ぺいすとりーえんげーじ!

御堂鳴子

第1話 ようかん

 今日のおやつはようかんである。

 和菓子といって思い浮かべる物は人それぞれ違うことだろうが、オレ、長谷寅真也はせとらしんやの場合、我が「はせとらや」が誇る最高のようかんこそが、和菓子の神髄であると確信してならない。


「長谷寅君、ほんとようかん好きだよね」


 後ろの席に座っていた女子が、フォークの背でオレの背中を軽く突き刺しながら言ってきた。振り向くと、ジトっとしたいやらしい目がオレを見ている。

 オレは、そいつの手元を同じような目で見つめながら言い返した。


「毎日のように食後にケーキ食ってるヤツに言われたくないな」

「好きで食べてるわけじゃないもん。新作の味見だもん」


 屁理屈。こいつの場合、喜んで引き受けているのだから本質は変わらない。

 この女子の名前は、栗花落木乃香つゆりこのか。今や全国に店を持つ有名チェーンケーキ店『パステル・ケイク』のオーナー一家いっかの一人娘だ。

 そして、どういうわけか、オレの許嫁いいなずけでもある。

 さほど興味もなかったが、このまま話題終了も何なので、オレは適当な質問を投げてやった。


「今日のはどんなやつだよ、新作」

「バナナケーキ。中にごろっと丸ごとバナナが入ってるの。長谷寅君もいる?」

「ケーキは胸やけするからいい」


 栗花落がオレの手元を再びジトっと見つめてくる。無視だ無視。どうせ今の言い訳に意味などないのだ。

 ようかんを頬張って幸せを矜持していると、いつも通りの級友二人が、いつも通りにオレたちの席に近寄ってきた。


「やあ、長谷寅、木乃香。今日も新作の味見か?」

「お菓子屋さんの子どもっていうのも楽じゃないね。二人ともご苦労様」


 七瀬能美ななせのうみと、鵤直太朗いかるなおたろう。どちらもオレと栗花落共通の小学校からの友人だ。二人は笑顔で近寄ってきて、オレたちの席のすぐそばに立った。

 ひとつ訂正しておかねばなるまい。オレはナオ──鵤の名前をもじってそう呼んでいる──のほうに向き直り、言った。


「オレは新作の味見じゃないぞ。単におやつに持ってきただけだ。好物だからな」

「うん、そうだろうけど、面倒だった」


 こいつめ。あっけらかんと言い切りやがる。


「長谷寅は本当にようかんが好きだな」

「それ、ついさっき栗花落にも言われたよ。……オレってそんなにようかんばっか食ってるか?」

『食ってる』


 綺麗にハモられたので話題から逃げることにする。ええと、ああそうだ、栗花落のケーキを使おう。


「し、新作の味はどうだ、栗花落。いけそうか」

「さっきまで興味なさっそーな顔してたくせに、よく言うよ。ケーキは胸やけするんじゃなかったっけー?」

「味を聞いただけだろうが、味を」

「それは私も気になるな。パスケの新作だというのなら、店に並ぶ可能性もあるのだろう? 商品の先取りは少し気が引けるが、私にも教えてくれないか、木乃香」

「むぅ。能美ちゃんがそこまで言うなら……」


 そして始まる幸せそうな栗花落のケーキレビュー。何だかんだ高一になるまでケーキ屋の娘をやっていたので舌が肥えているこいつのレビューは、確かにケーキがあまり好きではないオレでも一度食べてみたくなる。食欲のそそられる内容だった。

 うん、うまく話題を逸らせただろう。オレは安堵の息を吐いた。

 いや、しかしだな。いいだろう、ようかん。飾りっ気のない、あんこ一つで勝負する和菓子だ。シンプル・イズ・ベストという言葉があるが、まさにその通り。あれこれと装飾するのを無意味と断ずるほど狭量ではないにしろ、少し抑えめのほうが好感がもてるのは確かなところ。オレと同じ考えの人は他にもたくさんいるはずだ。


「……真也。目、怖いよ」

「ハッ」


 気づけばオレは、自分の手に持ったようかんを睨みつけていた。栗花落と七瀬が苦笑を浮かべてこちらを見ている。

 はーヤレヤレ、とナオが両手を広げた。


「誰も君のようかんを食べようだなんて思わないから、安心してゆっくり味わいなよ」

「そういう心配してたんじゃねえよ!」


 オレたちのやり取りを見て、栗花落たちが吹き出した。

 そんな春の日の、いつもの日常。

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