第60話 イフvsリン

「どうだ、私に勝てるビジョンは見えたかい?」


「残念ながら勝てると言い切れるほどのものはありません」



戦いの前の軽い談笑。

しかし、気を抜けば殺されると思ってしまうほどの鋭い殺気が放たれている。

その笑顔の裏に隠された見えない牙に戦慄する。

炎は二人の中間で爆発する。

開始の合図。

足下に陣を展開し魔術を発動させる。

左腕を覆う様に氷の籠手が作り出す。

爆発の中を疾風の如く駆け抜け、イフを殴った。

作り出した籠手で拳を受け止め狙い通り吹き飛ばされ距離を取る。

しかしリンの速度はその上を往く。

吹き飛ばされるイフよりも早く駆け、追撃を繰り返す。

遂に背が壁に触れた。

終着点、これ以上後ろは無く、もはや殴られ続けるだけ。

だが、ここでリンの動きが止まった。

腕に、足に、身体に鎖巻き付いている。

地面に描かれた無数の陣から延びる鎖。

力任せに引きちぎり、砕き、捕えることは出来なかった。

だが、イフが反対側まで回る、距離を取るだけの時間は出来た。


「残念。仕留めそこなった」


「仕留める気があるようには感じませんでしたよ」


これが生徒会か。


「相手の全てを正面から打ち砕く。それが貴方の強さなのでしょう?」


「あぁ、その通りだ。君は罠でも何でも使えばいい。私はその悉くを打ち砕こう」


空気が変わる。

リンは魔術を発動させた。

肉体強化、ただそれだけ。

だというのに、それこそ空気の流れさえも変えるが如き存在感を放つ。


魔術を使うだけで世界が変わるというが、それは使い手の価値観の変化をいうものだろう。

他者が感じ取る変化はもはや一種の魔術と言っても過言ではない。

わかってはいたが、勝ち目が薄いな。


「———領域・零界」


曇った空からしんしんと雪が降りだし……止まった。

イフが一歩踏み出すと、その足元から地面を氷が広がっていく。

否、地面から氷が飛び出した。

それはまるで波をそのまま凍らせたような代物。

先は鋭く尖りリンの身体を刺し貫く。

腕を貫き血が滴る。

だが、そこで止まった。


「想像以上に君は強い」


数歩下がり腕を貫く氷を抜く。

穴の開いた腕から氷の先にいるイフへと視線を戻す。

拳を握り一歩の助走と共に衝撃を伴う一撃を氷に放った。

それは大地を揺らすが如き轟音を響かせるがひびを入れることすら叶わず、その手に傷を増やすだけとなる。


「不壊。いや、不変か。君の氷は砕くことも溶かすことも出来ない。それがこの領域の力」


理解と同時、リンは笑った。


「私を前に不壊とは面白い。イージスとも違う護り。いいだろう……学園最強の矛を見せてやる」


風?

違う。

不変たるこの領域に風は吹かない。

まだ未完成故音と光だけは変化するが、それ以外の全てが不変だ。

ならばこれは、命あるものに備わった本能。

危険を報せる警告。

物理的なものではない心理的な予感。

領域内に張り巡らした細い細い糸は何者も私の元へと近付かせない。

攻めに転じることが出来ないのが欠点だが、リン先輩は近付くしかない。

ただ歩くだけで肌に食い込み切り裂く糸の張り巡らされたこの場所まで。


「道を知らず、先を知らず、終わりを知らない」


それは詠唱。

誰も知らない、リンが初めて使う魔術。


「道筋は既に決められている。さだめられ、さだめられ、運命さだめられし未知を知るは天のみである」


つい咄嗟に天を見上げる。

そうさせるほどの気迫。


「その道に終わりがないのなら、我は永遠に進み続けよう」


詠唱の終わり。

魔術が発動する。


「———天道」


見えてはいた。

だが、反応できるような速度ではなかった。

突然イフの身体は倒れる。

リンの放った拳に耐えきれず胴体の大部分を欠損し上半身と下半身がわかれ床に伏す。

意識だけはまだあり、理解しきれない事象を理解しようと頭を回転させる。


「私の天道は定められた道を外れず進み続けている間だけ発動する肉体強化の魔術」


イフを見下ろし話す。

降る雪が動き始め氷は崩れていく。


「初めに定められた道から外れれば強化の魔術は消える。戻っても止まっても魔術は消える」


薄れゆく意識にリンの言葉が刻み付けられる。


「君の領域は、君の戦い方は、受動的過ぎる。相手に好き勝手させるような戦いは挑戦者のものではないよ」




「勝者……学園三位リン!!」


勝者のコールと共に歓声が闘技場内に響き渡った。

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