第52話 巫術廉
「貴様の正体はわかった」
闘技場の控室。
優勝トロフィーを抱えるアーテルが向かいに座るトーカを見つめる。
「ヒント、あげ過ぎたかねぇ」
「あぁ、あれだけの情報があれば誰でもわかる。むしろ今まで気付かなかったのが馬鹿らしいほどだ」
いつもとは違った雰囲気のアーテルにトーカは安心したように笑う。
「俺の正体、聞かせてみろよ」
「トーカ、君の正体は……
アーテルの言葉を聞くとトーカは幻覚を解く。
「正解だ」
「ならもう他の奴らも割れる。お前の弟は巫きくの。ブラッディメアリーは吸血鬼カラミティ。背後にいるのはアインスだ。そうなると動機は面白そうだからというだけだろう。ただそれだけで行動するような者達ばかりだからな」
「まぁ確かにその通りだな。面白そうなら動いちまう。人間そういうもんさ。俺達は出来ることの幅が広かっただけだ。しかし、全部バレた訳だがどうするんかねぇ」
「あら、バレたのは貴方だけでしょう?」
「なに?」
天井から聞こえる声にトーカは聞き返す。
「だってわたくし……カラミティという方を存じ上げませんわ」
天井をすり抜け降りてくる少女の顔を見つめる。
どうしてだ。
なぜ、偽装も、嘘も映らない。
俺の神眼は先の死を以て完成した。
だというのになぜだ。
それでは、この少女が、ブラッディメアリーが、カラミティではないことになってしまう。
「何の冗談だカラミティ」
全くもって伝えられていない作戦に、トーカも困惑し苦笑いを浮かべる。
「あの、ですから、わたくしの事をカラミティと、別の方の名前で呼ばないでくださらない。わたくしはメアリーですのよ。他の誰でもない、ブラッディメアリーですの。わたくしを透かして他の誰かを見るだなんて失礼極まりないですわ」
不服そうな顔をしてつらつらと言葉を並べるメアリーに、トーカは目を丸くする。
「おいおいアーテルさんよぉ、俺の神眼が狂ってなけりゃ、ホントの事を言ってるようなんだが」
「あぁ、そのようだな。俺としても困惑している」
「…………成程アインス、そういうことをするわけか。よりにもよって俺に。ならもう……裏切らせてもらおうか」
トーカの言葉にメアリーは紅い色をした剣を作り構えた。
「その言葉を訂正する気は?」
「無いな」
「でしたら、此処で死になさい」
メアリーはトーカに向かい問答無用で剣を振るう。
そこには明確な殺意が込められていた。
トーカもすぐさま刀を作りだし、ぶつけ合わせる。
剣技においてトーカはメアリーの上をいく。
一瞬にして右腕を、そして両足までも斬り落とす。
だが、トーカは突如血を吐き出した。
腹からは臓物を零し、膝から崩れ落ちる。
どうにかメアリーの胸に刀を刺すが、同時に両目を斬られ視界を奪われる。
そして刀から手を放すと、見えない目でメアリーの背後に立つアーテルに目配せした。
咄嗟に、突き出た刀の切っ先を指で挟み無理やりに引き抜くと、流れるように刀を握り、そのままメアリーを肩から斜めに両断した。
床に落ち、動かなくなるメアリーからトーカへと視線を移す。
「これでよかったのか?」
「勿論だ。彼、いや彼女だろうか。ともかく彼女が部外者であることは確かだ。なら、殺しても何ら問題はなく、むしろ殺した方がいいくらいだ」
未だ目は斬られたままで、時折血を吐いていながら、楽し気に笑って話す
「これで晴れて裏切り者だ。これからよろしくなぁ、アーテル」
「おや、おかえりアーテル。トロフィーを持っているということは、優勝できたようだな。おめでとう」
修練場の中に入ると、アルトが勝利を祝福する。
「思っていたよりは、簡単に勝てた」
アーテルの言葉にクスリと笑うアルトとメイガスだが、すぐに表情を強張らせる。
「おいおいアーテル、俺にボコボコにされたってのに、楽勝ってことはないだろう」
突然アーテルの隣に現れ、肩に手を回す男がいた。
「何を言っている?君は俺に完敗したじゃないか」
当然のように会話をするアーテルに警戒は解かないままに問いかける。
「アーテル、彼は一体何者だ?」
アルトたちにはわからない、わかるはずがなかった。
何せ今までとは違い幻覚を用いていなかったから。
認識できなかった最も重要な顔を認識できているからこそ、何者であるかがわからない。
「俺か?俺はトーカだ。こっちに付くことにしたから、これからよろしくな」
「……アーテル、彼は信用に足る人物か?」
「いいや、信用も信頼もできない。だけど、有用な人物ではある。俺は必要だと考えて連れてきた」
「そうか、なら問題はない」
そう言ってアルトたちは警戒を解いた。
「な、おいおいアーテル、お前どんだけ信頼されてるんだよ。俺のこと信頼してくれる奴なんて、アインスくらいなもんだ」
「アインスがしているのは利用だろう?」
「それもそうだな」
「…………おじさんの、知り合いなの?」
奥からぽつぽつと歩いてくる少年に、トーカは目を細める。
「……ボウズ、眼を見せてみろ」
「ん」
アストロの瞳をしばらく見つめると、トーカは頭を撫でた。
「ふざけやがって。俺らの親とは真逆の野郎だが、腹立つのは変わんねぇのな」
トーカが何を見たかはわからないが、怒りを覚えるような内容であったのは確かであった。
殺気で空気をぴりつかせ、周りの人間は後退りをする。
ただ一人アーテルだけが近づいていき方を叩いた。
「よせ、怒っても何も変わらん。今は抑えろ」
「わかってる。いつかぶん殴る」
「その時は同行しよう。だから今は……」
二人の間に光が差す。
いつの間にか握られた刀が差す先には、体育祭中にアーテルを襲った男の姿があった。
「二人で奴を倒す」
「……おいきくの、俺に刃向けるってのがどういうことかわかってるのか?」
「ふふっふはっあはっ、裏切り者は斬っていいんだよぉ、知らないのぉ?あれ、もしかして僕に対しての質問じゃなかった?だって僕、きくのってのじゃないもん。ふふふ、あはっあはっ」
耳障りな甲高い声、腹の立つ喋り方。
それがどうにもおかしかった。
おかしかったはずなのに。
「嘘も演技もない」
「あぁ、紛れもなく狂っている」
「仕方ない。仕方ないさ。過保護な兄貴はもうやめだ。いい加減鬱陶しいとも言われてたしなぁ……ここで、奴を殺す」
「いいんだな?」
「…………あぁ、殺して構わん。むしろ俺の手が鈍らんともわからないからお前の手で頼む」
「可能なら」
狂気に満ちた男との戦いが始まる。
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