第2話 父ちゃんの品
それがシホと
「……コタツ……」
と。
あれが欲しい。あれがなければ、このフィン国の冬を越えられる自信が、シホにはなかった。まさに死活問題なのだ。どうにかして手に入らないものか。
シュロに聞いてはみたが、シュロも店の分しかないという。骨董屋の知識を総動員してみたが、元々寒さに強いフィン国の人々は、そもそも炬燵というものを使わないらしく、国内で探すことは、ほぼ絶望的だった。ならば近隣の国に、と思ったが、近隣ではさして気候は変わらない。
「なんで、なんでみんな、こんなに寒さに強いの……」
ぐす、っと寒さのあまり鼻を啜りながら、シホは『銀の短剣』の店内で、仕入れ先の帳簿を眺めていた。炬燵を仕入れられそうなところはないだろうか、と。しかし、まだこのフィン国で店を構えて一年足らずの人脈では、それ相応の仕入れルートを持っている取引先を見つけることは出来なかった。
ちょうどその時である。
骨董屋『銀の短剣』に炬燵がもたらされたのは、あまりにも突然のことだった。
「こんにちはー! シホちゃん、いるー?」
「おじゃまします」
ドアベルが飛んでいきそうなくらいの勢いで入口が開き、青髪紅目の女性と、黒髪で目付きの鋭い男性の二人組が元気よく飛び込んできた。いや、元気よく飛び込んできたのは女性の方だけだ。男性の方は、普段通りの、
穏やかな様子で後から続いた。
「えっ……あ……えっと……あ、アリトラさん……?」
「シホちゃんが困ってると聞いたから、いいもの見つけて来たんだけど……って、大丈夫、シホちゃん?」
それは以前、この店で父親へのプレゼントを買って行った双子、アリトラとリコリーだった。それが縁でシホはこの双子と仲良くなり、魔法陣式のオーブンを直してもらったり、梨のパイを共に焼いたりした後も、ちょくちょく遊びに来てくれていた。
女性の平均よりも少し高い上背に、学校の制服のように落ち着いた色調の、毛織物のコートを纏ったアリトラは、黒いリボン飾りで一つに高く束ねた豊かな青い髪を傾けて、シホを案じる目を向けた。飛び込んできたアリトラには、シホの様子が何かにうちひしがれ、泣き濡れているように見えたのだろう。実際、それに近いものは感じていたが、シホは友だちに無用な心配はさせまいと、寒さに震える表情に笑顔を作った。
「え、ええ……だ、だいじょぶ、デスヨ」
「……これは重症ね……想像以上だわ」
愛嬌のある顔立ちの中で、彫りの深い二重に縁取られた紅い瞳が憐れみの光を抱く。彼女に少々の大人びた印象によく似合うが、どう頑張っても心配をかけてしまうらしい。
「シホちゃん、寒いの、苦手なんだって?」
「えっ、えっと、はい……恥ずかしながら……って、アリトラさん、どちらでその事を……?」
「紅茶屋さんですよ、シホさん」
シホに答えたのは男性、リコリーの方だ。こちらも制服のような仕立ての毛織物のコートを着ている。きれいに整えられた黒い髪に、鋭すぎるほど鋭い目付きが印象の殆んどになっている。声は優しいが、顔立ちが怖い。だが、本当は声音の通り、心根の美しい人なことをシホは知っている。
「先日、『鳥籠の花』でそんな話になりましてね」
「そうなんだよー。で、うちの父ちゃんに聞いたらね、いいものがあるよ、って言われてさー。シホちゃん、ちょっと奥まで入ってもいい?」
「えっ、奥、というと、家の方ですか?」
「うん。ちょっと、スペースの確認」
ええ、いいですよ、とシホが応えると、アリトラは素早く骨董屋と奥の居住空間を繋ぐ廊下に入り、何やら確認している様子だった。最初に右手に現れるキッチンには入らず、そのまま廊下を奥へと進むと、次に右手に現れるリビングの中に首を突っ込んだ。そして、何やら納得した顔で戻ってくる。
「10分」
「へ?」
「わたしに、10分ください。いいかな?」
アリトラが自信満々にいう。この二人が悪意あることをするとは思えないので、シホは頷く。いや、そんなことよりも、シホはさっきから気になっていたことを訊いてみる。
「アリトラさん……寒くないですか……?」
「え? 寒いよ。冬だもん」
そう一蹴して、アリトラはリコリーに声をかけて、また店の外へ出ていく。予め話し合っていたようで、リコリーの方は入口のドアベルに手を伸ばし、何かを確認し始めた。
「……すごいなあ……」
その勢いと行動力に、シホは心からの嘆息をつく。だが、それが些か早かったと思ったのは、アリトラがテーブルの天板を肩に担いで現れた時だった。
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