第28話 もしも
取り囲まれ連行された先には質素な荷車があった。馬に引かせる木造りの扉付き箱には、薄っすらと見覚えもある。
宮中に出入りしている商家の物だったかと共謀を疑ったが、鳳泉が言うには似せて作ってあるだけらしい。
とはいえ非常に良くできているとも言っていたから、検問で救出してもらえる可能性は低いだろう。
雑然と物が置かれたその中に、一歩足を踏み入れる。埃も溜まっているのだろう。扉を閉められてしまうと、明かり取りの窓の近くでなければ咳き込まずにはいられなかった。
「夏蓮様はどうか、窓の近くに。私は扉の近くにおりますので。……ご心配なく。ここも、僅かにですが隙間があるので息は楽ですから」
いうよりも前に顔色で察してくれた鳳泉が、安心させるように言葉を繋ぐ。光が届かず顔色はわかりにくいが、声の調子からして、嘘ではないのだろう。
ガタンと大きく車体が揺れる。動き出したのだとわかった。
荷台なのだから当たり前だが、
二人は仕方なく、埃の積もった床に腰を下ろした。
「まったく……閉じ込めるなら、わざわざ手まで縛らなくてもいいんじゃないの?」
そう思わない? と、わざと不満を前に出して話を振ってみる。彼女は戸惑いながらも同意を示した。
夏蓮は少しだけほっとした。
(よかった、さっきよりは大丈夫そう)
室が襲われた時の、鳳泉の顔を思い出す。
いつも凛然と振舞っていた彼女が取り乱す姿を初めて見た。こんな状況なのだから当然だが、自分が彼女より動揺が少なかったのは救いだ。……いや、そもそも自分さえいなければ、彼女もこんなことに巻き込まれはしなかっただろうけれど。
だからこそ、守らなければと決意する。主人だから、というだけではない。友人と称するのは
後ろ手に縛られて、手慰みに何かをすることもできない。しかし一人ではないから、なんとか会話に勤しんで気力を保っていた。
夏蓮にしろ鳳泉にしろ、黙り込んでいては、悪い方にしか考えが向かないことは明らかだ。
だから夏蓮は頻りに鳳泉に話しかけた。侵入者たちへの文句が尽きれば、日常生活のことでもとにかく話題に挙げた。
鳳泉が特に興味を持ったのは、家族の話だった。
いつまでも新婚気分が抜けないのだ、という笑い話に、良いことですと鳳泉がようやく目尻を和ませた。
「夏蓮様は、やはりご両親のような関係に憧れますか?」
「……理想を言えば、ね。でも、それがとっても難しいってことはわかってるから」
中流とはいえ貴族は貴族、婚姻に政略はつきものというのが一般常識。にもかかわらずの夏蓮の両親のような相思相愛な関係は、非常に希少なものだという現実はちゃんと理解している。
夏蓮は小さく笑った。明るくしたつもりだったのに、鳳泉の目には、それには寂しさが滲んで見えた。
「……本当はね、少しだけ、期待していたのよね」
両親や、物語のような恋に憧れた。
だから期待して、夢を見た。
後宮入りが決まった時、皇子の気まぐれとはいえ指名あってのことだから、少なからず興味を持ってくれているのだろうと。それなら、両親のようなーーそこまではいかずともせめて、夫婦としてはそれなりでも、愚痴を聞いたり一緒にお茶したりできる、良い友人のような関係にはなれるかもしれないと。
それからのことは鳳泉も知っている。ずっと傍に寄り添い、見てきたことだ。
「……今は…………?」
鳳泉の問いに、夏蓮は曖昧に微笑んだ。何かを言ってやるべきだと、わかっていてもできなかった。言葉はあるけれど、口から出すことが怖かった。
大きく揺れて、振動が途絶えた。どこか目的地に着いたのだろう。
夏蓮は鳳泉を呼び寄せた。
少しでも、時間を稼がなければ。
ゆっくりと、見せつけるように、身を寄せ合う二人に帯状の光が伸びる。
扉を開いた暴漢の手には両刃剣が握られていた。
「ーー降りろ」
低い声に、体が震えそうになるのを必死に堪えた。
伝えてはいけない。悟られてはなるものか。
うまく力の入らない足を
(ああ、でも)
出せなかった想いが、引き止めるように胸に湧く。脳裏に、彼の切なげな声と顔が浮かぶ。
未練とはこういうものを言うのだろうか。諦めて、断ち切ったはずなのに、なかなかどうしてうまくいかない。
(ねえ、もしも。もしもーー……)
自分自身叶うとは思っていないことを賭けてみる。我ながら、往生際が悪い。
でも、だからこそ。
本当に叶う、夢のような奇跡が起きたなら。
ーーもう一度、やり直してみてもいいかもしれない。
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