ぺいすとりーえんげーじ!
御堂鳴子
第1話 ようかん
今日のおやつはようかんである。
和菓子といって思い浮かべる物は人それぞれ違うことだろうが、オレ、
「長谷寅君、ほんとようかん好きだよね」
後ろの席に座っていた女子が、フォークの背でオレの背中を軽く突き刺しながら言ってきた。振り向くと、ジトっとしたいやらしい目がオレを見ている。
オレは、そいつの手元を同じような目で見つめながら言い返した。
「毎日のように食後にケーキ食ってるヤツに言われたくないな」
「好きで食べてるわけじゃないもん。新作の味見だもん」
屁理屈。こいつの場合、喜んで引き受けているのだから本質は変わらない。
この女子の名前は、
そして、どういうわけか、オレの
さほど興味もなかったが、このまま話題終了も何なので、オレは適当な質問を投げてやった。
「今日のはどんなやつだよ、新作」
「バナナケーキ。中にごろっと丸ごとバナナが入ってるの。長谷寅君もいる?」
「ケーキは胸やけするからいい」
栗花落がオレの手元を再びジトっと見つめてくる。無視だ無視。どうせ今の言い訳に意味などないのだ。
ようかんを頬張って幸せを矜持していると、いつも通りの級友二人が、いつも通りにオレたちの席に近寄ってきた。
「やあ、長谷寅、木乃香。今日も新作の味見か?」
「お菓子屋さんの子どもっていうのも楽じゃないね。二人ともご苦労様」
ひとつ訂正しておかねばなるまい。オレはナオ──鵤の名前をもじってそう呼んでいる──のほうに向き直り、言った。
「オレは新作の味見じゃないぞ。単におやつに持ってきただけだ。好物だからな」
「うん、そうだろうけど、面倒だった」
こいつめ。あっけらかんと言い切りやがる。
「長谷寅は本当にようかんが好きだな」
「それ、ついさっき栗花落にも言われたよ。……オレってそんなにようかんばっか食ってるか?」
『食ってる』
綺麗にハモられたので話題から逃げることにする。ええと、ああそうだ、栗花落のケーキを使おう。
「し、新作の味はどうだ、栗花落。いけそうか」
「さっきまで興味なさっそーな顔してたくせに、よく言うよ。ケーキは胸やけするんじゃなかったっけー?」
「味を聞いただけだろうが、味を」
「それは私も気になるな。パスケの新作だというのなら、店に並ぶ可能性もあるのだろう? 商品の先取りは少し気が引けるが、私にも教えてくれないか、木乃香」
「むぅ。能美ちゃんがそこまで言うなら……」
そして始まる幸せそうな栗花落のケーキレビュー。何だかんだ高一になるまでケーキ屋の娘をやっていたので舌が肥えているこいつのレビューは、確かにケーキがあまり好きではないオレでも一度食べてみたくなる。食欲のそそられる内容だった。
うん、うまく話題を逸らせただろう。オレは安堵の息を吐いた。
いや、しかしだな。いいだろう、ようかん。飾りっ気のない、あんこ一つで勝負する和菓子だ。シンプル・イズ・ベストという言葉があるが、まさにその通り。あれこれと装飾するのを無意味と断ずるほど狭量ではないにしろ、少し抑えめのほうが好感がもてるのは確かなところ。オレと同じ考えの人は他にもたくさんいるはずだ。
「……真也。目、怖いよ」
「ハッ」
気づけばオレは、自分の手に持ったようかんを睨みつけていた。栗花落と七瀬が苦笑を浮かべてこちらを見ている。
はーヤレヤレ、とナオが両手を広げた。
「誰も君のようかんを食べようだなんて思わないから、安心してゆっくり味わいなよ」
「そういう心配してたんじゃねえよ!」
オレたちのやり取りを見て、栗花落たちが吹き出した。
そんな春の日の、いつもの日常。
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