第18話 後日談

アーテルは一人廊下を歩いていた。


やばい、やり過ぎた熱くなり過ぎたどうかしてた。

兄さんと戦えるからってはしゃぎ過ぎだ。


唇を噛み歩く速度を上げる。


剣を持っただけじゃない、剣が持つ力まで使った。

そして溢れた魔力を用いての肉体強化や、剣を使った魔術の発動。

昨日だけでどれだけ見せた。

もう誤魔化しはきかない、普通には戻れない。

はぁ、本当に馬鹿すぎる。


「……ん?」


その時、突然袖を引かれた。

振り返るとそこには少女がいる。


「アーテル、どこ行くの?」


「ディアナ。えっと……ここは、どこだ?」


少女の言葉に周りを見渡すが、自分が今どこにいるのかもよくわからなかった。


「もう。部室に行くわよ」


部室、なのか?


「……わかった」


ディアナに手を引かれるままに歩き出した。




扉を開けると、中にはすでに全員が集まっていた。


「あ、先輩」


「よっ」


一学年達の中に、ルクスは当然の様に混ざっていた。


「もしかして暇なんです?」


「時間に追われる学生の方が珍しいだろ」


「生徒会とか」


「あーそういうことなら忙しいぞ」


ルクスはそう言うと、分厚い紙束を取り出した。


「なんだそれ?」


「生徒一人一人の情報だ」


「見せて大丈夫なものなのか?」


「この書類見せても平気な方だ」


見せたらまずいのもあるのか。


「六月の……二十日辺りから、七月の十日辺りまで体育祭が行われる」


めんどk……もしやこれが日常なのではないか?


「まぁその体育祭だが、学年ごと、日を分けて行われる。日を分けるからには、日ごとに、学年ごとにチーム分けをしなきゃならない」


「そのチーム分けをしてるってことか?」


「いや、それはもう決まってる。生徒会メンバーがやってるのはチームに問題がないかの確認。チーム間で実力に差があるかどうかだとか、チーム内での得手不得手の偏りが無いかの確認だ。ま、ただの見直しだよ。千人分の見直しだ」


簡単な作業の様に説明しながら、最後の一言でうなだれる。


「教師は何をしてるんだ?」


「生徒に怪我が無いように競技で使う道具の整備をしている。後はまぁ、全生徒に活躍の場を与えるために新しい競技でも考えてるんじゃないか?」


「そうなんですか。それでルクスさん。チーム分けってどうなってるか教えてもらえたりします?」


ナルが楽しそうに笑って話に入ってくる。


「チームは八つで順位で決まってるからお前らはバラバラになるはずだが……」


パラパラと紙をめくる。


「そうだな、アーテルはイフと同じだ」


「え、先輩もしかして一学年の確認してるのか?」


「当然だ。一応生徒会では最年長だからな」


経験の差か。

取り敢えず先輩に仕事があるのなら、しばらく面倒事はなさそうだな。


「おや、どこか行くのかい?」


席を立つアーテルにイフが問いかけた。


「少し会ってみたい人がいる。何かやることがあるのなら後回しにするが?」


「いや、今後の訓練についてくらいだから、問題ないよ。君はいつでも大丈夫だろう?」


「あぁ、日時だとかは勝手に決めてもらって構わない。それじゃあ、また」


アーテルは淡泊に答えると部屋を後にした。


既に全ての授業は終わっているが、帰っていないといいんだが。




はぁ、全ての教室を見て回ったが、何処にもいないな。

もう帰ったのだろうか。


誰もいない教室で、アーテルは椅子に座る。


しばらくは捜索に時間を使えそうだが、これでもしブラッディ・メアリーのような隠れ方をされていたら、見つけられそうにないな。


ふと窓の外を見ると、学園内で最も高い建造物である時計台、その屋根の上に、少年が座り天を見上げていた。


「……いた」


アーテルは呟くと窓から外へ飛び出し、壁を蹴り、時計台を駆け上がる。


「見つけた。お前が、学園八位……アストロだな?」


天を見上げる少年は、顔をこちらに向けると微笑んだ。


「初めまして僕はアストロ。これからよろしくね、おじさん」


待て、アストロは何も喋らないのではなかったのか?

反応だけで何も喋らない、意思疎通など出来ない相手なのでは無かったのか?

いや、というか、年下の俺をおじさんだと?

年相応の姿のはずだが……兄さんの、いや、兄さんに子供はいない。

そもそも結婚したという話も、それどころか彼女が出来たなんて話も聞いていない。


「俺に甥はいないはずだが?」


「うん。でも、お父さんがおじさんの事いとこだって言ってたから」


いとこ?父さんにも母さんにも兄弟姉妹がいたという話は聞いたことは無いが……。

祖父母……ウラノスか?一度も考えたことは無かったしずっと一緒にいたからそんな風に思ったことが無かったが、血縁上は祖父にあたる、のか?

