第17話 所感

「彼らはどうだった?」


「すごいと思った。十二……十三?まぁいい、ともかくまだ子供だというのにあれだけ戦えるとは思ってなかった」


夜の修練場、生徒たちが帰った学園でハンスは今日のことを楽しそうに話す。


「まずアンダー、ラン、スレイヴ、ヴァンの四人だけど、全員が二重属性な上に五大元素全てをカバーしている。そして魔術のレベルも高い、特に火、炎系魔術のレベルが段違いだ」


さらに興奮して話を続ける。


「そして特に凄いのは連携だ。彼らは魔術を使わなかった。だというのに、以心伝心、心が通じ合っていた。言葉を交わさずに連携していた。僕が見た限りだとハンドジェスチャーのようなものは無かったし、最初に攻めた者に合わせるような戦い方ではなかった。本当に凄まじいよ、きっと良い師匠がいるんだろうね」


学園長はハンスの言葉に頷きながら、他の者についても問う。


「では、ナルなんかはどうだ?」


「そうだねぇ、魔力量は膨大だけど、魔術師としてはあまりレベルは高くない。まぁ、魔力が多いとそれを扱うのにも技術が必要になる。それも目に見えない以上は感覚頼りの技術が。まぁ、アルバは彼より魔力が多かったけど誰よりも魔術師として強かった。それを彼に求めるのは酷な話だけれど、それでも自分で戦えるように人一倍努力しないとかな」


「そうか、ではディアナはどうだ?」


「確か月の一族……思考と心理の掌握を得意とする一族だよね?」


「あぁ」


肯定の言葉に、ハンスは複雑そうな表情をする。


「驚いたよ。彼女の祖母、ルナなんだってね」


「殺すなよ?」


「大丈夫、恨みも憎しみも無いよ。あれはただの事故、僕もアルバも未熟だった。彼女に罪は無い。彼女の持つ力は強すぎた、子供の彼女に御せるような代物では無かった。だから、彼女の意志とは別でアルバの心に魔術をかけてしまった」


剣を見つめ、ハンスは過去を思い出す。


「掌握と呼べるほどのものではなかった。アルバだったから、記憶がなく、何も知らないアルバであったから、彼女への想いが恋であると、勘違いしてしまった。だってアルバはまだ、リブへの想いが恋だなんて知らなかったんだから」


そこでハッとして顔を上げた。


「ごめん、昔話が過ぎた。ディアナについてだったよね?彼女は得意の思考や心理に関する魔術に関しては素晴らしい出来だと思う。きっとルナが指導しているんだろう。自分と同じ目に合わせたくないから。ただ、戦いは苦手そうだ。けどそれで良いと思う。得意な部分を伸ばして、戦いに関しては割り切ってしまえば良い」


「そうじゃな。誰も戦わないのが、誰も死なないのが、一番だ」


「うん。で、次はレージだけど……多分、彼本気を出してない」


訓練中のレージの動き、表情を思い出す。


「今のだと語弊があるな。彼は紛れもなく本気だったけど、本気になった時に出せる力を意図的に下げてる。彼はアルバに似ている。紛れもない天才で、やれば何でも出来てしまう。ただ、アルバは何でも出来るだけじゃ満足しないけれど、彼は何でもできることが嫌なんだ」


何も持たないから求め続けたアルバとは違う。

全てを持っているから、これ以上何も持ちたくないんだ。


「僕やおじいちゃんでは駄目。もっと身近に、彼以上のものを持つ者がいないと、彼はこれ以上強くなれない。人並みでしかいられない」


「イフ……だろうか」


「うん。その役目はきっとイフだ。彼ならきっと、努力で天才と並び立てる」


「その評価は少し過剰ではないかな?」


学園長は想像以上の評価の高さに説明を求める。


「そうかなぁ、あの中じゃ一番だと思うけど。魔術への理解度も、その扱い方も」


「……アーテルでは無くか?」


「うん。だってアーテルはそもそも、比べるような対象じゃない。だって彼は……僕等と同種の化け物だ」


「な⁉それはつまり、いずれ追いつかれると、そう言っているのか?」


ハンスの発言が信じられなかった。


「おじいちゃんは中でのことを知らないけど、僕は見た、彼の才能の片鱗を」


彼が僕に見せたのは全てじゃない。

こんなことも出来るぞって教えただけに過ぎない。

おじいちゃんにお願いして他の人に隠してまで僕に見せたあれは、力の一端に過ぎない。

他の誰にも見られない場所で、僕を相手に隠した意味は……いずれ戦い僕に勝つためだ。

僕は少しだけ事情を知ってる。

彼らがこの学園の頂点を倒そうとしていること。

倒すにはグリモワールという古代の遺産を攻略しなければならないことも。

けれど彼は、アーテルだけは……僕も射程内だと、手を延ばせば届くと、そう言った。


「負けたりしないよ。それに……追いつかせる気なんて無い」


ハンスは闘志に燃えていた。

それは勇者が一学生に向けるようなものじゃない。


「あっ、ただ、アーテルを学園一位にするのはやめた方がいい。彼は向いていない、魔術の学園に。これがもし向こうのおじいちゃんの、英雄を育てる第一学園だったのなら、彼を頂点に立たせることに賛成したよ」


この国あるもう一つの学園、この学園と対を為す、ハンスとアルバのもう一人の保護者が学園長を務める学園。

かつてハンスが在籍した、英雄を育てるための学園。


「アーテルは、戦い、いや、殺し合いに慣れ過ぎている。死が何かを理解しすぎている。英雄は誰かを殺すことでしか誰かを護ることが出来ない。けれど魔術師は、日常をより良いものへと変える者だ。だから、彼をこの学園の頂点にだけは立たせてはいけない」


「そうか……よくわかった。では、アーテルは学園八位の第一候補としておこう」


「うん、そうし……て」


「へぇ、これが勇者の剣か。なんだ、俺のこと選んでくれるんだ」


突然、ハンスの腰にあったはずの剣が抜き取られた。


「誰だ」


ハンスの声は静かで、警戒と敵意で満ちていた。


「俺はトーカだ。知らない?」


剣を光にかざし、ちらりとこちらを見て男は笑った。


「どうやってここへ入った」


教師と生徒会以外の立ち入りは不可能なはずだった


「俺の弟は天才でね」


「貴様に弟はいないはずだが?」


「向こうの学園だよ。それと、生徒に対してその口の利き方は無いんじゃないか?」


「その態度こそ、改めるべきではないのか?」


トーカはこの二人を前にして常に余裕を持っていた。


「例外は常に存在する。何者でもないにも拘らずこの部屋に入った者がいただろう。四十年、賢者アルバ以来の例外、それがこの俺だ」


笑うトーカに、ハンスは戦闘を仕掛けた。

数度の打ち合いで剣を奪い返し相手の首元へ刃を触れさせる。

だが、ハンスの首元にもまた、トーカの手に持つカードが触れていた。

距離を取り剣を収める。


「おじいちゃん、彼の言葉に耳を貸さないで。彼は嘘吐きだ」


「ひどいなぁ。俺は嘘吐きなんかじゃなくて……裏切り者だ」


トーカは二人の間を通ると、消えてしまった。

振り返ったころにはもう居らず、魔力を感じなかった二人にとって、少年は理解の外側の存在となった。


《来年の学園順位……俺を入れてくれよ?》


脳内に響く声。

それは二人が少年に劣っていることを意味した。

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