第48話 vsイフ

闘技場、既にイフは向かい袖で入場を待っている。


気が早いな。


ふと緩む頬が今は心地良い。

今はもう感情有りで楽しむと決めているから。

フードを深くかぶり、アーテルは意識を集中する。

身体を流れる魔力を認識し、周囲の魔力までも支配する。

入場の案内に従い、闘技場の中へ入っていく。


この後にはトーカとの戦いが控えている。

手の内は出来るだけ明かさない方がいい。

だけど……最高に楽しんで全部勝つんだ。

手の内隠すなんて考えながら戦ってたまるか。


向かいに立つイフと、微笑みを交わす。


あぁ、視界が広い、周りが良く見える。

今まで、どれだけ酷かったのかがわかりやすいな。

周りをちゃんと感じられる。

人の声も、人の表情も、感情も、魔力も、全部感じ取れている。

あぁ、最高だ。


「さぁ、戦おうか。生憎と曇り空だが、全て出し切って、俺を楽しませてくれ」


「勿論、君の期待くらいは軽く超えてやるとも」


闘技場中央で開始の合図である爆発が起こる。

爆炎をかき分けるようにしてアーテルは速攻を仕掛ける。


俺の試合を見ているのなら、対策はしているはずだ。

果たして如何な対策を、如何な罠を張っているのか、見せてみろ。


距離を詰めたアーテルはイフの身体を蹴り飛ばした。


一瞬の時間稼ぎの為に発動の早い多重結界を張る。

稼いだ時間でなんとか岩の壁を間に合わせた。

まぁ、たかだか十センチ程度の岩壁で俺の蹴りを受け止められるわけがないが、ここでイフが終わる筈もない。


壁に激突し砂煙が上がる。

中から陣が覗いていた。


俺の蹴りは止められないが、蹴られた後の衝撃くらいなら結界でどうとでもなるか。

吹き飛ばされながら魔術を発動させる冷静さ、その上魔術の行使も早い。

だが、トーカほどではない。

アルト先輩やアストロの方がずっと早く、ずっと強い。

その差を君はどう埋める?


「……領域、展開」


足下に巨大な陣が描かれ、氷で作られた領域が広がる。


生徒会と肩を並べるんだ、これくらいはなぁ。


「天地無双」


肌に冷たい水が触れる。

ぽつぽつと、空から降ってくる。


これは雨?

いや、それどころではないな。


「吹雪とは、面白いことをする」


闘技場内は極寒へと変わる。

降る雨は、雪へ、霰へ。

暴風に煽られ、霰はアーテルを襲う。


体育祭なれば、無論晴れが好ましいだろう。

そして王様なら、天候くらい自在操れるだろう。

今日の天気の悪さ、随分と前から仕組んでいたな。

学園長通して相手が王様と知っていたかは何にせよ交渉し、雨、それも大雨という好条件を手にした。

そしてこの広範囲を覆う大規模な魔術。

限定すれば、魔術の出力は上がる。

数日か、数週間か、ずっとずっとこの辺りを歩いて回り、頭の中に寸分違わず記憶したのだろう。

俺が触れることができないよう、空高くと、闘技場の外側の気温だけを異常なほどに下げている。

内側もそれに伴い冷えていけば、極寒世界へと早変わりだ。


闘技場の外側から、氷で作られた槍がアーテル目掛け飛来する。


そ自然の雨水を集め、冷やし凍らせ、俺目掛けて射出する。

気温を下げる魔術と俺に向けて飛ばす魔術の二種しか使っていない為、触れて魔力を奪ったところで飛来する氷が多少減速するだけ。

それもすでに触れている状態から減速を始められても意味がない。

魔術で造った剣は消せるが、鉄を打って造られた剣は消せない。

よく俺の力を理解し、俺の対策を万全に行っている。

だが、対策した程度で勝てるほど、賢者アルバは甘くない。


飛来する氷を、アーテルは蹴り砕いた。


流石だ。

俺が触れる前に魔術を解除し魔力を手に入れられなくしている。

だが、今の俺は辺りを漂う魔術行使後の残りかすも使える。

塵も積もれば山となる、時間はかかるがこのまま攻撃を続ければ俺は攻撃に転じられるぞ


その時、見慣れぬ陣が展開された。

イフは陣に手を向け、何かを掴むと引き抜いた。


「此処に来て剣か‼」


しかし今のは召還魔術か?

