第191話 ステップアップ

「リン。こっちきて」


内周を走る生徒達、その中からきくのはリンを呼んだ。

駆け寄ってくるリンに少し威圧する。

ピクリと肩を跳ねさせ構えを取るのを見て頷いた。


「よくできているね。君は他の子たちよりも先に次に、いや、そのさらに次のステップに進もうか」


本来であればもっと段階を踏んで行うもの。

しかしリンは幼いころから体術による近接戦に注力していたために遠くまで魔力を届かせる必要がなく、魔力支配という自身の内側で魔力を巡らせるということを感覚的に他の者よりも早くにできていた。


「君がこれから行うのは、この空間で戦闘。魔術を使えるような使ってもいいが基本は近距離戦。まぁ、俺から攻撃を仕掛けることはないから、君のタイミングで初めていいよ」


きくのはそう言うとリンと対峙し、ただ普通に立ったまま待つ。

リンは何も返さず、きくのの周囲をぐるりと一周する。

きくのがどれほど強いかは知っているし簡単に仕掛けていい相手ではないのもよく理解している。

理解しているのだが、これは修練で戦闘ではない。

仕掛けなければ始まらず、何度も負けるのが前提のも。

だからまずは試しに速度で仕掛ける。

リンが魔力を纏うと同時に肉体強化の魔術を行使しようとしたとき、リンは苦い顔をしそのどちらも解いた。


「魔力が削り取られる」


リンが魔力を纏おうとして魔力を外に出した瞬間に内側の魔力までも引っ張り出されそうになった。

魔力は纏えない。

けれど咄嗟にどちらも解いたが、肉体自体に作用する肉体強化であれば問題はない。

いつもほどの速度は出せずとも、それで十分に試すことはできる。

肉体を強化し、距離を詰めるべく地面を蹴ろうとして、その場に膝をついた。


「そういうこと」


ランニングとは違う。

戦闘の中での攻撃を仕掛けるというワンシーン、意識が狭まった。

すぐには立ち上がることができず、膝をつき腕で身体を支えながら呼吸を整えていく。


「この空間での戦闘。それがどういうことかわかったかい?」


肉体の隅々に至るまで意識を届かせる。

体術に重きを置く以上は当然のこと。

出来ているつもりだった。

しかし認識が甘かった。

戦いの中で、おろそかにしていた。

まして魔力にまで、意識を向けることができていなかった。


「さて、自分の未熟さが分かったところで、まずは何の強化もなしに体術戦を始めようか」


パンと手を叩いてきくのは笑顔でそう口にした。

優しい人、きくのに対しての印象はここで変わった。

クロイや術廉みちかどにいじられてはいるものの、彼もまぎれもなく彼らと同じ規格外であり、やはりというべきか、どこか普通とはずれていた。


「ええ、ええ、始めましょう」


ようやく立ち上がれたリンは拳を構えた。

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