の技術がある。拍子とはつまりタイミングの事である。

 相手の攻撃の意識を察知して、実行される一瞬前を捕捉する先の先。

 相手の攻撃動作が起こった瞬間を捕捉する先。

 相手の攻撃動作がこちらに向かっている、又は到達する瞬間を捕捉する後の先。

 少年は、相手の意識の拍子の察知と動作の拍子を見切る点で非常に優れていた。


 二つ。位置取り。

 優れた足運びで、相手が力を発揮できない位置に正確無比に移動する。

木刀での寸止め試合。先輩が少年に向けて飛び込み袈裟斬り、少年はその背後に入身で回り込み、先輩が追って逆袈裟に振った背後に少年は移動し終えている。

 少年の反撃を想定し、合わせ打つつもりの引き打ち、しかし少年は追わず、ならばと打ち掛かれば少年はジグザグに後退して追いきれない。そこで速度を上げた先輩の一歩目に、後退していた少年は前足減速奥足停止から慣性を無視したかのような反転出ばな胴薙ぎ。咄嗟に相打ちに持ち込む振りは少年に追いつかなかった。

 少年は慣性に捕まって居付く事もかなり少なく短い。動作の盲点、慣性の壁、そういったところを見切り、間合いや相対角度などの位置関係を調整することに秀でていた。


 三つ。迷わない。

 不可解なほど心理的に動じないことで動きが滞ることが無い。


 四つ。動きの工程が少ない。

 力まず、疲れず、速く、強い。その鋭い打ち込みは同じ技ではなかった。



 一眼二足三胆四力を兼ね備えた少年に感心した彼女は、一部は真似できそうな四つ目を少年に習うことにした。少年曰く、初歩としては刀の重さを体に受けずに振ることが重要でそれを教えてくれる素振りがあると言う。


 三大源流素振りと少年が勝手に名付けている三つの素振り。


 一つ、刀を持ち上げず天を突く。

 二つ、刀を畳むように巻き打つ。

 三つ、刀を動かさずに腕を振る。


 この三つがそれぞれ刀の重さを抜く事を教えている。

 初心者は中段の構えの状態から刀を引っ張り上げて振り下ろす。だから重い。


 天を突けば天地と刀が平行になる。

 巻けば刀を半分に出来る。

 腕だけを振れば刀が輪になる。


 念:中条流

 神道流

 陰流


 彼女はそれらの素振りをそれぞれ知っていた。

 しかし、重さを抜くという共通点に着眼した少年の考えに感心しきりだった。

 彼女の学び。技は力の内にあり。力は技の内にあり。

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