第72話 残された者達

「アーテルが連れ去られた⁉どういうことですか学園長‼」


集められた生徒会の面々、いつも通りメアリーの姿はない。

学園長室に響くルクスの声。

それは防ぐことが出来なかった学園長に対する怒り以上に、信じられないというものが大きかった。


「ありえない」


アストロの声。

学園長を睨み付ける。

今までであれば考えられなかった言動。

それは大きな成長であるが、今は胸に突き刺さる。


「おじさんは誰にも負けない。連れ去られるなんてありえない‼もしいなくなったのなら、それはおじさんの意思だ‼」


感情は昂っていく。

今にも襲い掛かりそうなアストロをアルトが制止する。


「彼の実力を知る者からすれば彼が誰かに連れ去られる、それも学園長、貴方が手出しをできない程の短時間でなど信じられるはずがない。何か証拠となるようなものは………」


「この方は冗談でこんなことは言いませんよ」


「わかってるさギフト。情報は包み隠さず教えて欲しいという話だ」


ギフトとアルトの言い争い。

否、これは互いの狙いが同じであることを理解した二人による学園長への口撃。


「儂がみたものをお前達にも見せる。意見を聞かせてくれ」


学園長の提案、それは意外なものであった。

生徒を、国民を、護るものとして問題に関わらせることをしてこなかった学園長が、協力を求めてくる。

願ってもない申し出。

口撃を行って手に入れようとした情報があまりにも簡単に手に入ることに想像以上の事態であることを理解する。

見せられた記憶は、異常なものであった。

扉を開いたわけでもなく、突然そこに少年が現れる。

操作する鎖の速さはとてつもなく、遠くから見ているにもかかわらず、その動きを全て捉えていたのはアストロだけ。

言葉にはノイズが奔り所々聞き取れなかったが、少年は確かに同僚よりも仕事だと口にしていた。


「仲間じゃなくて同僚か………」


「あれほどの実力者が事務作業をしているとは思えない」


「まぁ、活かすなら戦闘だよなぁ」


「となると、あれと対等かそれ以上の者がいる組織があることになるが………」


五学年の面々が意見を言い合うが一つの結論を前に行き詰まる。


「勝てないですよ」


ガイストが呟く。

アーテルの魂に触れた者。

その力を直に味わった者。


「多分、本気のアーテルは、僕らが束になっても勝てない」


「マジか」


「君が知る私たちならという話だろう?それでもまぁ、彼の底が見えないのは事実だがね」


ここにいる誰も、アーテルに勝つことが出来ない。

ただ一人アーテルに勝利しているルクスも、勝敗どころか、自分の死にさえも無頓着であったアーテルに勝利したに過ぎず、意地でも勝つと決めたアーテルには完膚なきまでに敗北していた。

