第108話 ガイストの成長

再び生徒たちは自主練習に戻って行く。

思考し、身体を動かし、形にする。

戦えるようになるまでそれを繰り返し、最後にはクロイに戦いを挑む。

クロイの方は、目を閉じ、身体から力を抜き、感覚を研ぎ澄ませていく。

ミスは絶対に起こさない。

天才としての覚悟。

決して失敗などせず、常に上を往く覚悟をした。


「出来ました。今度は僕が行きます」


手を上げるガイスト。

閉じていた瞳を開き、クロイは視線をガイストに向ける。

自分でもわからず、咄嗟にガイストは背後に飛び退いた。

震える手を大きく振り、震えを取り払う。

ただ一瞥されただけで、完全に気圧されていた。


「どうした、来ないのか?」


今までとはまるで違う。

痛くて、怖くて、絶望もさせられた。

それでも、その全てがクロイという男がその役に、感情に徹した結果でしかない。

正真正銘、完全に純粋な闘志を浴びるのはこれが初めての事。

役ではない、天才の全力を前に、戦うこともせず、対峙するよりも先に、心が敗北した。


「いいや、やるよ。だって僕が一番強いんだから。負けるわけにはいかない」


勝てるはずがない。

戦闘経験の無い者を相手にもただそこにいるだけで圧倒的な力を理解させるような出鱈目。

勝てるなんて一切思っていない。

けれど、戦いと修業は別物だ。

もしも勝ち負けがあるのならそれは、強くなれるか否かだけ。

それなら、それだけなら、この人と一緒なら勝てるとそう思える。

小さく笑い呼吸を整える。


「行きます」


ゆっくりとした足取りで歩き始める。

一歩一歩、歩を進めるごとに霧が立ち上っていく。

深く濃い霧はガイストを包み込み完全にその内側を隠す。

増え続ける霧は壁のようにして増殖を止めた。

そしてその内側から現れたのは、増殖したガイストであった。


「「「こういうことでしょう?あなた方にも効く幻覚というのは」」」


「ああ、そうだ」


重なる声に静かな返答。

戦いが始まる。

一斉に地を蹴りガイストたちがクロイを囲み一斉にナイフを投げた。

迫るナイフの全てを掴み取るクロイだが、その全てが触れた瞬間に霧散し空を切ることとなる。

しばらく周囲を見回すと、突然地面を砕くような力で蹴ると一人のガイストをすり抜け、その奥の虚空を蹴り飛ばした。

ガイストたちは霧へと変わり、地面を転がる本物のガイストの姿を隠す。


「なんでわかったの?」


「気配がした。視線を感じた。なんとなくに近いものだ」


霧の中のガイストを、その瞳は見つめる。


「成程、さすがにそれを誤魔化すのは難しいなぁ」


息遣いが聞こえてくる。

音が止まり一瞬、霧を割ってガイストが飛び出す。

駆けるガイストはクロイに一直線。

向かってくるガイストをクロイは拳で貫いた。

感触はなく、紛れもない虚像。

動く腕がクロイに迫る。

手で掴むが空を切る。

それもまた虚像。

しかしクロイは何もつかめなかった手を放し同じ場所で何かを掴んだ。

そして掴んだ何かを拳が貫く虚像に放つ。

流れるように虚像の腹に掌底を放った。


「気配に気付けると言っても万能ではない。大まかな位置しかわからない」


霧が消え去り壁まで吹き飛ばされたガイストが姿を現す。

その太ももにはナイフが刺さっていた。


「虚像と実像をずらし拳を避けた。攻撃に虚像の腕を使い、もう一度同じ場所からの攻撃はないと思わせ、不可視のナイフを放つ。素晴らしい。ただ、索敵の方もしかっり頼むぞ」


ガイストは霧の魔術をものにしてきてはいたが、そもそもの霧の魔術師を霧の中から見つけるということが出来ていなかった。


「それはもう大丈夫ですよ」


立ち上がり、刺さったナイフを引き抜き投げ捨てる。

クロイに右手を向け呟いた。


「真理掌握」


クロイに向けた手を虚空を掴むように握る。

瞬間、ガイストの右手が血が噴き出し、腕にまで至る亀裂が走り、大量の血を地面に流した。


「異能は魔術と違って魂に結びついているものだ。特に俺達くらいにもなればそれは顕著に表れる。掌握しようとすればそうなるのは当然のこと」


魂の掌握。

それこそがガイストの魔術であったが、魂の格の違いを見せつけられた。


「もしも俺が今のに抵抗でもしていれば、お前は命を落としていた」


クロイは近付き、傷付いた腕に触れる。


「大いに成長しろ、存分に強くなれ。だが決して傲慢にはなるな」


天才たちの中で最も未熟で不完全な男は、その瞳に自身の過ちを映しながら、生徒に同じ過ちはさせまいと優しくも厳しい表情で諭した。


「さ、腕を治してもらいなさい」


今回の依頼は、クロイをより完璧な天才へと押し上げるに足る、想像を超えた難易度のものであるとクロイは理解した。

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