第73話 魔術師

「いったい何をしたのですか?」


「何をって、こう、頭を取ったというか千切ったというか………。あぁ後は殺したせいで制御を外れた魔術と魔力を掻き消した。それくらいしかしてないかな」


「身体能力だけですか」


「まぁ、僕は勇者の力ありきだから、余裕なんか一切なかったけどね」


笑っているハンスの言葉は、同格以上の存在を示唆していた。

そのことに気付けない程に力の差を見せつけられたギフトたちの、悔しさだけではない、落胆したような、諦めたようなその目に気付く。


「何か、勘違いをしているんじゃないか?」


優しい声でありながら、ハンスの声は空気を張り詰めさせる。


「魔術師は英雄に勝てないとでも思っているのか?」


それは紛れもない、第一学園と第二学園の話。

英雄を育てる学園と魔術師を育てる学園。

夏には合同闘技会も開かれ、激しい戦いを見せる。

ここ数年は第二学園、魔術師たちが勝利を収めているが、千年を越える歴史を振り返れば、山のように敗北が積み上がっていた。

魔術師には早さが足りない。

詠唱が、陣が、時間を要する魔術師には、闘技場は狭すぎる。

本来であれば闘技場ほどの広さがあれば、相手とあれだけ距離が開いていれば、問題はない。

だが、英雄を相手にするのなら近すぎる。

詠唱が終わる頃にはもう、刃がその胸を貫いている。

陣を描いている間に、刃がその首を斬り落とす。

五十年前に天才リブが生み出した刻印魔術のみが、英雄たちの速さに追いつけるような魔術運用を可能としていた。

しかし刻印魔術は事前に準備をして初めて使える魔術な関係上対応力に欠ける。

そうなれば相手によって戦い方を変えられる英雄を前に敗れ去る事となる。

生徒会の面々が勝利出来ていた理由は格下が相手であったからに他ならない。

グリモワールを破るすべはなく。

当代最強の魔術師と同格の英雄など存在せず。

近距離の体術戦に特化した異端児は英雄さえも拳でねじ伏せる。

鉄壁の防御を貫くことは出来ず。

雷を前に近付くことなど出来ない。

肉体は護れども精神を護る事は出来ず。

神の子は止められない。

生徒会の面々は、英雄すら寄せ付けない強者の集団であった。

そしてそれは、魔術師の中でも突出して強い者が偶然いただけに過ぎず、英雄たちの中にも頭一つ、群を抜いて強い者というのがいてもおかしくはない。

それがいなかったから勝てただけ、ハンスとの戦いで見せつけられてしまった。


「君達は強いよ、学園でも天才と呼ばれる部類なのだろうね。けど、僕よりは弱い」


言われずともわかっている。

互いを相手にしか敗北してこなかった者達が、互いに協力して手も足も出なかったのだから。


「そんな僕も、アルバより弱い」


自分を弱いといいながら自慢げにハンスは笑う。


「僕は英雄でアルバは魔術師。そんな僕らの力関係はアルバが、魔術師が上だ」


魔術師では英雄に勝てない。

そんなわけない。


「君達の様にアルバが格上で僕が格下だったわけじゃない。僕らは対等で、互いに互いよりも優れている部分があって、それでも僕が負けるんだ」


「………化け物と一緒にす」


もはや心が折れ呟いた言葉に向けられたのは殺意と刃であった。


「僕の弟だ。可愛い弟だ。天才ではあっても、化け物ではない」


いつの間にか握られた剣の切っ先が首に触れる。


「アルバには記憶がなかった。自分が誰かもわからないまま、自分が何者かを知るために強くなり続けた。誰かに名付けられた名のある者が僕の弟のことを語るな」


「ハンスやり過ぎだ。この国の者に、殺気はこたえる」


学園長が止めに入ったことで剣を収め、殺気もまた薄れていく。


「しかし意外だな。お前が誰かに殺意を見せるとは」


ハンスが殺意を抱くところなど見たことがなかったし、殺意を抱くなど思ってもみなかった。


「アルバは普通を愛していた。圧倒的な才能を前に凡人たちは離れていく。唯一近くにいた凡人も、今の時代じゃ天才と謳われている」


「貴方は」


ハンスの言葉を遮るほどに、アルトには信じられない言葉がそこにはあった。


「貴方はリブを、刻印魔術という新たな魔術体系を生み出した天才を凡人だと言うのか‼」


「リブが天才だと?ふざけるのも大概にしろ。彼女の努力を、彼女の想いを、才能の一つで片付けるな‼」


アルバの傍に居たから、アルバを見つめる彼女の表情にも気付いていた。

いつまでたってもその表情には陰りがある。


「天才に、アルバに恋をしたただの少女が、隣に立てるよう一生懸命に作りだしたのが刻印魔術だ。その早さを以てしてようやく、アルバの魔術に並べる」


記憶がない。

知識がない。

アルバは誰にも教わることなく、誰よりも魔術の高みに上った。

一つの魔術体系を創り上げてようやく足下にくらいは至れるほどに、アルバの至った場所は高すぎた。

尚も上り続けるアルバはあまりに速く、もはや追いつけるものではない。

それでも一人の少女は、恋した少年を追いかけ、愛した少年の隣に立つべく努力した。

誰よりも努力する少年の隣に立つために、少年以上に努力した。


「わかるか、アルバは生まれてからこの学園を卒業するまでの十八年間、魔術の事だけを考えてきた。実際に見た訳じゃないけど、何年も修練場に閉じこもり魔術を放ち続けていたこともあったらしい」


