第62話 ガイストvsギフト

「ねぇギフト、僕さぁ……勝ってもいい?」


「ええ、もし負けたのなら、学園一位の座に私が相応しくなかった、弱かっただけの話ですから」


「ふふっ、これも何度目かな。一度も勝てたことないから、いつものように言うよ。今日こそ勝つ」


開始の爆炎が上がる。

いつもとは違う、紅い炎。


「契約執行」


紅き炎はギフトの持つグリモワールを縛る鎖となる。

開けぬ魔導書、解けぬ契約。

ギフトは今、ただの魔術師となった。


「悪いね、グリモワールの相手は僕には務まらない」


咄嗟の魔術は意味をなさない。

事前の準備がものをいう。


「心此処に在らず」


手カメラでギフトを捉える。

それは数多の精神系魔術師が行使する魔術とは根本から異なる魔術。

心を惑わすのではなく、心を抜く魔術。

心を、意思を抜けば身体は動かない。


「巡れ」


ガイストの攻撃魔術、ギリギリで意識を取り戻したギフトはすぐさま胸を叩く。

左腕を痛みが駆ける。

そして左手の先が爆発した。


「グリモワールを縛る魔術とは、よく作り上げたものです。驚きました。左腕は動きますが、左手には感覚がありません」


「魔導書抜きでこれか、勝てるか怪しいな」


ギフトの右腕に刻まれた刻印が光だす。

腰のあたりから尾の様に四つの炎が伸びる。


「うねり」


炎の尾は巨大な口で呑み込むようにガイストに迫る。


「ちょっと待ってよ。単純な戦いは僕弱いんだけど」


がむしゃらに走り、がむしゃらに跳び、どうにかこうにか炎を避ける。

精神系魔術の使い手、精神系魔術くらいしか取り柄が無く、攻撃魔術さえも精神に起因するもの。

どうしようもないほどに戦闘に不向きであった。


勝てない。

どうやっても勝てない。

どうしたものか。

いや、どうしようもないか。

運頼みをしようか。


空にナイフを放った。


「一枚絵」


手カメラの中、ギフトの動きが止まる。

動かない、動けない。

意識は、心は、縛られる。

空から落ちてくるナイフが、隙だらけのギフトに……。

ゴウッと火柱が上がりナイフを溶かした。

すぐさま炎はガイストを標的とする。

飛び退き地面に倒れるように避けると転がりながら立ち上がる。


「腕に刻印された炎の術式、指に刻印された尾の術式。指は五本、ならば尾も五本です」


その微笑みからは余裕を感じさせる。


「しかし驚きました。武器を使っているのを見たのは初めてでしたから」


「いい先生を見つけたんだ。戦い方を教えてもらってる。ナイフの扱いや……魔術なんかも」


ガイストの姿が消えた。


「透明化……違いますね。幻術ですか」


「その通りだよ。幻術、僕はまた攻撃の出来ない魔術師として成長してしまった」


まるで反響でもするように位置を掴ませない声。

見えぬ姿に神経を研ぎ澄ませる。

咄嗟に炎の尾で背後を薙ぎ払う。

手応えは無かった。

だが、地面には音を立てて落ちたナイフがあった。


実体……では無いですね。

しかしナイフを持っていた。

はてさてどういった術式なのか。


「見えない、包み隠すことも、そして、見えすぎる、映し出すこともまた幻術である」


明らかにおかしい光景。

ガイストの姿が増えている。

囲うように立っている。

炎の尾で薙ぎ払うもやはり手応えがない。

一人一人、一つ一つしらみつぶしに掻き消していく。

最後の最後まで手応えは無かったが、それでも収穫はあった。

相手の土俵に立っていては埒が明かない。

見えずともそこにいることは事実であり、であるなら、まとめて攻撃すればいいだけの事。

ガイストの持つ攻撃魔術はギフトの左手を爆発させたもののみであり、それ以外の攻撃魔術はさほど警戒する必要はない。

才能が偏り過ぎた結果である。

そして攻撃方法が一つしかないのなら、それを警戒するのは当然のことで、ギフトは始めから、左腕を犠牲にガイストの攻撃を凌ぐ気でいた。

始めから犠牲にする、計画されたものである以上、そこに無駄は無い。


かいな


傷だらけの腕が燃えがる。

肉体の一部を代償とする魔術。

左腕一つで二つの結果を手繰り寄せる。


炎浄えんじょう


炎は霧のように闘技場内に広がる。

それは浄化の炎。

魔術も、人も、燃やし尽くす大魔術であった。


「僕の攻撃を左腕で受けて、使えない左腕は代償とする。無駄は無いけどありきたりだね。僕は君に幾度となく敗北してる。そしてその度に強くなってる。わかるかい?僕は気にの予想を超えている」