教科書にその魔術の記載は無かったはず。

図書室……図書館……あったな。

二冊だけ、ほぼ唯の伝承とも言えるような上下巻があったな。

中身は確か……異世界で読んだ異世界物のライトノベル?を参考にした召還術の実験についてだったか。

いつの書物かは知らないが、創作物をもとに実現させるとは、とんでもない天才がいたのだな。

しかしあの剣、俺との戦いで使うということは魔術とは関係の無い正真正銘唯の剣か。

もしそうだとすれば、本当によく俺の対策をしている。


宙に幾つもの陣が描かれ、中から剣が出てくる。


これだけの数、よく用意したものだ。

そして金属の剣ともなると、幾らなんでも右足でしか折れそうにない。

避けられるような生ぬるい攻撃などするはずがない。

ならもう、心もとないが今の状態で攻めるほかに道は無い。


アーテルは地を蹴り駆けだした。

イフが展開した氷の領域の中。

動きにくい領域の中を出来る限り早く。

姿勢は低く、出来る限り避けられるように。

避けられる攻撃なんてあるとは思えないけれど、それでも避けられるように。

走る中、身体が一瞬宙を浮く。

その瞬間を狙い飛来する剣を頭上に感じる。

避けたところで間に合わない。

右脚を指だけでもと地面に触れさせ力いっぱいに蹴る。

身体を回転させ仰向けへと変わり、迫る剣をイフに向かって蹴り飛ばす。

空中で、目で追った剣は陣の中へと呑まれていった。


そりゃ利用された時のことも考えてるか。


咄嗟の動きで背中から地面に落ちるアーテルだが、すぐさま体勢を立て直す。

複数の剣が、死へと誘導する。

避けども避けども、その先には最も避け辛い一撃が待つ。

その一撃さえアーテルは逸らしてみせる。

あわよくば、剣を奪えないかと試してみるも手は届かず、剣は陣の中へと呑み込まれていく。


厄介な。

だが、ギリギリではあったが魔術は視認した。

術式は紐解いた。

イフは限定することで魔術の効果を増している。

故にあの陣では剣しか呑み込めないはず。


「……模倣」


地面を転がる砕氷を握りイフに向かって打ち出した。


限定しなければならない魔術なら、臨機応変に対応は出来ない。

さぁ、結界で氷を防ぎ攻撃に脳を回せなくなっちまえ。

…………待て、まさか。


イフは一切避けなかった。

身体を貫く氷を、歯を食いしばり耐える。


攻撃の手を緩めないために、結界を張らず耐えたというのか?

その表情を、その肉体の反応を見ればわかる。

痛いだろう、苦しいだろう。

だというのに耐えることを選ぶのか。

魔力の無い不出来な魔術師を相手に、そこまでするのか。

俺はこの領域の中で満足に行動できない。

降り注ぐ剣も、交ざる氷も、背後で鳴り響く雷も、俺は避けることができない。

あぁ、なんて…………。


「楽しいんだろう」


アーテルは笑みを浮かべた。


「肉体強化」


アーテルはここまで使ってこなかった魔術を初めて使った。

右脚から魔力が全身へと流れていく。

アーテルは激しい痛みと共に吐血し血涙を流す。


魔力の無い体に無理やり魔力を流すのだ、当然こうなるよな。

だけど、イフも血を流し耐えたのだ、ならば俺も応えなくては。


身体を内側から食い破られるような感覚を耐えながら、アーテルは笑ってみせる。

そして肉体強化発動と同時、迫る攻撃を全て弾き飛ばした。

立ち止まるアーテルの纏う空気は、今までとはまるで違う。

試合ではなく殺し合いであると理解させる。

汗が頬を伝う。

息が詰まる。

今はその笑みが恐ろしかった。


あぁ、痛いなぁ。

けれど、懐かしい。

この痛みが、この苦しみが、何者でもなかった男が何者かになるまでの戦いの中で幾度となく味わった過ぎた力の代償。

これこそが戦いだ、これこそが殺し合いだ。

あぁ、やっぱり駄目だな。

平和は似合わない。

だって、今がこんなにも楽しいんだから。


より一層笑みを深め、アーテルは地面を踏みしめる。

身体から血が流れ落ちるが、そんなことを気に掛けない。

地面を蹴り、アーテルは駆ける。

その脚力を前に後方に割れた地面が吹き飛んでいく。

怯えている場合では無いと身を奮い立たせ魔術を行使するイフだが、避けられるはずがない複数の剣による誘導と連携は、肉体強化を行ったアーテルの異常なほどの身体能力を前に通用しない。

取り囲むように放つ同時攻撃も身体を回転させ隙間を縫う様に抜けられる。

そして遂にアーテルの蹴りがイフに当たる。

そのまま壁に蹴りつけ、イフの胸に足を押し当てる。


「ようやく、ここまで来た」


「私は…………こうなることも予想していた」


イフは諦めてなどいなかった。

背後から放たれるは電撃。

アーテルが魔力とし奪うよりも速いために対処できないアーテルの弱点。

電撃はアーテルの胸を貫き、服に紅い血を滲ませる。

俯き大量の血を吐き崩れそうになりながらも、脚に体重を掛け耐える。

そして顔を上げると、鼻で笑った。


「悪いが、俺の勝ちだ」


胸元では速過ぎるために対処できなかった電撃が掴まれていた。


「電撃もなぁ、胸に穴開ける程度には物理的接触が出来るんだわ。じゃあ、お前の渾身の一撃、俺が魔力としてもらってやる」


消える電撃、驚き呆然とするイフは宙に放られ、頭より高く、天に向けて放たれたアーテルの蹴りに触れ、巨大な爆発に呑み込まれた。


「一応、派手に勝たなきゃな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る