第85話 戦闘訓練

「さてお前達。お前達が戦う相手は戦いの、殺し合いのプロだ。知識も、技術も、経験も、あらゆる面でお前達は足りていない」


そも地力が違う。

その上で他の面でも負けている。

幾度となく見て理解している。


「だから戦おう。儂が相手だ。剣は使わんが……」


地面に突き刺した剣が消えていく。

ウィルは拳を構えた。


「殴るし蹴る。無論手加減はする、だが、対処を間違えばそのまま死ぬぞ」


第一学園の生徒であるなら、近接戦闘を主体としてくる。

当然の考えだが、アーテルのいない方の学園を選んだだけという可能性も否定はできない。

それでも、魔術師と比べれば戦いなれていない相手なのは事実。

ここで経験しておいた方がいい。


「まずはリン、お前からだ」


この中で最も近接戦闘が得意なのはリンだ。

近接戦闘を行う者同士の戦いを見ておいた方が、魔術の有用性にも気付けるだろうと踏んでの事。


「倒しても、いいんですよね?」


「当然だ。お前がそれほどの強いのなら、儂も楽が出来る」


油断も慢心もない。

自身を鼓舞するための言葉。

身体中に刻印した強化魔術を発動する。


「いきますよ」


「不意打ちでも構わんのだがな」


地を蹴り距離を詰める。

準備をすればするほど警戒されるなら、最低限の準備で一瞬で距離を詰め一撃見舞う。


「遅い」


しかしウィルはその動きに反応していた。

応戦するべく伸ばされたウィルの手を避けようとするが間に合わず地面に叩きつけられる。

追撃を避けるべくすぐさま立ち上がると距離を取った。


「肉体強化はなかなかの完成度だがまだ遅い。そして、見てから避けるようでは間に合わんぞ」


手加減されているのがよくわかる。

リンは正面に陣を展開しその中を走り抜けた。

刻印魔術の上から陣魔術を重ね掛けし速度を上げる。


「速度を上げども同じことだ」


向かってくるリンへ左腕を振り下ろした。

それをリンは避けている。

同じ轍は踏まない、ウィルの行動を読んでいた。

そのまま背後に回り拳を振り抜こうとしたとき、眼の前に手があった。

ウィルの手。

振り下ろした腕はその勢いを殺さず背後まで回していた。

半歩下がり間合いが伸び届くようになった手の腹で額を押されリンはしりもちをつく。


「相手よりも三手四手と先を読め。でなければこうして負ける。背中を取ったと、裏をかいたと、油断したな?重心が安定していなかった、足の踏ん張りがきいていなかった、だからこうして倒れた。次に活かせ」


話を終えたウィルを、倒れたままのリンが突然飛ぶように蹴り上げる。

しかしウィルはそれをひらりと躱すと足を掴みそのまま投げ飛ばした。


「そう、不意打ちでも何でも好きにねらえ」


楽しそうに笑ってアルトを睨んだ。

苦笑を浮かべるアルトの横で、ギフトは自身の身体に隠して背後でグリモワールを開く。

ウィルが地面を殴り、ルクスが操作する砂鉄を吹き飛ばした。

そして投げたリンの追撃に向かう。


「ほらほら、一人脱落するぞ」


横から剣が飛来しウィルの行く手を阻んだ。


「そうだ、それでいい」


幾重にも重なり壁となる剣を殴り破壊した。

だがその一瞬の時間稼ぎによってリンが距離を取ることに成功する。


「お前達がするのは連携じゃない、利用だ。目配せしてタイミングを併せようとするなよ?奴ならこのタイミングでこう動くだろう、読んで利用してやれ。生き残れるのは一人だと思えよ」


瞬間リンが一人駆けだした。

ギフトとアルトが顔を歪め魔術を発動させる。

空中に飛んだリンの身体を風が吹き飛ばす。

突然の軌道変更に一瞬反応が遅れるが飛んだ先を見るとそこには空中に浮く剣があった。

空中で姿勢を無理やりに安定させ剣を蹴り近付き殴り掛かる。

しかし既にウィルには見切られている。

もう一度風で吹き飛ばしウィルの上を通り抜けるような軌道に変え、空中に浮かぶ剣を蹴り真上から仕掛けた。

しかしそれもウィルは読んでいた。

腕の長さが、間合いの差が謙虚に出る。

ウィルは届くがリンは届かない。

攻撃を諦め防御に動く。

しかし攻撃はリンには当たらなかった。

リンのサポートに徹するように見せかけてリンを囮として使った二人。

真上への対処は最も他への対処が難しくなる。

故に真上へリンを、そしてウィルを誘導した。

他の攻撃を意識の外へ出すために。

剣が、岩が、ウィルに飛来する。

しかしそのどちらもウィルの拳に砕かれた。

だがウィルが剣と岩に対処したことによって時間が経った。

ほんの少し、たった一瞬の変化で、リンの手が届く距離まで近づいた。

防御から攻撃へと転ずる。

その手が空を切った。

ウィルが膝を曲げ、身体を倒し距離が開く。

見上げるウィルの手がリンの腕を掴んだ。

もう手遅れ、リンは勢いよく投げ飛ばされた。


「あとお前ら、これに意味はないぞ」


ウィルが指差す足下には、ウィルの足に巻き付く砂鉄と氷の二重拘束が為されていた。


「俺の身体に触れてる状態じゃ形状が変化させれないだろ?それと、普通に動ける」


バキバキと音を立て氷と砂鉄を無理やり砕いて抜け出した。


「さて、次はどうくる。誰を囮にする?誰を利用する?利用されたやつはそれこそ利用し返してくるぞ気を付けろ」

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