炎は幻術を燃やし尽くした。

そのはずなのに、ガイストの姿がない。

声だけが聞こえていた。


「心此処に在らずは一時的に心を、意識を奪う魔術。一枚絵は心を縛り付け収めた状態から動けなくする魔術。心自体に干渉する魔術を得意とする僕の幻術が、ただの虚像なはずがないだろう?」


幻術には二種類ある。

存在しないものを見せる、虚像を作りだす魔術。

そして夢幻を見せる、実際には虚像すら作ってはいないにもかかわらずそこに存在すると思わせる魔術。


「ねぇギフト、現実ではなく相手の心に干渉し幻術を見せるっていうのはさぁ、それは最早相手の心を支配した、掌握したと言っても過言じゃないんじゃないかと僕は思うんだ」


それは幻。

それは夢。


「ギフト、君は一体何と戦ってるの?」


闘技場に広がる炎も、燃え上がる左腕の炎も、五つの尾も、消えた。

果たしてどこから幻術であったか。

果たしていつから術中であったか。


「これが僕の世界。これが僕の領域・心理掌握」


「……そうですか」


静かな言葉。

焦りはなく、一定のリズムを崩さない日常の中にいるような声。


「けれど初めから幻術であったというわけではないようですね」


地面に突き刺さる無数の輝く剣。

ギフトの前に浮かぶ開かれた本。

幻術はほどけ現実が暴かれる。


「鎖を破るための魔術は、鎖を解析するための魔術は即座に発動させました。随分と時間がかかりましたが何とか間に合ったようです」


ギフトが出現させた剣がガイストの胸を貫いた。


「わかってない。何もわかってないね。まだここは幻術の中だって気づいたらどうだい?」


剣に貫かれたガイストの身体は霧となり消える。


「どうやら一枚絵の部分までは現実だったようですね。尾を隠し、魔術を隠し、さも初めから幻術の中で会ったかのように演出していましたがもう通用しませんよ。既にここは私が仕切っている」


まるで円を描くように地面に無数の剣が突き刺さった。

剣一つ一つが別々の魔術を発動する。

それは霧を払い幻術を払い魔術を払う。

グリモワールとは持ち主を守護する性質を持つ。

鎖が、炎の契約が破られた時点で幻術は意味をなさなく、ガイストの敗北は決定していた。


「さすが、本当に流石だよギフト」


拍手をしながら姿を現すガイストは優し気に微笑んでいた。


「来年僕はこの大会に参加するつもりはない。どうしても参加しなければならなかったとしてもすぐに棄権するつもりでいる。これが僕の公式での最後の君との戦いだ。だから誰にも一度だって見せたことのない魔術を此処で見せよう」


突然距離を詰められた。

グリモワールの守護を、ギフトの警戒を、簡単にすり抜けた。



肩に触れられて初めて気付く。


「さっき領域と言ったけれどあれは嘘なんだ。僕の領域は別にある」


ギフトの胸に手を触れる。


「魔力濃度の濃い場所に長く置かれた本がグリモワールになる。そしてグリモワールには意思まで生まれてしまうそうだ」


優しげな声、だというのに人を恐れさせるような声。

まるで別人のようだった。


「これが僕の本来の力———領域・真理掌握」


静かに、そして流れの動作の中で、ギフトは抜け殻となった。


「僕の魔術が掌握するのは心理じゃない、真理だ。心ではなく魂を支配する事こそ僕の魔術だ。強過ぎる力は自分にさえも害をなす。領域を展開すると魂が少し変異する。だからこうして……君を…………あぁ、僕はなんてことを……………」


彼を、殺してしまった。


「勝者………学園七位ガイスト‼」


勝利の喜びは無かった。

唯々、心にぽっかりと穴が開いて……その時突然耳元で声がした。

否、それは頭の中に直接響いていた。


《安心せよ。この国で誰かが悲しむような事、我がさせぬ》


立ったまま死んでいた、魂を失いただ一人蘇生の魔術を使える学園長でさえも蘇生できない状態の少年を、不可視の者はいとも容易く生き返らせて見せた。


ほんの数秒ではあるが、冥府の神々に許された俺の死者蘇生。

間に合ったようで良かった。

この国に悲劇は要らぬ。

怪我も病気もない、天寿を全うするまで死ぬことを俺は許さぬ。

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