第30話 学園最強の魔術師

さてどうしたものか。

じいさんが俺とアストロの為だけに設けた授業である以上普通ではないことは予想していた。

しかしまさか、学園二位と戦うことになるとはな。

学園最強の魔術師、あれは単なる自称ではない。

学園の上位にいる者は皆特異だ。

近接、防御、速度、精神。

皆何かに特化している。

アストロも星という万能の属性を持ち、ブラッディ・メアリーは圧倒的な魔力支配、学園最強のギフトにはグリモワールがある。

だがこの男はただの魔術師、何かに特化しているわけでも、何か特別なことが出来る訳でもない。

ただの魔術師でありながら、この男は学園二位という座に上り詰めた。

最強の魔術師への対策、そんなものは存在しない。

強いてあげるなら近接戦だが、求められるのはリン先輩以上のもの。

それが二位と三位の間、越えられない壁。

なら仕方ないか。


「アストロ、俺の眼を見ろ」


ほんの数秒目を合わせる。


「出来るか?」


「まかせて」


アストロは笑うとアルトの方へと向きを変える。


「では始めるか」


アルトは凄まじい速度で数十の陣を使い一つの陣を組み立てていく。

陣を完成させ魔術を発動させるとアルトの服装が変化した。


「ほう、魔術礼装か」


魔力の消費量を抑えつつ、魔力の回復速度も早めている。

流石に無限とまではいかないが、厄介であることに変わりはない。

そして、魔術を行使するまでの速度を速めている。

どこまでも魔術師としてか。

それにしても、燕尾服にハーフグローブか、珍しいな。


「なぜあんな服に?動きづらそうだ」


「私の趣味だ」


「そうですか」


聞かなかったことにしよう。


メイガスから目を逸らしアストロとアルトの戦いへと目を向ける。

アルトの手がなぞった位置に次々と陣が現れ、陣をアストロに向けて一列に並べた。

最初の陣から電撃が放たれると、先にある陣をくぐりながらその速度と威力を増大させていった。

咄嗟に避けたアストロの頬を掠めた電撃は、その後方で見ていたアーテルの手にあたった。

アーテルは血が流れ出る右手を見つめる。


……魔力に変換してはみたものの、割に合わないな。


「仮定」


アストロの言葉に、アルトは天を見上げた。

空が映された天井。

だが、何かに見つめられるどころではない、何かに支配されるような感覚に襲われた。


「権限獲得……行使する」


その言葉と同時、地面に巨大な陣が浮かんだ。

それはアルトの描いた対策術式であった。

アストロは先の重力支配を魔術で再現したが。

アルトは既にその対策を完成させていた。

右へ左へ方向を変えるが全てに対応される。


これが学園最強の魔術師か。

リブと同種の天才だが、リブの様に天才アルバと出会えていない。

それでは駄目だ。

その程度では、学園一位に、ギフトには勝てない。

教師役などさせてる場合ではない。

努力をさせなくては、必死の努力を。


アーテルはポケットから取り出したナイフで手を切る。

流れる出る血で地面に陣を描いていく。


「何をしている?」


「単なる真似事です」


「……あぁ、魔術礼装か」


完成に近付く陣を見ただけでその魔術を理解する。


「えぇ。というわけで、この魔術発動させてください」


「どういうわけだ?」


「魔力が足りないので、俺の代わりに発動させてください」


完成した陣を見て危険性の有無を、理解できない部分が無いかの確認をする。


「ふむ……問題は無いと思うが、私がやっていいのか?」


「あぁ、だったら言っておきましょう。それは杖です」


「杖?まぁ了解した」


メイガスは血を一滴陣へと垂らした。

すると陣の内側を煙が覆い、陣の中央に陣と入れ替わるように杖が現れた。


「それで、その杖に一体何の意味がある」


「俺は魔力が足りないせいで魔術が行使できない。ですがアストロの身体を使ってアストロの魔力で魔術を行使することは出来る。つまり、魔力をため込んだ道具を用いれば魔術を使える。この杖は俺が魔術を行使するための道具です」


「それはつまり。お前の持つ魔術の知識を活かせるということか?」


「まさか。保持できる魔力量が少なすぎますよ。バランスの良い攻撃魔術を十数度行使出来る程度の魔力です」


「それは、少ないな」


「えぇ、魔力の少ないものでも数十は行使できます。けれど一度だって出来なかった俺からすれば大きな違いなんですよ」


何十と魔術を行使する者達を相手にアーテルは一度とて魔術を使わずに勝利してきた。

それが今は同じように魔術を使えるようになっている。

他人からすればその程度だが、アーテルからすれば戦い方が無限に広がる大きな変化であった。


「それに普通の魔術師は魔力切れを起こすような魔術は使わないんですよ」


まぁ、そんな魔術を今から使うわけだが。


アーテルは手にした杖をアストロへ向ける。

杖の先に陣が一つ展開される。


《アストロ、聞こえるか?》


《聞こえるよ、おじさん》


《今からお前に俺の知る術式を全て伝える。それがどういった術式かは伝えないから自分で調べるように》


《わかっ、た?》


言葉の意味を理解していないようだったが、それでもよかった。

今はただ、アストロへ術式を伝えるだけ。

杖の先に複数の陣が展開されていく。

それらは重なり合い一つの陣となる。


先のは意思伝達の魔術であったがこれはいったい。

意思、思考に関した術式があるが……駄目だ、私の知らない魔術。


陣が完成しアストロへアーテルの知る術式が流れ込む。

アストロは力が抜けたように膝をついた。

地面に手を付き目を見開く。


「これが……魔術」


さて、お前ならその情報量にも耐えられるはずだ。

数十数百ある異世界に原型は同じとはいえ別の形へと発展していった数多の魔術。

この世界だけでも魔術の歴史は五千年を越える。

さぁ、全知全能の息子、ものにしてみせろ。


「まずは、これ」


アストロの目の前にアストロの身体程の陣が展開される。


「あ」


アストロの身体は驚異的な速度で前進し壁に激突……する直前で止まった。

ぽとりと地面へ落ちる。


「これは、危ない魔術」


呟いてアストロは立ち上がる。

そして次の陣を展開すると、アルトへ向けて行使した。

何が起こるかを瞬時に理解し対策魔術を発動させるが、アストロが一枚上手。

アルトの身体は打ち上げられるように吹き飛ばされた。


「な、違う魔術⁉」


難無く着地してみせるが、アルトは動揺していた。


「アーテル、お前はいったい何をした⁉」


メイガスに詰め寄られるアーテルは、ただ無表情に答えた。


「俺の知識を与えた」


「な、それでは……」


「俺の知識を活用できる魔術師の誕生……なんてことするわけがない。術式の内容は教えていない」


「だから不自然、使いこなせていないのか。しかしなぜそんなことを?」


「アストロは他人に、俺に従うのみで自分で考えることをしない。だから俺からは教えなかった。自分で学ばせるために」


無表情ではあったが、そこには優しさがあった。


それに、今すぐ全て使えるようになってもらっては困る。


アストロの魔術に翻弄されるアルトを見つめる。


アストロは最強の魔術師ではない。

最強の魔術師を追いかける者だ。

さてアルト先輩。

貴方はまだ必死になったことが無いようだから、必死になってもらう。

追いかけられる感覚を、抜かされかねないような感覚を。

さぁ、護ってみせろ、学園最強の魔術師の座を。

必死になれば、ギフトを、グリモワールを越えるのも……夢じゃないのだから。

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