第15話 意地を張るのは辞めませんか

 借りた本は春鈴に託し、夏蓮は厨房に向かった。読書を楽しめるほど、心中の穏やかさを取り戻せていなかったからだ。

 鳳泉の仲介なく厨房に現れた夏蓮に料理人たちは驚いていたが、忙しい時間帯でもなかったため快く受け入れてもらえた。


(夕餉を作るには早すぎるし…………甘味にしようかしら)


 軍配は花媛に上がるとはいえ、夏蓮にも作れないことはない。

 最近は教わるばかりで、一人で作るのは久しぶりだったが、動き出せば手は止まらなかった。


 小豆を柔らかく煮てし、砂糖を加えてよく練りあわせる。

 粗熱を取る間にはり|鉢を取り出して、たっぷりの胡麻を入れ、ゆっくりと粉木こぎを動かした。

 ごりごりと、鈍い音が厨房に響く。

 鼻腔をくすぐる胡麻の香りは、少しずつ夏蓮の心を落ち着けた。

 十分に擂った胡麻を砂糖、牛脂と合わせ、よく混ぜ合わせて胡麻餡を作る。蕩けないように鉢の下には氷水をあてがった。


 別の鉢にもち米粉と浮き粉を加えて、少しずつ水を足す。耳朶ほどの柔らかさになったら食紅を加えて色をつけ、もう一つ白いままの白玉も作った。

 白玉は一口大よりやや小さめに千切って丸め、一つずつ平らにならす。色をつけた白玉には漉餡こしあんを、白地の白玉には胡麻餡を包んだ。


 そうしてできた一口大の団子を、出来た順に熱湯で茹でる。全体が浮いてきたら冷水に移し替えて締めれば湯圓タンユェンの出来上がりだ。

 試しに、と一つ食べてみる。白玉特有のもちもちした食感と、甘く香ばしい胡麻の風味が口いっぱいに広がった。


「ん、良い出来ね」


 これを茶請けにして、春鈴と、誰か手の空いてる人も呼んで、みんなでお茶にしよう。

 小皿を適当に拝借し、いくつか湯圓を取り分けて厨房から顔を出す。


「貸してくれてありがとう。湯圓、少しだけど良かったら食べて」

「わ、よろしいのですか? 有り難く頂戴致します」


 嬉しそうに顔を綻ばせた料理人の一人に夏蓮も微笑し、いくつか言葉を交わして室への道を辿る。

 そして何気なく自室の戸を開けて、夏蓮は盆を取り落としそうになった。


「おかえり」


 にっこりと皇子が微笑む。その奥には、皇子の来室とあって控えているのだろう鳳泉と、緊張に体を強ばらせている春鈴がいた。


「また、いらしたのですか……」


 これ見よがしに溜息を吐く。

 皇子はくつくつと喉奥を鳴らして笑うけれど、夏蓮にとっては愉快でも何でもない。せっかく厨房を借りて憂さ晴らししたというのに、目の前に王子がいると思うとまた鬱憤が溜まってしまう。


「鳳泉、春鈴。湯圓を作ったから、女官のみんなで食べてちょうだい」

「なんだ、私にはくれないのか?」


 つまらなさそうに口を尖らせる皇子に、夏蓮がまた溜息を吐く。面倒臭そうに掌をひらつかせると、鳳泉と春鈴は苦笑して小皿に湯圓を取り分けた。

 匙を添えて供された湯圓に、皇子は早速手をつける。


「ん、やはり夏蓮の作るものは美味いな」

「……お褒めに与り光栄です」


 本意ではない、とせめてもの抵抗の言葉も、皇子には何処吹く風。もっちもっちと湯圓を咀嚼している。


「殿下、もうこの室に来るのはお辞めになりませんか」


 夏蓮の訴えに、女官二人の目が瞠られる。

 皇子は目を鋭く細めた。


「何故」


 何故、なんてどの口が聞くのか。

 言いかけて、夏蓮は口を噤んだ。

 もしかしたら趙家が内々に話を進められているだけで、皇子自身も知らされていない可能性に気づいたからだ。

 けれど、趙家側の準備が万端整い、話を持ちかけられれば、皇子にも否やはあるまい。

 そうなった時、現状のままではどう考えても角が立つ。


「もう十分意地を張りましたでしょう」


 あくまでもそれが理由だと主張する。

 皇子は興醒めとばかりに鼻を鳴らし、また湯圓を頬張った。


「その程度の理由なら、私が聞き入れる義理はないな」

「…………」


 どうせ、わたしはもうすぐお払い箱になるというのに。

 夏蓮は膝上の手を固く握った。

 ああ、苛々する。


「殿下、夏蓮様も、お茶は如何ですか? 仕入れの者から良い花茶を買い受けたのです」


 柔らかな声音で鳳泉が尋ねる。

 皇子は小さく頷いた。


「……そう、ね。お願いします」

「はい、かしこまりました」


 穏やかに微笑んだ鳳泉が、春鈴を伴って席を離れる。

 夏蓮は沈黙を誤魔化すように湯圓を頬張った。

 先程は美味しく感じたのに、今の湯圓は酷く味気ないもののように感じた。

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