第45話

 視線を横に向けて、僕はリィルの顔を見つめる。


 それに気がついて、彼女は僅かに首を傾げた。


 そのジェスチャーを見て、いつも通りのリィルだ、と僕は一人で安心する。


 これまで何度もそんなことを繰り返してきた。


 そして、きっとこれからも……。


「ねえ、リィル」僕は言った。「もしも、僕と、君が、今後ずっと、意思の疎通が図れなかったら、どうする?」


 リィルは首の角度を大きくする。


「君の文字化けが、永遠に続くとしたら、どうするのか、という質問なんだ」


 僕の説明を聞いて、リィルは少しだけ悲しそうな顔をした。


 しかし、彼女の口から言葉は出てこない。


「君はさ、それでも、僕とずっと一緒にいる?」


 僕が質問すると、リィルは頷いた。


「そう……。それなら、いいよ。僕も、そうしたいと思っていたから」


 強い風が吹いて、ブランコのチェーンを軋ませた。誰も乗っていなくても、シーソーは必ずどちらかに傾いている。バランスをとるのはとても難しい。限りなく偏りをゼロに近づけることはできても、完全にゼロにすることはできない。だから、必ずどちらかには傾いている。


 僕は、意思の疎通が図れない彼女と、ずっと一緒にいることが、辛いか、否か、と自分に問い質した。答えはすぐに出た。だから、きっと、そちらの方に傾いているのだと思う。僕は、彼女と出会った瞬間から、そちらの方にすでに傾いていて、その結果として、今、躊躇なく答えを出すに至った。それは真実ではないかもしれない。今の僕がそう思いたいだけかもしれなかった。その可能性は充分にある。けれど、僕は今にしかいないのだから、それで良いだろう、と少しだけ前向きに考えることができた。


 それは、僕がリィルに陶酔している証拠かもしれない。いや、きっとそうだろう。もう、陶酔しきってしまって、どうしようもない、といっても良いかもしれない。そんなこと、彼女には直接伝えられないけれど、本当に些細なことも伝えられない経験をして、やっぱり、伝えられる内に伝えておいた方が良いのかな、なんて考えたりもする。もちろん、考えることは簡単だから、それよりも難しい実行という観点から考えると、自分にそんなことができるのか疑わしい。けれど、僕は臆病者だから、それでちょうど良いかもしれない、とも思う。


 どうしたら良いだろう?


 まあ、どちらでも良いか……。


 それが、僕という存在なのだから。


 リィルが僕の袖を引っ張り、もう片方の手で空に向かって指をさす。


「何?」


 空を見ると、遠くの方に飛行船が浮かんでいるのが見えた。


 飛行船を見たのはいつ振りだろう?


 最後に見たのは、幼稚園の頃かもしれない。


 飛行船が見えなくなるのは、どうしてだろう?


 気になったから、僕はリィルに尋ねた。


「ねえ、リィル。どうして、大きくなると、飛行船は見えなくなるのかな?」


 リィルは口を開く。


「zvらんvzばぶん,あんvgっbzbvxb←lbはゔぁねhんえn」


 彼女の言葉は理解できなかったけれど、僕はとりあえず応えた。


「君には、僕の思考が、見える?」


 リィルは、驚いたような顔をして、それから、小さく微笑んだ。

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