第79話 墓
「ここから先は日帰りとはいかん。皆野営の準備は出来ているな?」
ハンスとアルバの喧嘩跡地は一つの目安とされていた。
この先は、日を跨いでの遠征となる。
全力疾走をしたり、魔術によって移動したりと、その日の内に変える方法はあるが、普通に歩いてとなるとその日の内には帰れない。
故に、ここから先こそ本当の不帰の森であった。
「その程度、問題になどなりません」
「そうか」
森の中を歩いていく。
何があるかがわからないから歩いていく。
どこまでも、どこまでも、辿り着くまで歩いていく。
果たしてどれほど歩いただろうか。
日は沈み、暗く、暗く、紅く、紅い。
夜が来た。
暗闇の中で、月が紅く光っていた。
「着いた。広くはないけど、大きい。あと、誰かい―――⁉」
「殺しては、いけませんでしたね」
誰かはわからないが誰かがいる。
アストロがそれを伝えようとしたとき、耳元で少女の声がした。
反応は出来ない。
左腕が引き千切られ、肩から胸にかけて切り裂かれる。
赤い月の下、血を浴びる少女が笑っていた。
「ごきげんよう。此処は墓地、死者の至る場所。アーテルとカイトの手によって殺された、わたくしブラッディ・メアリーが皆さまをお待ちしておりました」
スカートのすそを持ち上げ軽く頭を下げる。
困惑するその表情を楽しむように笑いながら。
見えた?
見えなかった。
間違いなく、僕よりも強い。
「ごめんなさいね。嫌な眼で見つめてくるから、つい傷付けてしまったの。殺すつもりはないから、頑張って治してね」
そこには悪気が一切ない。
本当にただついやってしまっただけ。
無垢な笑みが少女の異常性を引き立たせる。
「学園第四位のブラッディ・メアリーで間違いないのだな?」
その名は以前ルクスから聞いていた。
男から女へと変わった不思議な奴だと。
「領域———」
「よせ」
イフが魔術を行使しようとしたとき、学園長が制止した。
「冷静さを欠くな。今は会話をするほかに道はない」
「ねぇ……おじさんは何処?」
イフへと一瞬意識を向けた隙にアストロが前へと出る。
腕を失いながらも強気に、威圧的に、怒りを隠すこともせずに睨み付け問う。
「……伝言があります。この先三年の間に第一学園に勝利することが出来れば、アーテルを開放します。もしも勝利することが出来なければ、アーテルの未来は閉ざします」
「おじさんは何処?」
「では、頑張ってくださいね」
アストロの言葉を無視して、メアリーは薄れ霧散するように消えていった。
「第一学園……」
第一学園との対抗戦で勝利すること、それがアーテル開放への道だとメアリーは言った。
アーテルを完封するような相手がわざわざ提示した条件が第一学園に勝利すること。
それを聞けば、第一学園がアーテル誘拐に何らかの形で関わっていると考えるのは当然である。
第一学園の学園長を務める者は千年来の親友であり、疑うことなど決してしたくない。
だが、疑わないわけにはいかなかった。
「可愛い孫たちの卒業以来か。久方振りに、話をするとしよう」
「……まだ、終わっていません」
既に街へと帰った後の事を考える学園長の思考をイフが呼び戻す。
「彼女はここを墓地と言った。アストロ先輩の眼から隠したこの場所に名称を付けたのなら、そこには何かしらの意味がある筈です。まだ、此処に来て私たちは何も探していない」
リブの家では隠されたものを見た。
喧嘩跡地を学園長は知っていた。
ではこの場所は?
