第47話 思惑

学年順位五位ラン。

一回戦を勝ち上がり二回戦第一試合の開始を待つ。


「まだ待たなきゃなのか?」


対戦相手のアーテルが未だに来ず、苛立っていた。


「学園長がまだ待てと言って…………どうやら来たようだ」


審判役の教師の頭に学園長からの言葉が流れ込む。


《観客の気はそう長くない。着地と同時に開始の合図を鳴らせ》


了解いたしました。


教師は火の玉をその場に残し離れていく。

見上げると、天からアーテルが降ってきた。

着地と同時、火の玉が爆発し開始を知らせる。

爆発から一瞬遅れて闘技場内の壁が崩れた。

砂煙の中、ランが壁の下で倒れている。

ピクリと身体を震わせ、血を吐くと身体を起き上がらせる。


手応え的に内臓はかなりぐちゃぐちゃだと思うが、まだ生きているようだな。

良かった、今ので終わっては派手さに欠けると思っていたのだ、っと……。


ランは一度立ちあがるが、足下がおぼつかないままにその場で倒れ気絶した。


「残念終わりか。まぁ、今の蹴りを耐えろなんて言うつもりもないが、もう少し戦いたかったな」


アーテルは勝利のコールを聞き、闘技場を後にする。


どうせなら、闘技場から出ておいた方がいいだろう。

ここにいては……。


背後から迫る刃をアーテルは地面に叩き落す。

足で刀を踏み、相手の動きを止める。


「俺はもう十分強い。これ以上殺しに来るようなら、俺がお前を殺すぞ」


仮面の男を睨む。


「……いいねぇ。そうでなくっちゃ、君はやっぱり殺気が似合う。ちゃんと戦う気になったのなら、ちゃんと殺す気になったのなら、君に手を出す理由もないよ」


「なら、さっさと失せろ」


「あぁ、そうさせてもらう。じゃあね」


刀を消し、アーテルの前から立ち去る。


「……いつまで見てるつもりだ、トーカ」


「おや、バレていたのか。でどうだ、俺の弟は」


屋根から飛び降りトーカは当然の様に会話を始める。


「強いよ。少なくとも君よりも戦いづらい」


「そりゃそうだ。俺よりもずっと強いから、小細工も必要ない。純粋な力勝負は簡単に覆らないからな」


トーカは自慢げに笑うと靄となり消えた。


「……まったく、次から次に。今度は誰だ?俺はもう調整に入りたいんだが」


「はっはっは、そう言わないでくれ。わしはただ伝言を頼まれただけじゃ」


物陰から優しそうな老人が現れる。

老人を見るや否や、アーテルは咄嗟に距離を取った。


待て待て待て待て、強すぎる。

トーカ達とは別物だ

アルバでも勝てる気がしないぞ。


「そう警戒するでない。言っただろう、わしはただの伝言役じゃ」


この出鱈目を伝言役に任命するような阿呆……成程王様か。


「それで、俺に何の用だ?あんたみたいなのに伝言を頼むような事態、あまり巻き込まれたくはないんだが」


「巻き込むようなことじゃない。ただ、わしにしか君への伝言は出来なかったというだけだ」


老人は咳払いをして、アーテルに言葉を伝える。


「そう面倒なことは無い。『果たして臨んだものかはわからないが、今しかない平和なひと時を、楽しんでいってくれ』とのことじゃ」


「……あんたは、それだけの為にここに来たのか?」


それは何でもない、本当にただの言葉だった。

とてつもない強さを持つ者がただの伝言で、それも何ら緊急性もなく重要でもない。

何でもない言葉の為にここに現れた。


「あぁ、今ので全てじゃ。それになぁ、子に楽しめというのは、当然の事じゃろう」


「そっか……なら安心してくれ。俺結構楽しんでるから。俺さぁ、戦うの好きみたいだ、強くなるの好きみたいだ、勝利するの好きみたいだ。だから、ここから先はもっと楽しくなる。戦って強くなって勝利する。一度だって負けやしない」


アーテルはニッと笑った。


「……笑えるのなら、それ以上の事は無い。わしはもう行く」


「おう、それじゃあな爺さん」


老人はその場から消えた。


「隠す気もない転移か。まぁ、正体は語れないが匂わせるくらいはしなくてはか。面倒な関係だな」


闘技場から歓声が聞こえてくる。

勝敗が決したらしい。

中に入ってみれば、闘技場内にディアナの身体が転がっている。

それはもう綺麗な状態で、まるで生きているように。


残念、イフの戦闘もトーカの戦闘も見れなかったか。

まぁ、見れなかったからといって勝敗は変わらないが。


壁に寄りかかり溜息を吐く。


これはウラノスが俺の魂に居座っていたころの名残かね。

ディアナ……月の一族が傷付いている姿を見ると無性に腹が立つのは。

俄然やる気になったのは事実だ。

さぁ、優勝目指そうか。


此処からの勝負に備え、アーテルは魔術礼装を身に着け袖に控える。




「乃神、言われた通り伝えたぞ」


老人は幕の裏から闘技場を眺める少年に声をかける。


「おう、ありがとな。さて……俺は既に行動した。取引、破棄するんじゃねぇぞ」


指で駒を弄びながら少年は笑みを浮かべた。




「ッだぁもうふざけた取引持ち掛けやがって。こっちの計画が一気に狂った。学園入学から六年掛けて作り上げた人間関係を、日常を、全て壊してやろうと思ってたのに」


窓の無い部屋で男は一人ベッドに寝転び駒を壁に投げる。


「十年以上の歳月を掛けた俺の嫌がらせが、力を巡った国家間の戦争でご破算?そんなんなってたまるか。だったら戦争の方をぶち壊してやる。搔き乱すだけ搔き乱して、俺の一人勝ちだ」


男は起き上がり盤上の駒を指で倒した。

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