食事をどうしていたかはわからないが、入学から一週間修練場に閉じこもって飲まず食わずで魔術を放ち続けていた時に死にかけたらしいので何らかの対策を取ってはいると思うが、果たして如何な方法で何年もの時を乗り切ったのか。


「そしてリブもまた、アルバといない時間の全てを魔術の研究に割いていた。違ったのは必死さだ。何者でもないから最強の称号に縋ったアルバと、愛する者に追いつきたい一心だったリブの差だ」


つらつらと話すハンス。

天才たちと同じ時代を生きた者による天才たちの話を皆が聞き入る。

それを学園長は止めた。


「ハンス。流石に夫婦のなれそめを堂々と大きな声で話されると恥ずかしくなる」


「でもおじいちゃん」


これは意気消沈している魔術師への叱咤激励に他ならない。

少なくともハンスは大まじめに弟夫婦の話を説いている。


「わかっておるが、リブの話は恋愛が絡み過ぎているというか、いつかアルバが帰ってきたときいたたまれなくなるというか」


帰ってきた最強の魔術師が皆にその大恋愛を知られているなど、もっと妻の事をかまってあげろと子供に言われるかもしれないなど、考えるだけで申し訳なくなってくる。


「アルバの為?」


「アルバの為」


「じゃあわかった。これで最後にする」


「………二人の心に気を使って慎重に言葉を選ぶんじゃよ?」


魔術師たちの方へ向き直り手を叩くと再び話始める。


「君達に命を擲つ覚悟はあるかい?彼らにはあった。アルバは確かに天才ではあったけれど、君達よりもはるかに努力をしてきた。それこそ生き返れることを前提とした修練さえも行ってね」


まぁその修練はリブにひたすら怒られたといっていたけれど。


「そしてリブは凡人ではあったが、アルバに追いつかんとアルバと一緒にいない時間の全てを魔術研究に費やしてグリモワール使いさえも圧倒するほどの実力を持った」


殆どのグリモワールはハンスの師匠であるローランが持っていたが本棚がいっぱいになったからという理由でローランの元を離れたグリモワールが第二学園の魔術師の手に渡っていた。

が、そのグリモワール使いをまるで眼中にないとでも言うように一蹴したのがリブであった。

それでもアルバが本気を出してくれないと嘆いていたが。


「君達には必死さが足りない。欲が足りない。もっと目をギラつかせて強さを渇望しろ。知識を頭に入れて応用して、アルバ程の追いかけるべき背中はないだろうから新たな魔術体系とまでは言わないがもっと新しいことに挑戦してみろ。それでようやく君達は胸を張って誇るに足るものを手に入れられる」


まだまだ未熟だと、挑戦しているつもりになっているだけだと、死ぬほど危険なことだとしても、挑戦していないなら何の意味もない。

死んだら死んだ、しょうがなかったと失敗を笑ってしまえ。

次に活かすと反省しながら。

だってここでは死んでも蘇れるのだから、死ぬ可能性のある挑戦だって出来てしまう。


「おじいちゃん、頑張ってね。火を着けちゃったから。止まらないよ、この子達。ちゃんと面倒見てあげてね」


そう言って笑うと、ハンスは突然その場から消えた。

消える瞬間に剣を抜いたような気がしたが、しっかりと認識することは出来なかった。

皆が自身の魔力を見つめ直す中、ただ一人ハンスの動きを目で追うことの出来た少年が、茫然と虚空を見つめていた。

最期に少年に向けて浮かべた笑み、その意味を、考えていた。


「しまったぁ」


本来の目的はハンスに助けを求める事であったはずなのに、ハンスは止める間もなくきえてしまった。


「すまないアストロ。もう一度探してもらえるか?」


「………わかった。やってみる」


目を見開き虚空を見つめる。

しかし何かに頭を撃ち抜かれたように地面に倒れた。


「アストロ‼」


意識はある。

しかし、その目からは血が流れている。


「何があったアストロ‼」


「……弾かれた」


味わったことのない系統の痛み。

今までとは違う、堪えることの出来ない痛み。


「だれか……知らない誰かが…………僕を見てた」


あれは知らない眼。

アーテルでもアルバでもハンスでもない。

あの眼には殺意があった。

アーテルが時折放つような殺気とも違う。

容赦のない殺意であった。

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