生徒たちは知る由もなく、学園長もまたこの場所を知らない。
ただ、墓地という言葉がどこか引っかかる。
早く思い出さなくてはならないことがあるような、そんな気がする。
「この場所に何があるのかを、私たちは探すべきでしょう」
気付いたわけではない。
ただ、そうしなければならないと生存本能が訴えてきた。
学園長は杖を回転させ空間を数度打ち結界を張る。
凄まじい衝撃が背後の木々をなぎ倒す。
赤い月は既になく、空には眩く光る月が、そしてその下には、漆黒の鎧に身を包んだ背の高い剣士がいた。
「我は墓守。勇者の眠るこの墓地を護る魔王である。盗賊、死ぬ覚悟はできているな?」
間に合わなかった。
思い出すのが遅かった。
この森を開拓しない理由、近付くだけで剣を振るってくる墓守がいるから。
墓地へと近付くのが困難になるよう、日を跨ぐほど歩かなければならない程の距離を空けている。
墓地とそう聞いた時に気付くべきだった。
逃げるべきだった。
なにせこの墓地に眠る勇者というのは、王ですら勝てないとそういった相手なのだから。
「逃げろ‼」
学園長の声に合わせ生徒たちが背を向け逃げ出す。
一人殿を務め杖を回転させ空間を叩き陣魔術を発動させる。
ほんの一秒もあれば魔術の一つや二つ発動できる……そのはずだった。
墓守の斬撃は一瞬にして老人の腕を斬り落とした。
続く二撃目が放たれる。
次は確実に殺すための攻撃。
だが、その攻撃は止められた。
突如現れた剣によって。
「駄目じゃないか」
空中に浮かぶ剣を、握る手が、そこから続く腕が、人の身体が形作られていく。
「まずは話し合い。それでも僕のものを取っていこうというのなら殺してもいいけれど、そうでないなら傷付ける必要はない。そうだろう?」
「ローラン⁉いつ帰って」
「今。一度だけ君を止めろとそう言われたからね。報酬はこの国で、街でデートが出来るっていうもの」
ほんの一瞬では逃げることも出来ず、急激に変化した状況についていけずその場で立ち往生していた。
「お祭りにさ、久しぶりに二人きりで行こう。だから今は、侵入者が相手だけど少し抑えて」
剣を収める。
「愛しているよ」
背の高い墓守をかがませると、少年はその頭を撫で抱きしめた。
そしてふっと振り返り老人を見つめる。
「そういうわけだから今回は見逃してあげる」
「………お主は一体」
当然の疑問。
ブラッディ・メアリーは言いたいことを言ってそのまま消えた。
魔王で墓守の黒騎士は突然襲い掛かってきたがどこからともなく現れた少年が解決した。
どれも状況を呑み込むよりも速く進んでいき一切理解ができていない。
もはや解決できない問題は今は置いておき、目の前にいる会話の成り立ちそうな少年に話を聞く。
「僕は勇者だ。この森で生まれて、この森で育ち、この森で死んだ勇者だ」
静かな笑み。
「この森は僕の場所。今後立ち入るときは命を捨てる覚悟をしておきたまえ」
長居はするな。
二度と立ち入るな。
言葉にしていない少年の言葉が聞こえてきているようだった。
「この森に家を建て住んでいる者がいるがそれはよいのか?」
二度目の質問で殺される、その可能性は確かにあった。
だが、勇者を名乗る少年に賭けた。
優しさがそこにはあると。
「リブはいいの。だって僕の妻、彼女の友達だもの」
そう言って少年は墓守に触れる。
「では最後に一つ。この森に他の者は、人を攫うような輩はいるか?」
この森を自分のものとまで豪語する少年の言葉を信じ問う。
最後という前置きさえすればこの問いには答えてもらえると感じたから。
「今帰って来たばかりだから確信がある訳じゃない。ただ、五十年前のこの森にはそんな奴いなかったよ」
「そうか。感謝する」
頭を下げると直った左腕に杖を持ち替え、生徒を連れて街へと向かい来た道を戻って行った。
「ここで解散じゃ」
日が昇り既にお昼時。
暗い顔、重い足取り、会話もなく帰路につく。
儂の力を見せるまではよかった。
じゃが、あの者らは想定外、強すぎる。
到底追いつけるものではなく、若き芽を潰すこととなる。
三千年前の勇者か。
「王よ、貴方はどれ程の秘密を抱えている」
まぁ一先ずは、探しても会えない王ではなく、行けば会える友に話を聞くとしよう。
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