第3話 漢のキッチン
死神に
『紅い死神』リディア・クレイは、一切の迷いなく、まずはシンクで
コンロの側面には魔方陣が描かれていて、リディアがそこに触れると、コンロは加熱を始めた。自然魔法による動力供給を実現しているフィン国では、至極当たり前の光景である。
件の品物がコンロにかけられ、加熱されている気配は感じたが、それ以上のことは目視できないクラウスにはわからない。
「パンを切ってくれ。一斤六枚切りでいい。それからハムとチーズも同じ大きさに」
見えないクラウスをよくわかっているリディアが、クラウスにもわかるように指示する。
「これはホットサンドメーカーだ」
「ホットサンドメーカー?」
一斤のパンを六枚切りにしながら、クラウスは問い返した。言われてみれば、確かに件の品物の持ち手の先にあった鉄の部分は、このパン一枚の大きさと厚さに近いものがあったように思う。
「この薄い箱型の中にパンを二枚入れ、好みの具材を挟んで焼き上げる」
「……それならオーブンでもできるんじゃあないか?」
チーズとハムを切り、ついでに、またすぐに使えるように、と必要量以上に切り置いておくクラウスは、あまり考えることなく手を動かしながら問い返す。リディアはホットサンドメーカーにクラウスが渡したパンを置き、具材であるハムとチーズを挟んでいるようで、暫く無言が続いた。
「……まあ、見ていろ」
かちゃん、という音が聞こえた。どうもホットサンドメーカーの蓋が閉じられたらしい。リディアは火加減を調整しながら火にかけ、少ししてホットサンドメーカーを裏返した。その気配でクラウスも理解した。簡単に両面を、均等に焼き上げることができる道具なのだ。
そうこうしている間に、小麦の焼ける香ばしい香りと、食欲をそそるハムとチーズの香りがキッチンに漂い始める。
「皿、あるか」
「ああ」
元傭兵と元騎士が、並んでホットサンドを作る光景は、なかなかにシュールだ、と想像しながら、クラウスは用意した平皿を手渡す。リディアはそれを受け取って、ホットサンドメーカーから焼けた品を移した。その皿をクラウスに返す。
「……なるほど。ある程度押し付けて焼き上げるから……」
「形も崩れにくい。ある程度だがな」
皿に置かれたホットサンドの詳細な形状は、もちろんクラウスにはわからない。しかし、香りの漂い方や皿に伝わる温度、皿の上に立ち上る湯気などから、いま現在がどんな様子であるのかは、想像することができた。きれいに焼き目のついたパンの間から、蕩けたチーズが零れている。だが、オーブンで焼いたものとは異なり、上下のパンはしっかりと具材を抱えていた。
「喫茶店の軽食としては、珍しくもないものだ」
「……お前はこれをどこで?」
「……傭兵をしていると、いろいろある」
何がどうなるいろいろなのか、クラウスは思案したが、リディアが手を止めず、次の一枚を焼こうと作業を始めたので、切ったパンと具材を手渡した。
「……何枚か焼いておこう。どうやらすぐに食べるようだ」
リディアがそう言ったことで、クラウスは初めてキッチンの入口に気配があることに気づいた。そちらに意識を向けると、太陽のように明るく温かい温度、そして心安らぐような香りを感じた。それが誰の気配なのか、クラウスはよく知っている。
そちらに顔を向けると、その気配の伝わり方が一部分だけ際立っていることに気づいた。どうやら陽光のような気配の主は、キッチンの入口の壁に隠れて顔を半分出し、こちらを覗いてる様子だった。クラウスがそちらを向いたことで、壁の向こうに身を隠したが、少しすると太陽が昇るように、気配が壁の向こうから顔を出した。
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