だとすれば父さんの兄弟はクロノス、俺の従兄はゼウスになる……か。

…………つまりこの少年はゼウスの息子だとそういうわけか?


「お前の父親の名は?」


「ここで言っていいの?」


少年の言葉に思考が冷えていく。


ここは学園、学園長の監視下。

その中での会話はまずい。

この国は王様の監視下。

会話を偽装している家でならまだしもこんな場所で会話など出来ない。


「少し冷静さを欠いた。俺と友人になってくれないか?」


「……いいよ。今日から僕らはおともだち」


「一つ聞いておく。母親の名はなんだ?」


「しらない」


…………え?

答えられないのなら神々の中の誰かだと、大方ヘラあたりだろうと踏んでいた。

だが知らないだと?

一体どういう。


「お父さん、いつも違う女の人連れてるから、どの人がお母さんかわからない」


……あのクズ、全部終わったら一発殴る。


「それは悪いこと聞いたな」


「悪いこと?お母さんを知らないのは、悪いことなの?いろんな人といるのは、悪いことなの?」


善悪の区別が無いのか?

一夫多妻、それを悪だと言うつもりはないが、親を知らない子というのは……。


「…………お前は、誰に育ててもらったんだ?」


「んっと、おうさまの近くにいる人?」


王様の近く、じいさん達か?

いや、じいさん達は神を知らない。

俺とウラノスの繋がりを知らない。

その繋がりを教えられる、人。

……人?それはつまり、人かどうかわからないもの?

王様の傍に居る、人かどうかわからないもの。

そして、ウラノスを、ゼウスを相手に気軽に接することの出来る相手。

神、いや、元神か。

元最高神クラスの人のようなものが、王様の下にいる?

それが誰なのかはわからない。

候補なら一人だけいる。

だが、死んだはずだ。

王様に、殺されたはずなんだ。

それがもし、ウラノスの創った今の世界で蘇っているのなら、あぁ、他にも蘇った連中が……。


「どうしたの?どこか、痛いの?それとも、苦しいの?」


顔を覗き込まれ、現実へ戻ってくる。


「いや、何でもない」


何でもない。

不確定な情報にビビってる場合か。

俺はとにかく、友達作って日常を過ごすんだ。

……出来るだけ。


「なぁ、今度どこか遊びに行かないか?」


普通の定義は人によって違う。

だから、俺は俺が思う普通を目指す。


「遊びに……じゃあ、月へ行こう」


アーテルの返事を聞かないままに、アストロはアーテルに抱き着き、そのまま転移……しようとした。


「少年。それは良くない」


背後から知らない男の声が聞こえた。

咄嗟に振り返りながら腕を当てようとするが、腕を掴まれ体勢を崩された。

背中から落ちる中、耳元に囁かれる。


「アーテル。俺は君の敵だ」


声の主の姿は無かった。

アーテルは背中を打ち付け、足場の悪い屋根を転がる。

空中へ放りだされながらも、どうにかギリギリの所で左手で屋根を掴んだ。

外側へ向かう力を無理やりに抑え込み、身体を持ち上げ屋根へ上る。


「アストロ、今のは誰だ?」


「わからない。おじ……」


「アーテルでいい」


「アーテルの身体に隠れて、何も、ううん腕しか見えなかった。けど、この学園の制服だった」


腕、俺の右手を掴んだ腕と、俺の目を覆った手の二つだけ。

手で俺の視界を塞ぎ、俺の身体でアストロからの視界も塞いだ。

魔術を使った痕跡は無い。

なら、今のがただの体術だったと?

なら、かなりのやり手だ。

背後からの攻撃とはいえ、俺は振り返ったうえにアストロはそもそもそちらを向いていた。

だと言うのに二人の視界を完全に管理した。

そして、魔術も無しにここから完全に消えた。

仰向けで落ちる俺の視界は開けていた、だが奴は見えなかった。

俺の傍に立っていたアストロの目にも、奴は映らなかった。

強い、魔術師としてではなく、殺し屋、特に暗殺者として、異常なほどに強い。

奴はこの学園にいる。

あれだけ体術に長けた者は日常の動作でわかる。

だが、この学園で俺が見た者、学園順位や学年順位の高い者の中にあれほど体術に長けた男はいなかった。

武術に長けた学園三位リンは女性だった。

声だけじゃない、俺の腕を掴んだ手は、紛れもなく男の手だった。

そして、筋肉の付き方が武闘家のものでは無かった。

あれはどちらかというと手先だけで何かをできるようにするための鍛え方。

魔術師らしさも武闘家らしさも皆無だ。


「心当たりはあるか?」


「無い。まったく知らない人。だから多分、一学年」


六千人近くを把握して……生徒会なら生徒名簿も見れる、か。

つまり、相手は同じ一学年。

魔術師ではない相手との正面からの体術戦。

…………負ける気はないが、最悪だな。

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