第31話 アルト
勝利したのはアルトであった。
後半につれ力の差は開いていき、最終的には圧勝とも呼べるほどのものだった。
だが、戦いが終わったあとのアルトは唇を噛み、心底悔しそうに、信じられないとでも言いたげな表情をしていた。
対してアストロは何処までも楽しそうに笑っていた。
勝敗が逆だったのではとでも思えるほどの反応の差であった。
「すごい、すごいよ。おじさんはやっぱりすごいよ」
アストロはアーテルに抱き着きながら笑う。
抱き着かれたままにアーテルはアルトに声をかけた。
「どうだった?」
と一言だけ。
アルトは肩を跳ねさせ、振り返ると、アーテルを睨んだ。
「俺は負けない」
随分早いな。
しばらくは思い悩んでアストロを追う側になると思っていたが、これなら先を往き続けてくれそうだ。
後は……。
「アストロ、授業に出ろ」
「なんで?意味無いよ」
「術式を理解し扱うためには基礎から積み重ねなければならない」
「だったらおじさんが教えてよ」
「俺に頼りすぎるな。俺に依存するな。もう十五才だろう、自分で考えることをしてみろ」
「僕を一人にしないで」
「授業はクラスごと、使える属性ごと、系統ごとで別々だ。それにそもそも俺とお前は学年が違うだろう」
アストロは目を丸くした。
「……忘れてたのか」
「いつも同じ授業にいたから」
「お前が勝手に侵入していただけだ」
「でも、一人にしないって」
「授業が終わったらここで自学だ。俺もずっとここにいる予定だから、それでいいだろう?」
「……わかった」
嫌々という感じではあったが、アストロは納得して頷いた。
「先生、魔術礼装の作成を手伝ってください」
「な、まだ作るのか?」
「それはそうですが、魔力が欲しいだけなので、俺に魔力を下さい」
「……お前はなんというか、人の扱いが雑だな」
メイガスはそう言いながらも、好きに使えとアーテルに手を差し出した。
「ありがとうございます」
お礼を言い魔力を受け取ると、身体を経由して杖へ魔力を流し込んだ。
魔力を補充した杖を放り投げる。
杖は回転しながら、ちょうど先端部分を下にして地面に刺さった。
杖は地面に呑み込まれるように消えて行き、代わりに陣が浮かび上がった。
陣の中心にアストロが立つと、陣が光り輝く。
そして、アーテルの服装が変わった。
「ローブ?」
「えぇ、魔術師らしいでしょう?」
メイガスの言葉に興味なさげに答えた。
「まだ、魔力が溜められていないので少し硬い服でしかないですが、いずれ魔術を行使できるようになります」
「溜めるのにはどれくらいの時間がかかる」
「一年くらいです」
「そんなに溜められるのか?」
「俺の魔力しか受け付けないうえに、俺の魔力回復が遅いせいで無駄に時間がかかっているだけです」
「だったら杖の方が良かったのでは?」
溜めきるまで一年近く。
それまでの間に戦闘を行えばさらに期間は長くなる。
ならば、他者の魔力で溜めることの出来る杖の方が利便性に富んでいるように感じた。
「容量を増やして、さらに容量の多い魔術礼装を作る。並の魔術師くらいの魔力を手に入れるとなると、俺の場合はこれが一番短いんですよ」
「お前の知識があればどうにかできると思ったのだが」
「残念ながらできるのはズルだけ。それは不正であり、作れるものは不完全なもの。魔術も結局は組み立てて行うもの、組み立てても作れないものはどうあっても作れません。無いものを作るのはもう、ただの新発見です」
魔術師にとっての常識だが、アーテルの知識の中に可能にするものがあるのではと思ったが、可能であれば既に実行しているのがアーテルという男であった。
「ただ、もっとたくさんの魔力があればできないことも無いです」
「それは……」
「アストロにやらせた術式の破棄です。あの方法なら、随分と長ったらしく、そして今よりもずっと多くの魔力を消費して作ることが出来ます。まぁ、俺にそんな魔力は無いので出来ませんが」
方法はある、私の疑問に答えてくれたのか。
なんというか、私には甘いのだな。
「なにか?」
「いいや、なにも」
そうして今日の特別授業は終わった。
あまり授業と呼べるものでは無いが、授業であることに変わりは無く、これでアーテルとアストロの二人は学園長に呼び出されるようなこともなくなった。
だがアーテルの方は学園長のもとへ行き、過去の教材をもらえないかとお願いをしていたが。
そして翌日、無事手に入れることの出来た教材をアストロへ渡す。
渋々している勉強の追加であり、アーテルからの贈り物でもあるということで、かなり複雑そうな心境でアストロが受け取っていた。
アストロは始めは嫌々であったが、理解することを楽しく思い、徐々にのめり込んでいった。
同じ修練場内、アストロに勉学に励むよう言っていたアーテルは、力を抜きながら立っていた。
「師匠、あれなにやってるんです?」
「瞑想だそうだ。あれで魔力の回復が早まるらしい」
立ったまま動かないアーテルを、訝しげに見つめる。
「しかしあれ、やめて欲しいですね」
「そうだな。どうにも落ち着かない。魔力がざわついて仕方ない。こんなの初めてで、気持ちが悪い。いったいどこでこんなやり方を学ぶのか」
普段なら反応するであろうアーテルだったが、集中していて聞こえていないのか、聞こえているが無視していたのか、どちらにせよ全く反応しない。
「結局のところ、強くなるための修練を授業としたが、今はもう私たちが何かをする必要は無いな」
「つまり」
「これからはお前専属だ」
「……では、よろしくお願いします、師匠」
皆自由に、別々の修練を始めた。
量、質、速度、余裕など全くない、油断など決してない、魔術の応酬。
アーテルが今までしてきた、今まで見てきたものとは違う、魔術師同士の本来の魔術戦。
どれだけ魔力を消費せずに戦えるか、どれだけ魔力を消費させて戦わせるか。
魔術戦とは基本的に知識の勝負。
圧倒的な魔力量の差が無い限りは、相手よりも魔術を知っている者、理解している者が勝利する。
属性の相性は存在するものの、天才リブが生み出した刻印魔術は全ての属性を扱えるため、魔術の多様化と共に、知識での戦いに拍車をかける形となっていた。
「やっぱり勝てないですね」
アルトが膝をつく、魔力切れ。
「まぁ、まだ負けてやる気は無い。ではこのまま次に移る」
「次?」
「アーテルが言っていただろう。相手の魔術を乗っ取るくらいできなければ勝てないと。お前には今から私の魔術を乗っ取ってもらう」
メイガスは右手の人差し指に刻印された文字を光らせ指の先に火の玉を出現させた。
「最初は私に触れた状態でだ。自分の魔力が無い今なら、普段よりも周囲の魔力を感じられるだろう?」
最初から修練の内容は決まっていた。
アルトの魔力支配の技量上げ。
そして、メイガスは勝たねばならなかった。
アーテルの案を呑むのはアルトにとってあまり好ましくない展開。
だが、師匠が言うのならとそう納得させるためには、ここで勝っておかねばならなかった。
「……わかりました」
それを理解できていたからこそ、アルトは素直に従った。
メイガスの背に触れ、魔力の流れを感じ取る。
流れをを自分の好きに変える。
その難易度を、今にしてようやく理解していた。
これを離れた位置から変える。
ブラッディ・メアリーとはそれほどに強いのか。
そして支配は出来ずとも感じることの出来るアーテルもまた強者。
俺はまだまだ修練が足りないな。
アルトは自身の未熟さを理解し、より一層気合を入れて修練に励んだ。
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