そんな彼らが、不意打ちとはいえまるで流れ作業のようにアーテルを捕らえた者に、勝てるとは思えない。

そんな圧倒的な強者が複数人存在し、それらが待ち構える場所に攻め入らなければならない。

無茶、無理だ、無謀である。


「この国にそんな組織が存在するんですか?」


「無い」


「なら、外国ということになりますが………」


「そうなるとアーテルも外国の人間で、この国の軍事力を調べに………とか考えなきゃいけなくなるわけだ」


一人一人、違う思いを以てアーテルという少年を見てきた、接してきた。

だからこそ、疑うことをしたくはなかった。


「………あれと渡り合えるような、あれに勝てるような、切り札とも呼べるものは存在するんですか?」


自分では勝てない。

学園長も初めて見た少年。

知らない少年が所属する組織など知るはずがないが、あのような強者が所属する組織ならあるいは。


「………勇者」


しばしの沈黙の後学園長は口を開く。


「この国には、勇者がいた。魔王を討つ者。三千年もの時を受け継がれ続けた役目。そして、この国最強の兵士だ。複数人存在することはないが、圧倒的な力を持つ」


まぶたの裏には、千年の中で代わっていく勇者の姿があった。


「勇者と言いますと、以前学園に来られた勇者ハンスですか。あの方は、賢者アルバの兄と聞きますが、アルバ殿はハンス殿ほど強くはないのですか?」


「いいや、実力は拮抗………アルバの方が少し強いかもしれぬなぁ」


思い起こすはいつかの闘技大会。

アルバとハンスが戦った決勝の舞台。

勝利したのはハンスであったが、聖剣を、そして勇者としての力を使ったハンスに対し、アルバは純粋な魔術と体術のみであった。

神殺しとしての力が使えるようになった今なら、実力は逆転するやもしれない。


「勇者とは別だが、二代だけ勇者に並び立つ者が存在している。それがアルバとその父だ」


「賢者アルバは今は一体何処に居るのですか?」


「わからん。国外へ出かけて五十年、戻ってきたのはハンスだけ。何をしているのやら」


「勇者とは、どれほどの力を持っているのですか?場合によっては、一人でも勝てるのでは?」


「どれほど問われてもなぁ、儂はあの子が本気で戦う姿を見たことがない。アーテルよりは強いだろうが、果たしてどれほどか」


実力の測れない者が多すぎる。

作戦の立てようがない。


「実力を、確かめてみましょうか」


「まさかとは思うが、戦うのか?」


「ええ、全員で戦えば、勝てずとも片鱗を見せてもらえないかと」


以前ハンスが学園に来た際の事を思い出す。

プライドがあったのか、あの時は多対一の構図で戦わなかった。

それでも


「魔術も何も使ってはもらえなかったですが、それでも、手加減をしなくていいのは楽だと言われましたから、次は剣を抜かせたいですね」


明るい口調で言うが、その顔には悔しさがにじみ出ている。


「何処に居るかは」


「わからん」


「そうですか。じゃあ、アストロ」


アルトは一切会話に入ってこなかったアストロに呼びかける。

返答はない、顔を向けることもしない。

ただ虚空を見つめるアストロの肩に触れた。

ビクッと肩を跳ねさせ、アルトを見つめる。


「アストロ、一つ頼みがあるんだが」


「なに?」


「勇者のハンスという人を知っているか?」


他人に興味も持たず常識もない。

誰もが知る伝承すらアストロは知らない可能性もある。

だが


「知ってる」


当然だ。

アーテルを、アルバをおじと呼ぶのなら、ハンスもまたおじなのだから。


「探してほしい」


「………探せば、おじさんは見つけられる?」


「わからない。それでも、私たち全員でも力不足な相手に、勝てるだけの実力があるのかを試したい。助けを求めて、巻き込んだ上に死なせるなんて嫌だからね」


「………わかった。僕たちよりも、可能性があるのなら」


アストロは眼を見開き虚空を見つめた。

一度も会話に交ざらなかったアストロが何をしていたのかを理解する。

ずっとずっと探していたのだ。

消えたアーテルを、そして、アーテルを攫った者達の居場所を。


「………見つけ、た?」


明らかな戸惑い。

その理由はすぐにわかった。


「入るよ、おじいちゃん」


許可を求める声。

だが、許可する前に部屋へと入ってきた。


「こちらに向かっていたのですね。それはちょうどよかった」


「いや、誰かに見られたから、逆に居場所を割り出して、急いできた。勇者を探すんだから、それなりの理由はあるんでしょ?」


「………この子らにお前の実力を示してほしい」


学園長の言葉に拍子抜けしたような顔をする。


「そんなことで………眼を使ってまで呼んだのなら、急を要するってことだよね」


「ああ」


「わかった。それじゃあ修練場に行こうか」


ハンスは明るく笑い皆を引き連れ修練場へと向かう。

道中ハンスに付き合って明るく話すことは誰も出来なかった。

流石に察したのかハンスも話すのをやめ無言で歩く。

修練場の門を学園長が明ける。

広い広い修練場へと九人は入っていく。


「それで、具体的にどうするの?」


「我々七人と戦っていただきます」


「そう。じゃあ………強化とか、領域だっけ?とか詠唱に陣に準備しておいて」


「ふざけてるんですか?我々は学園最強ですよ」


「君達は魔術師だろう?魔術を使うには多少時間がかかる。前衛無しで魔術使えず終わりましたってのはあんまりだ」


理解はできる。

魔術には時間がかかるうえ、今回戦うのは剣士である。

詰められれば分が悪いどころの話ではない。

理解は出来るが、七対一なのだから、なめられていると思うのも当然である。

それだけではなかった。


「なっ………剣を、使わないのか?」


実力を示せ、そう言われておきながら、あろうことかハンスは自身の武器をおいた。


「安心して。剣も魔力も使わないし、肉体強化もしないけど………全力で殴るし全力で蹴る。前と違って本気だよ」


「あまり………舐めるなよ‼」


ハンスの態度に、普段は冷静なギフトが感情をあらわにした。

七人でハンスを取り囲む。

そして………。


「「「領域」」」


領域同士潰し合うのではなく、互いにカバーし合う。

リン、イージス、ルクスの三種の防御。

ガイストが魂から意思を引き出し、アストロが意思のみでの魔術行使を可能としその規模も拡大する。

ギフトとアルトは未だ誰にも見せたことのなかった領域を使う。

魔力を増やし、効率を上げ、威力を上げる。

地面にはグリモワールから放たれた無数の半透明な剣が突き刺さり、魔術による支援を行う。

詠唱、陣、刻印、各々の最強を以てしてハンスを仕留にかかる。

そんな殺伐とした雰囲気の七人に囲まれながら、ハンスは身体を伸ばしたりと準備運動をしていた。

深呼吸をして呼吸を整えていく。

数度軽く跳ねた後、風が吹いた。


「うん。師匠と戦ったおかげで動きも結構戻ってる」


平和な世界で、全力で戦うような機会を失い鈍っていた身体が以前の様に動かせるようになっていることに満足そうにつぶやく。


「それじゃあ、君達のタイミングでいいよ」


ハンスは腰を落とし開始を待つ。

魔力が揺れる。

魔術発動の兆し。

意識を集中させる。

魔術発動、戦闘開始。

一瞬の後、戦闘は終了した。

地面に落ちる六人の首、最後に取ったイージスの首を手に持ちハンスは息を切らしながら笑みを浮かべていた。


「勝ったよ、おじいちゃん。全力出すって気持ちいいね」

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